行動計画書(2)
「『ほうじ茶』でしたら用意できると思います。」
なんですと!
「ほ・・ほほ・・ほほほほほ。」
笑っているわけではない。
「ほうじ茶!」
「はい。緑茶を焙じた、つまり焙煎したお茶です。」
そうだ。よくよく考えてみたら、食品を長持ちさせる方法は『発酵』と『加熱』がツートップ。
緑茶を加熱したほうじ茶が、発酵させた紅茶と同じくらい日持ちするのも納得だった。
そういえば冷蔵庫が無かった時代、北海道では『番茶』と言えば、ほうじ茶の事だったと聞いた事があるぞ。
茶の木は南方の植物なので、北国では育たない。日本の場合、茨城県あたりが限界なのだそうだ。なので、北海道には、茶の名産地から船でお茶が運ばれて来た。だから、北海道では日常定番にほうじ茶が飲まれたのだ。
対して、茶の名産地である九州などでは、ほうじ茶はほとんど飲まれなかったという。
飲みたい、ほうじ茶!
もう、お口はすっかりほうじ茶の口になっている。
今「嘘です。」と言われたら、転げ回って号泣できる。
「紅茶ほどは日持ちしませんし、西大陸では全くと言っていいほどまだ飲まれていませんので、ほとんど輸入はしていないのですが、ごく少量輸入して珍しい物を好む方々が集うカフェやサロンに卸しています。本店に連絡すれば、手に入るかもしれません。」
「飲んでみたい!私、買うわ。」
「わかりました。至急、父に連絡してみます。もし本店に無かったら、蒸気船で東大陸にまで買いつけに行ってもらいます!」
それは頼もしい。ほうじ茶、ほうじ茶。
ちなみに、この世界には『蒸気船』がある。
どうも、文明とか科学のレベルを考えるに、この世界は19世紀くらいのヨーロッパと同じくらいの水準の世界だと思われる。
日本の歴史で言うと、江戸の終わりから明治の初期といったところだ。その時代、ペリーが浦賀に黒船で来たのだから、蒸気船もあるって事だ。
けれど、自動車や蒸気機関車があるって話は聞いた事がないんだよね。
まあ、私が知らないだけで、この世界のどこかにはあるのかもしれない。まだ無いにしても、ボイラーが存在するのなら、発明される日は近いだろう。
「他に欲しい物はございませんか?」
とユリアに聞かれた。どうせなら、もう一つ言ってみようか?言うだけならタダだ。
「以前、本で読んだ『寒天』という食べ物が食べてみたいわ。」
ちなみに、本で読んだのは、文子だった頃だけどね。
江戸時代が舞台の物語で、いろいろあって寒天問屋の丁稚になった主人公が、里芋が固められるくらい腰の強い寒天を作る為に試行錯誤し、ついにフリーズドライな寒天を世に生み出すという、挑戦、挫折、再起、成功!の物語だ。
これは江戸時代の物語なので、ようするに江戸時代にはもう寒天が存在していたという事だ。
だったら、この世界のどこかにも寒天が存在するのではないだろうか?
私が文子だった頃。児童養護施設で暮らしていた。そして児童養護施設での暮らしは決して裕福とは言い難かった。
だから、めったにケーキは食べられなかった。その代わり、おやつとしてよくゼリーを食べていた。スーパーでもコンビニでも、ゼリーはケーキより安かった。消費期限が迫ってきているものはなおの事安かった。
だから、私は今でもゼリーが好きだ。ムースとかババロアも好きだ。
なのに、この世界にはゼリーとかババロアが無いの!
動物のコラーゲンをどうにかして固める料理はあるのだけど、獣臭が強すぎてお菓子作りには向かないんだよね。
日本のスーパーで売ってたゼラチンって、いったいどうしてあそこまで無味無臭だったのか⁉︎
私には理解できない科学の産物だったんだろうなあ。
だから、寒天なのだ!
寒天があれば、牛乳かんだとか、フルーツかんだとか、ヨーカンだとか、いろいろお菓子が作れるのだ。しかも寒天はゼラチンと違って常温で固まるので冷蔵庫が必要ない。めちゃめちゃ寒天が欲しい!
ユリアは私の話を真剣に聞いてくれてこう言った。
「レベッカ様が話された特徴からして『寒晒しところてん』に似た物ではないかと思います。お父様に、寒晒しところてんに似た、寒天なる食べ物がないか聞いてみます。」
・・・たぶん同じ物ですね。日本人って何でもかんでも言葉を縮める国民だったから。
とりあえず、寒晒しところてんも購入予約した。
「それで、後は本が欲しいという事でしたが、どういう本がご希望ですか?出版社を呼び寄せます。」
・・・デカい。話のスケールがデカすぎてちょっと引く。
「えっと、ね。『森の王国』の最後の方の巻が欲しいんだよね。少しづつ図書室にある本を読み進めているのだけど、学校が終わってからじゃ少ししか読めないし、だいたい図書室には週2回しか行けないし、続きが気になって気になって、自分で買って一気読みしたいの。」
アカデミーの図書室は、日本の図書室やら図書館と違って、本の貸し出しはやっていない。閲覧のみなのだ。
「同じ作家さんが書いた他の本も読んでみたいなー、とは思うけれど、でも買うかどうかは内容次第で・・。」
だから、本屋さんに並んでいるのを試し読み。・・とかしてみたかったのに、まさか本屋さんが無いなんてねえ。
「私がお勧めした本を、そんなに気に入ってくださったんですね!とても嬉しいです。」
と、ユリアが目をキラキラさせながら言う。男が見たら恋に落ちそうなくらいいい笑顔だ。
「『森の王国』は、外国の出版社が出している本なので、当日に出版社の人間を呼べるかどうか・・。でも、私『森の王国』を全巻持っていますから、当日本が手に入らなかったらブルーダーシュタットの実家から本を送ってきてもらって、レベッカ様にお貸しします。いえ!レベッカ様に差し上げます!」
巨大なお世話です・・・。
話題を変えよう。
「へえ。『森の王国』って外国の本なのね。」
と言ってみる。
「どこの国の本なの?」
「ヴァイスネーヴェルラントです。」
とユリアが答えた。
西大陸にある全ての国を知っているわけではないが、ヴァイスネーヴェルラントの事は知っている。
ヒンガリーラントと国境を接している国の一つで、お母様の実家であるシュテルンベルク領と接しているのだ。
ヒンガリーラントでは、外国と国境が接している領地は騎士団を私有しても良い事になっている。戦争が起こった時、国を守る為だ。
しかし、ヴァイスネーヴェルラントは、とってもとっても小さい国で、国民の総人口も20万人に達しないのだとか。
よって他国に侵略戦争など仕掛ける余裕もなく、ゆえに建国以来一度もヒンガリーラントとヴァイスネーヴェルラントは戦争などした事が無かった。起こる気配すら無かった。
「ヴァイスネーヴェルラントは、冬が長く土地が痩せていて、産業もこれといった物が無いそうです。それで、何年か前から文化や芸術を発信して、国を豊かにしていこうとしているそうです。その中でも特に、どこの国でも肩身が狭く、なかなか能力を正当に評価してもらえない女性芸術家達を積極的に援助していて、なので女性の作家さんがとても多いのだそうですよ。」
とユリアが言う。
資源が無くて、領土が小さくて、文化を発信しているってまるで日本みたい。
冬が長いのは辛いかもだけど、なんか親近感がわくなあ。いつか行ってみたいな。
「という事は『森の王国』の作者さんって女の人なの?でも、名前が確かディートリッヒなんとかって、男の人の名前じゃなかった?」
「はい。作者はもともとブラウンツヴァイクラントの出身で、本名で本を出版したのでは売れないからと、男性の名前で小説を書いていたのだそうです。本名はディートリンデというのだそうですよ。」
「ふーん。」
「ジークルーネ様の叔母様の、アレクサンドラ・フォン・ヒルデブラント様も、アレクサンドルという男性名で執筆しておられますし。女性が本名では正当に評価されない社会というのは、物悲しいものですよね。」
いや、悲しい、悲しくないというよりも、どびっくり!な情報が、今ぶっ込まれてきたのですけれど・・・。