フェーベ街のボランティア(6)
私の所には家族と使用人さん達からしょっちゅう手紙が届くのだが、他にも私にマメに手紙を届けてくれる人がいる。
新聞記者のデリクだ。
正直、何で?と思わずにいられない。
私達が活動しているレーヴェンツァーン亭の前の道路が医療区域の切れ目なので、向かいにある宿屋の一室にいつもレントと一緒に居座って、私達の活動を眺めているのに?
数メートル離れているとはいえ、声をはれば聞こえる距離だ。
それでも、しょっちゅう手紙をくれて私に小ネタを提供してくれている。
そんなある日。私にデリクからけっこう分厚い手紙が届いた。
『新聞に記事を載せる予定だけど、先に伝えとく。リーゼレータ姫や他のお友達の耳に入れるかどうかは、君が判断して欲しい。』
と書いてあった。
デリクが働いている新聞社には当然、デリク以外にも記者がいる。その人達が潜入取材をして調べた記事らしい。
それは海の側にある、ローテンベルガー領とオーベルシュタット領の天然痘の記録だった。
ローテンベルガー家もオーベルシュタット家も共に公爵家だ。人口第二の都市ブルーダーシュタットの隣に、ローテンベルガー領がありその隣がオーベルシュタット領、そしてその隣が隣国アズールブラウラントである。国境沿いの街なのでオーベルシュタット領は騎士団を持っている。ブルーダーシュタットに天然痘患者が出たのとほぼ同じ時期に、どちらの領地にも天然痘患者が出た。
しかし、その後の経過は全く正反対のものになった。
ローテンベルガー領は家臣同士の仲が悪い。という話は、以前お父様から聞いていた。二つの大きな派閥があり、それ以外にも小さな派閥が小競り合いをしているという。ローテンベルガー領に天然痘が入り込むと二つの大派閥AとBが足の引っ張り合いを始めた。両方の派閥が
『相手の派閥が、領内に病原菌を撒いたのだ。』
と言い出したのだ。
両派閥の人間は、伝染病を抑え込む事よりも相手を陥れる事に夢中になった。相手を粛正しなければ、伝染病を抑え込む事は出来ない。食料や医療の援助は原因を作った奴がするべきだ。そう言って、病に苦しむ人を無視した。
ボランティアの医師や看護師が来ても、相手方の工作員だ!と言って入国を拒む始末だった。
そんな中Aのグループの寄子の子供が天然痘に感染し死亡した。Aグループの人間達は
「それ見た事か!」
と叫んだ。やはり、伝染病をばら撒いたのはBグループであると言い張り、民衆を煽動した。
怒った領民達はBグループの人間達の屋敷を襲い放火した。Bグループのリーダーを含む何人もの人間が領民によって殺されてしまった。
暴徒化した領民は略奪や放火などを行い、ローテンベルガー領の領都は無法地帯と化した。
それを抑え込む為、ローテンベルガー公爵はグループAのリーダーを含む主要人物を逮捕し、民衆を扇動したという罪で処刑した。
残酷な!そこまでしなくても。と他領の人間は思うかもしれないが、ここで誰かに責任を取らせないと、領主が治安悪化の責を問われるのである。
それでなくてもローテンベルガーは、王妃派貴族に目の敵にされている家門である。他領の人間や中央政府に付け入る隙を与えるわけにはいかないのだ。
家臣が幾人も処刑された反面、民衆が罪を問われる事はなかった。扇動されたとはいえ実際に放火や殺人を行ったのは領民達なのにだ。
暴動の中心となった平民のリーダーは、平民達の間では英雄とされている。そんなリーダーやその側近達を処罰すれば暴動が長引き革命に発展する可能性すらあるからだ。身分の低い者に罪が押し付けられて、高い者が罪を免れるというのよりはマシな事なのかもしれないが、モヤっとする話である。
このような不公正の芽を残す事は、後々尾を引くのではないのだろうか?と私は思った。地球の歴史がそれを証明している。
政治や治安が大混乱を起こしたせいで、伝染病対策はまるで進んでいないらしい。既に領都だけで一千人の発症者を出しており、他の街や村々にも感染は広がっている。当然経済は停滞し、貧しい人達は飢えている。更に冬が近づくとインフルエンザまで流行り始めた。
ローテンベルガー領は今尚、激しい混乱状態にあるという。
社会の混乱が伝染病を悪化させるという事は地球でもあった。
21世紀の地球で、C◯Aが、某テロリストを捜索するのに嘘の予防接種を偽装。そのせいで、そのテロリストによるワクチン接種活動を本当にしている活動家へのテロが頻発した。
優れた薬やワクチンがあって、立派な医療関係者が誠実に努力していても、社会が混乱している限り伝染病の撲滅はできないという事だ。
自分の故郷のこんな話、リーゼレータは聞きたくないだろう。だけど、隠されていて後からその情報を知って、みんな知っていたのに自分だけが知らなかったというのも良い気持ちはしないはずだ。悩ましい問題だった。




