大陸歴317年春(1)
春になった。
吹く風が暖かくなり、水もぬるんできた。水辺ではカエルが鳴き、空には渡って来たツバメ達が飛んでいる。ヒンガリーラントの春は良い季節だ。
って、二年前の今頃も思っていたんだよね。
でも、今年の春は特別な春だ。
ついに昨日、ヒンガリーラントで天然痘の終息宣言が出たのだ。
国内で初めて天然痘患者が報告されたのが、大陸歴314年の春だった。今年が317年なので収束まで丸三年かかったのである。
長く辛い三年だった。
しかし、かつてこの大陸で天然痘が流行した時は収束まで六年かかったらしい。
しかも亡くなった人の数が全く違う。かつての流行時には人口の七人に一人が死んだと言われている。今回の流行で正確なデータが出るのはこれからだろうが、この度の流行での死者はかつてより遥かに少なかったはずだ。
なぜなら今回は、『種痘』というワクチンがあったからだ。
そのワクチンのおかげで劇的なほどに死者が少なくて済んだのである。
だが、それは私の祖国ヒンガリーラントに限った話だ。
西大陸にある他の国々ではそうはいかなかった。
まず、ヒンガリーラントの南にある海沿いの国トゥアキスラントだが。
そもそも西大陸で一番最初に患者が出たのはトゥアキスラントだった。トゥアキスラントからの密入国者がヒンガリーラントに疫病を持ち込んだ時点でかなりの数の患者が出ていたのだと思う。種痘の専売権を持つヒンガリーラントとヴァイスネーヴェルラントが種痘を輸出したが、『種痘の接種は宿敵ヒンガリーラントを益する行為である』と言う人達がいて、まるで種痘の接種が進まなかったそうだ。
果てに、種痘接種者を私刑にかけたり殺害したりする過激派まで現れ、ますます国民は種痘の接種を拒んだ。
だからと言って、それに代わる解決策があったわけではなく、トゥアキスラント人達は感染者や濃厚接触者を徹底的に隔離し『処分』する事で感染を抑え込もうとした。
どれほどの数の人間達が『処分』されたのかはわからない。公式発表などされるわけがないからだ。
そのうえまともな埋葬もされなかったので、チフスや赤痢といった違う種類の伝染病も流行して更にたくさんの人達が亡くなった。
生き残った人々の中には、船に乗って外国に逃れた人も多いという。
残ったのは、行く当ても力も無い貧民と、権力に固執する権力者ばかりだ。国力が低下し、人口は激減した。知識人がいなくなる事で科学や工学が停滞した。農業自給率も落ち込み商業も産業も衰退した。トゥアキスラントはもはや国としての力を保っていなかった。
それでもまだ、権力者達が残っただけトゥアキスラントはマシなのかもしれない。
ヒンガリーラントの東にある海沿いの国、アズールブラウラントもおびただしい数の死者を出した。
種痘を作り出したのは、北大陸の化学者だ。
アズールブラウラントでは『種痘は、西大陸への侵略を計画している北大陸のばら撒いた毒である』というデマが流れたのである。
その為アズールブラウラント国民の大多数が種痘を拒んだ。そして、たくさんの平民が死んだ。そしてたくさんの貴族と王族も死んだのである。
アズールブラウラントの国王は愛妻家で、側室が一人もいなかった。ヴァイスネーヴェルラント出身の王妃は二人の王子と王女を一人生んでいた。
その二人の王子のどちらが王太子になるかはまだ決まってはいなかった。二人の王子は甲乙・・いや丙丁つけ難いバカ王子だったからだ。
その二人の王子、更に国王が天然痘に感染したのである。王妃と王女は感染しなかった。種痘を接種していたからだ。
国王は助かったが、王子二人は死んでしまった。
国王には腹違いの弟が四人いた。その四人も天然痘に感染した。そして三人が死んだ。生き残った一人は、ぼろぼろになった肌を元に戻そうと怪しげな民間療法に頼った。肌に良いと聞けばどんな怪しげな薬や食品も摂取した。挙句、寄生虫に体を侵されて死亡した。
アズールブラウラントでは、宰相を含む五人の大臣が死亡したそうだ。その為、行政が止まり国内は無法地帯と化した。
国内の混乱を鎮める為、軍は王女を王太子とし、国政を任せるよう王に進言した。もし王女が即位すれば、旧ゾンネラント系の王朝で初の女王が誕生する事になる。
ヒンガリーラントの東、アズールブラウラントの南にある内陸国ブラウンツヴァイクラントでは違う理由で、王族と大貴族が死んだ。
革命が起きたのだ。
胸の悪くなる話ですみませんっ!
隣の国で男性王族がバタバタ死んで、王女が王太子になるとか、革命が起こるとかが、次章及びレベッカ殺人事件の伏線になるので、避けて通れない話題だったのです!
こんな内容ですが応援よろしくお願いします。そのうち陽気なギャグ話もきっと書きますので>_<




