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霊園へ行こう

明けて翌日。

秋の空は高く青く、晴れ渡ってとても良い天気だ。


雨とか、濃霧とかじゃなくてほんと良かった。

今日は一日墓場で、いつ来るかもわからない、もしかしたら来ないかもしれない人間を待ち伏せするのである。それなのに風邪をひきそうな天気だったらテンションが落ちる。


霊園は、管理者がいてきちんと管理されている反面、24時間開放されている場所ではない。管理人が霊園の門を開けてくれるのが午前10時らしいので、私は10時ちょっと前に家を出発した。


手には白いコスモスの花束を持っている。侯爵家の庭師が用意してくれたものだ。私は馬車に乗り込み、霊園に向かった。護衛として、女性騎士のアーベラが同行してくれている。馬車は、パカラパカラ、がったんどったんと走り出した。


ゴムタイヤも免震装置も無い世界だから、めちゃくちゃ揺れるんだよ。馬車って!


私は、文子だった頃、人生最後に乗った乗り物である高速バスを思い返した。高速バスという乗り物は、新幹線や飛行機よりリーズナブルで、貧乏人の味方な乗り物というイメージだったが、この世界での富裕層が乗る馬車より一万倍も快適だった。21世紀の日本がすごいのか、この世界が残念すぎるのか・・・。


それでも、私の乗っている馬車は良い馬車なんだ。と、気がついたのは乗った後しばらく経ってからだった。


なにせ、日本のような車検制度など無い世の中だ。すれ違う馬車の中には、今この瞬間にぐしゃっ!と壊れそうなボロ馬車もたくさんあるのである。だけど、私が乗っている馬車は、見た目もスタイリッシュで造りも頑丈、中は清潔で、座席はベルベットだかベロアだか別珍だか知らないが、とにかく上等な布地を使ってある。馬車の揺れ具合も、他の馬車よりマシな方で、5秒前にすれ違った馬車など車輪の形がいびつなのか、リアクション芸人が罰ゲームで乗らされる車くらい揺れていた。


車輪を完全な円形にするのは相当な技術がいるはずだから仕方ないか。

けど、見てるだけで車酔いしそう・・・。


一週間、馬車に乗って旅をする。とか絶対無理だわ。

過去の私だったら疑問にも思わないところだろうけど、文子の人生を経験した今となってはとても耐えられない。

1秒でも早く、自動車とゴムタイヤを誰か頭の良い人に発明してほしい。


ありがたい事に、15分程で馬車は霊園に到着した。この程度の距離なら帰りは徒歩で帰りたいくらいだ。


霊園はとても広く、とても美しかった。

自然豊かで緑が多くて、よく整備された公園のようだ。


というか、ここは正真正銘公園で、その一画が墓場になっているのである。


日本の墓場といえば、墓参り以外には肝試しくらいにしか使いみちがないが、ここは王都民の憩いの場になっているようで、飼い犬を遊ばせていたり、いい雰囲気でデートをしている人もいたりする。

適当に歩いていたのでは、絶対目的のお墓にたどり着けそうにないくらい広いので、私は管理人の制服を着ている人にシュテルンベルク家のお墓の場所を尋ねた。親切な管理人さんは、お墓のある場所まで案内してくれた。


領地持ちの貴族は、大抵領地に先祖代々の墓を持っているので、シュテルンベルク家のように王都にお墓がある家は珍しい。

だからだろうか。管理人さんは迷うそぶりもなく、お墓のある場所にたどり着いた。


お墓と言っても墓石があるわけではない。あるのは小さな建物だ

このサイズの建物が日本の公園の中にあったら、絶対トイレだと思うだろう。それくらいの大きさと形だった。


大理石でできた建物には大きな扉があって、ガッチリと錠がかけてある。この扉の向こうに先祖代々のホネがあると思われる。

ヒンガリーラントは、地球のヨーロッパに似た気候と風土と文化なのだが、遺体は土葬ではなく火葬している。だから、このくらいの大きさの建物でも、先祖代々のお骨が皆収納できるのだ。もし、土葬する文化だったとしたら、これだけの広さの土地でも場所が全然足らないだろうし、公園全体に悪臭が漂っている事だろう。


お墓の建物の前に、立派な献花台があったので私はそこに持ってきた花束を置いた。そこにはすでに半ドライフラワー化した先客の花束達がたくさん置いてあった。

伯爵夫人の命日を、執事が勘違いしてるんじゃないよね。と、少し不安になった。

どうか、数日前に違う故人の命日があったのだと思いたい。


「お嬢様は、伯爵夫人と親しかったのですか?」

と、護衛騎士のアーベラに聞かれた。

アーベラは正確にはまだ騎士見習いだ。年は18歳だと聞いている。一年前に、辺境の我が領地から王都へとやって来たので伯爵夫人とは面識がない。


「すごく可愛がってもらったの。とても優しい方だったわ。」

伯爵夫人はエレオノーラという名前だった。黒髪の美しい凛とした美人でいつも陽気な人だった。

明るくて笑顔も健康的で、病気とはまるで無縁に見える人だった。だから、突然死をしたと聞いた時とてもびっくりした。

前の日まで、普通に元気だったのに、朝になって侍女が起こしに行くとベッドの上で冷たくなっていたという。


その話を聞いてしばらくは、夜眠る事に恐怖を覚えたものである。


「シュテルンベルク家の庭でお茶会があって、お母様に連れて行ってもらった事があるの。子供は子供達同士で遊んでいて、私が大きなトカゲを捕まえたの。それで、みんなでトカゲ飛ばし競争をしようって話になって。」

「・・・失礼ですが、カエルとかバッタならともかく、トカゲは飛び跳ねるでしょうか?」

「だいたいの物は、振りかぶってぶん投げたら飛ぶわよ。」

「失礼しました。私が想像していたものとはどうも違ったようでした。」

「その時、他の子に『せっかく捕まえたのだから、大人達に見せてあげたらいいわ』って言われて、当時は子供だったから何も考えずに、大人達に見せに行ったの。」

「お嬢様は今でも子供ですよ。」

「もっと子供だったの。で、見せに行ったら現場は大パニックになって、お母様のお義姉様って人なんか、泡吐いて失神しちゃうし。そりゃもー、お母様にはものすごく怒られて・・・。」

「同情します。奥様とトカゲに。」

「でも、エレオノーラ様だけは、気を失う方が悪いと、笑って許してくれたの。」

「それは、優しいというのですかねえ。」

「動物に優しい人は良い人よ。」

「そう思っておられるのでしたら、トカゲをぶん投げちゃダメですよ。」

「だから、あの頃は子供だったの!今はしないわよ。」

「そもそも、貴族のお姫様はトカゲを触ったらダメです。」

「でも、そのトカゲは爬虫類好きの侯爵夫人が飼ってたのが脱走したものだったのよ。返しに行ったらとても喜ばれたって後から聞いたもん。」

「野生ではなく飼育されていた希少種だったという事は、結構大きかったのではありませんか?」

「30センチはあったかな。」

「それを見て、気を失う方が悪いってなかなかな鬼畜発言ですよ。」

「あ・・あの。」

と霊園管理人が口を挟む。

「故人の墓の前で、故人の悪口はやめてよ。アーベラ。」

「申し訳ございません。不敬な発言でした。」

「あ・・あの。エーレンフロイト姫君。」

と再び管理人。

「アーベラ。発言が棒だったよ。」

「エーレンフロイト様!」

管理人が誰に声をかけているのか五瞬くらいわからなかった。


ん?もしかして私か?


そういえば、エーレンフロイトは私の苗字だ。


珍しいな。一応私は貴族のお嬢様なのだ。その発言に被せてくるとは、私は気にしないが、意識高い系の貴族だったら怒ると思う。


「はい。なんでしょう?」

と振り返って。


げっ!と思った。

私とアーベラ。そして管理人。その後ろにもう一人、人がいた。その人間の存在に一番最初に気がついたから、管理人は発言に割って入ったのだ。

私の隣でアーベラもまずい!という顔をしている。


私やお母様と同じ黒い髪に、光の加減で紺色にも見える黒い瞳の10代半ばの年頃の少年だった。


この色の髪と目には覚えがあった。何より、着ている服が明らかに高価そうだ。絶対通りすがりの平民ではない。


コンラート・フォン・シュテルンベルク。私の従甥で、将来私を殺しに来るかもしれない、死亡フラグその1な少年だった。

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とってもとっても嬉しいです。執筆の励みになっています。

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