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《155万pv突破!》侯爵令嬢レベッカの追想  殺人事件の被害者になりたくないので記憶を頼りに死亡フラグを折ってまわります  作者: 北村 清
第七章 聖少女達

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死と生と(1)

その日は朝から粉雪が舞う寒い日だった。ヒートテック欲しー。と思いつつ私はレーベンツァーン亭の入り口の前で薪を割っていた。

そこへマルテとデリクとハルが、レントを担架に乗せて運んで来たのだ。


「医者には、もって後数日だろう、と言われた。ならば最後の時間は、コルネリアと過ごさせてやりたいと思って連れて来た。」


ああ、ついに。ついにこの日が来たのか。と思った。レントと知り合って約一年半。出会った時点で既にレントは余命宣告をされていた。

それでも、あるいは、こんな日は来ないのではないかと夢を見ていた。それでも、彼の命の砂時計から確実に砂は落ちていたのだ。


私は斧を置き、レーベンツァーン亭の一番陽当たりの良い部屋に彼らを案内した。護衛のアーベラには急いでコルネとドロテーアを呼んで来てくれるよう頼んだ。レントは意識が朦朧としているようだった。私は彼が少しでも寒くないよう、暖炉に惜しみなく薪をぶっ込んだ。


コルネとドロテーアが部屋に駆け込んで来た。ドロテーアは泣いていたが、泣き虫のコルネは泣いていなかった。ベッドの側にひざまずき

「お父さん。お父さん。」

と呼びかけながら、一生懸命笑っていた。


廊下にザワザワと人が集まって来た。私とコルネの友人達だ。レントは度々、別邸の畑に来ていたから皆レントと面識がある。

中に入って良いか?と、アグネスやリーゼレータに聞かれたが私は断った。

広い部屋だと空気が暖まらないと思って、私は狭い部屋にレントを連れて来ていたから、これ以上人が入って来ると足の踏み場が無くなるのだ。

でも、一番の理由は万が一にも天然痘をレントにうつさない為だ。レントはたぶん種痘を受けていないはずだ。毎日のように医療区域との境目の宿屋の部屋で私達を見ていたから、天然痘がうつるんじゃないかと心配だった。そして最後の瞬間はうつっても良いからコルネの側で。と決めていたんだろう。


私も部屋を出た。最後の時は一緒に暮らしていた仲間達とそれに娘と過ごすのがいいだろう。それに、薪割りがまだ途中なのだ。レントの為、コルネの為。少しでも多く薪を割っておきたかった。


レントの病気は、日本語で『再生不良性貧血』と呼ばれる病気だ。こちらの世界では、記録上最初の患者とされている人の名前が病名につけられている。

どんな病気なのか、私はあんまり詳しくない。文子の知り合いでこの病気になった人がいないからだ。元の世界ならインターネットで検索出来るが、こちらの世界ではそうもいかない。

我が家の図書室にあった医学書によると、致死性の貧血であるとの事だ。普通の貧血は赤血球が不足するものだが、再生不良性貧血の場合白血球とかも減少するっぽい。だから、感染症にかかりやすくなる。だから、伝染病の隔離区域に連れて来るなんて本当は言語道断な行為なのだ。


地球だったら治療すれば治る病気だったはずだが、白血病並みに大変な治療をしないといけなかったはずだ。勿論、全員が助かるわけではなくお亡くなりになる方もいる。こちらの世界では治療法は無く、かかれば全員が死ぬ病である。


敗血症になって突然死するか、少しずつ心臓が悪くなっていつか心臓が止まるかだろう。とデリクには言われていた。そしてどうやらレントの心臓が限界を迎えたらしい。


泣くな!と私は、自分で自分を叱咤した。泣いたら涙が凍って、顔が凍傷になるかもしれない。今の私は、少しでも多くの薪を割らなきゃいけないんだ!私は歯を食いしばった。


夕食の席は既に通夜のようだった。私達のテンションが地の底よりも低いので、お医者様や看護師さんに申し訳なかった。


だけど、医療の現場でどれだけ人の死を見てきても、死になれる事はなかった。まして、とても親しくしている人となると・・・。


その日私はコルネとドロテーアのいない大部屋で寝た。人が二人いないだけで、大部屋はやけに広く寒々しく感じた。


次の日の朝。朝食の豆乳スープをキッチンで煮込んでいるとデリクが私を呼びに来た。


「レントが今、目を覚ましてさ。レベッカ様と話がしたいって。」

「・・・わかった。」

私はレードルをカレナに預け、レントのいる部屋に走った。レントは目を開けていた。青緑色の瞳は出会った時と同じくらい美しかった。


「フミコ・・。」

レントは懐かしい名前で私を呼んだ。初めて会った時、私は自分の名前を『フミコ』だと嘘をついたのだ。


「・・どうか、・・コルネリアを・・頼みます。」

「勿論よ。任せて。」

「私は最初・・あなたが面倒を呼ぶのではないかと・思っていた。でも、あなたに会えて良かった。あなたこそが、私の聖・・女・・でし・た。」

「私の方こそ、あなたに会えて本当に良かったわ。あなたは大切な事をたくさん教えてくれた。そして私を、守ってくれたわ。」


レントは微笑んだ。そしてコルネに視線を移した。


「コルネリア。」

「何、お父さん。」

「生きていたら・、辛い事や死にたくなるような事も・いっぱいある。それでも生きてくれ・・。どんなつまらない人生・・のように、思えても・・生きていたら・生きていて良かったと思える瞬間がきっとある。私が君に、会えた日のように。」

「うん。絶対生きる!うんと長生きするから!」

「愛している、コルネリア。いつもそれを忘れないでいてくれ。私の愛しい子。」


ずっと涙を堪えていたのだろうコルネの、涙腺がついに決壊した。マルテとデリクも号泣である。


「ありがとう、みんな。本当に・・ありがとう。」


それがレントの最後の言葉だった。レントは目を閉じて、そのまま眠るように逝った。


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