或る少女(2)
「えっ?」
と皆が驚きの表情を浮かべた。
「どうしてですか?」
「あ!もしかして結婚されるのですか?」
確かにそうであってもおかしくはない。ツェツィーリアはエリーゼと同じ年なので18歳だ。ヒンガリーラントなら、結婚適齢期ど真ん中である。
「違いますわ。」
寂しそうな微笑みをツェツィーリアは浮かべた。
「ご存知の方もいらっしゃるかもしれないけれど、わたくしのお父様が眼の病気にかかられたのです。難しい病気なのですが、東大陸に良いお医者様がおられるそうで、手術をすればもしかしたら良くなるかもしれない、との事なのです。でも、手術や治療を受けるにはたくさんのお金がかかります。領地はまだまだ復興には程遠い状況ですし、わたくしには弟が三人います。わたくしよりも弟達の教育の方に力を入れていかなくてはいけないのです。それで、わたくしはアカデミーを辞める事に決めました。とても残念ですけれど、仕方がないですわ。皆様と一緒に机を並べて学ぶ事ができて本当に幸せでした。エリーゼ様。申し訳ございません。どうかお許しください。」
エリーゼの許しがいる事なのか?
と心の中で思った。
アカデミーの学費は安くはない。奨学金制度とかないし、お金がないというのなら仕方がない事だろう。
文子だった頃にも、日本では受けられない手術を受ける為、外国に行く人のドキュメンタリー番組をテレビとかでやっていたりしたけれど、ものすごく費用が高かった。こちらの世界でも、外国での治療は旅費や滞在費も含めて高いに違いない。ツェツィーリアも報奨金や年金を受け取っているはずだが、たぶんそれだけでは足りないのだ。彼女の領地では天然痘が流行ったし。
ただ、アカデミーの学費は安くはないとはいえ、エリーゼの家にある銀のスプーンとか、前衛的な形のツボとかを売ってお金にしたら十分アカデミーに通えるだけのお金が手に入ると思うけれど。エリーゼ様が援助とかする気ないのかな?
ツェツィーリアとは、いわゆる同じ釜の飯を食べた仲だ。エリーゼ様がしないというのなら、私がしてもいいけれど。卒業まで、そんな何年もあるわけではないし。ツェツィーリアは優秀なので、落第とかはしないはずだ。
と思っている人、私以外にもいると思う。
そして、ツェツィーリアだって、心の底ではそれを期待しているのではないだろうか?だって、そう思っていないのならば、誰にも何も言わずにひっそり辞めればいいのだ。アカデミーを辞めたからといって、同じ国に住んでいる限りまた会う機会はいくらでもあるのだから。
でもエリーゼ様を差し置いて口を挟むわけにはいかない。なんと言っても今日のお茶会の主人はエリーゼ様なのだ。
エリーゼは無言でお茶を飲んでいる。空気がなんか緊張していた。この状況でうっかりカトラリーをガチャ!とかやったら大顰蹙だな。そう思うとパイを食べる手が止まってしまった。
「そう。」
とエリーゼは言った。
「辞める必要は無いわ。卒業までの貴女のアカデミーの学費と官僚予備校の費用を私が出しましょう。貴女は勉強を続けて官僚になりなさい。宰相府は、各省から有能な人間を出向させる事で成り立っています。私は、この国で初の女性宰相になるつもりです。貴女は宰相府に入って私を支えなさい。」
いろいろとツッコミたい!
宰相を目指しているって本当だったんだ。
というか、目指してます。とか、なりたいと思っています。じゃなくて『なるつもりです』なのね。なるつもりだからってなれるモンなの⁉︎
そして官僚予備校って何⁉︎
私は一番差し障りのない事を聞いた。
「官僚予備校って何ですか?」
答えてくれたのは、ユスティーナだった。
「官僚になりたい人が通う私塾です。過去の試験内容から予想される試験問題とかを教えてくれるんです。この私塾に通った受験生の合格率は七割を超えると言われています。」
私も通いたいと思っています!とユスティーナは付け加えた。
「エリーゼ様・・・。」
と言ってツェツィーリアは涙ぐんだ。
「そう言って頂けて嬉しいです。でも、わたくし期待に応えられる自信がないです。」
「貴女なら大丈夫です。弱気になる事なく目の前にある機会を掴み取りなさい。アカデミーに通いたいと心の底から願っていたのに、その願いを遂に叶えられなかった人もいるのです。少しでも辞めたくないという思いがあるのなら辞める必要はありません。」
エリーゼの口調はきつく、ジャンボジェット機の飛行ルート並みの上から目線だが、その裏に優しさも隠れている。
ツェツィーリアだって貴族だ。子爵令嬢なのだ。ただ恵んでやる。と言われても受け入れられないだろう。だからエリーゼは、援助する金で未来と忠誠を買う、と言っているのだ。
そしてエリーゼに『命令』されたとなれば、両親だって反対できない。
それに、もしもエリーゼが宰相になれなかったら、この約束は無効だものね。そういう意味では優しい約束だ。
ツェツィーリアはすすり泣き始めた。
「ありがとうございます。エリーゼ様。わたくし、生涯に渡って貴女をお支え致します。」
エリーゼ派閥の子らが何人かもらい泣きしていた。




