聖少女達
そうこうしているうちに、隔離区域を出る日がついにやって来た。
前日の夜は、普段より更に豪華な食事を用意し、大人達はお酒を飲んだ。
「あー!エリーゼ様もお酒飲んでいるんですか⁉︎」
「わたくし、もう15歳ですもの。成人よ。」
そういえばそうだった。伝染病が流行らなければ、この人は昨年社交界デビューする年だったのだ。
もし、普通に社交界デビューをしていたら、誰がエスコートをしたのだろう?
何でこの人には婚約者がいないのだろう?と今更私は思った。この人も一周目ではルートヴィッヒ王子の愛人と噂されていたが、二周目では、そう言った気配のケの字も無い。ような気がする。
「さあ、どんどんとカツを揚げなさい。我がしもべ。」
「誰が『我がしもべ』ですか。」
と言いつつ、私はハムカツを揚げた。貴重な食用油を惜しみなく使って揚げ物をしているのだ。
ウズラ卵も小さなイモも、油で揚げたらなんか急にご馳走になるような気がする。
最後の夜を、私達は笑顔で過ごしていった。
そして翌日。少ない私物を持って私達はレーベンツァーン亭を後にした。一年半前、私が初めてフェーベ街を訪れた時はレーベンツァーン亭に泊まりたかったのに泊まれなかった。そのレーベンツァーン亭で半年過ごしたんだなあ、と思うと不思議な感じがした。
私は、心を込めて最後の掃除をした。
「これでお別れなのですね。」
と言って、レーベンツァーン亭の女将さんが泣いてくれる。
「また会いに来ますよ。」
と私が言うと
「家出は勘弁してくださいよ。」
とアーベラが言った。
エーレンフロイト家から迎えの馬車が来ているのだが、私達はそれに乗る前にマルテの下宿屋に行った。
アンネリエさんの肖像画をもらって帰る為、そしてレントの絶筆を皆で鑑賞する為だ。
病気が進行していくと三階まで上がるのが辛くなったらしく、レントは死ぬ前は一階の客間で過ごしていたらしい。アンネリエの絵も、最後に描いていた絵もそこにあった。
「うっわ!」
というのが、その絵を見た時に最初に出てきた言葉だった。
大きな絵だった。そこに等身大よりかはやや小さい私達の姿が描いてある。私の派閥とエリーゼの派閥の全員の働いている姿が。
汲んだ水を運んでいる者、汚れた布をカゴに入れて運んでいる者、野菜の皮を剥いている者。そして薪を割っている私。
皆、平民のように質素な服を着、髪も適当にまとめている。顔に煤をつけている者もいる。私は額の汗を服の袖で拭いていた。これ、お母様に見られたら絶対
「なぜハンカチを使わないのっ!」
って怒られるな。
絵は黒いインクだけで描かれている。水墨画というよりオールドムービーのワンシーンを写したモノクロ写真のようだった。
それくらい、今にも描かれた人間達が動き出しそうだったのだ。
『真実を美化しない』と言っていただけあって、顔に補正とか修正とかはされていない。そのままそっくり、すっぴんの私達だ。
そういう意味では美しい絵ではない。でも、なんというか『生命の輝き』みたいなものがほとばしっている絵だった。そこに描かれている人達は生きている。強い生命力に満ち溢れていた。
黒インクだけで描かれているし、この絵に芸術的な価値があるか否かはわからない。でも、歴史の1ページを捕えた報道写真的な価値がありそうだ。
「すごいですねー。」
「私達にそっくりですわ。」
「不思議な絵ですけれど、惹きつけられますわね。」
「お父様や国王陛下に見て頂きたいわ。」
とエリーゼが言った。
正直私もそう思った。少し恥ずかしい気持ちもするけれど。みんなに見て欲しかった。私達が生きていた事も。私達が看病していた人達も生きていた事も。そして、これを描いたレントも確かに生きていたのだという事を、みんなに知って欲しかった。
だけどレントさん。この絵の下に自分のサインと『聖少女達』という題を入れているけれど、買い被り過ぎだよ。こんな労働者の絵に。余りにも題がカッコ良過ぎる。
生きていてくれたら、文句が言えたのに。描いてくれてありがとうと言えたのに。レントさんが、生きているうちにこの絵が見たかった。そう思うとまた。新しい涙があふれて来た。
そして、後日。この絵は王室の買い取りとなり国立美術館に飾られた。




