フェーベ街のボランティア(4)
「こ・・ここ・ここ・こ・これはっ!」
その『行軍食』は。
見た目といい香りといい。
地球の日本のテレビの画面の中で『すぐ、お◯いしい。すごく、おい◯い。』とヒヨコが舞い踊るアレだった。
卵ポケットまでちゃんと付いているアレだった!
うそおおおおおっ!
ど、どうしてコレが⁉︎日清◯品の社員さんが異世界転移して来たのーっ⁉︎
いや、コレを世に生み出したという発明家の生涯は、実録バラエティー番組で紹介されたり朝ドラになったりしていた。それを見た人で、鋭敏な味覚とガッツのある人なら再現出来るかもしれない。
いや、でも・・。
コレは一応ラーメンだ。そして、ラーメンの麺を作るには『かん水』がいる。だが、『かん水』は工業製品だ。素人がそう簡単に作れる物じゃない。
コレを作り出した人は『かん水』を作り出したのか?そして『かん水』とは『ベーキングパウダー』のイトコのような存在なのだ。
スーパーもコンビニも無い南極大陸でラーメンが尽き、でもどうしてもラーメンが食べたくて、料理人がベーキングパウダーを代用してラーメンの麺を作り出す。という映画を文子だった頃見た事がある。
かん水がこの世に存在するなら絶対にベーキングパウダーもこの世に存在している。ベーキングパウダー欲しい!
ベーキングパウダーが有れば、作れるお菓子の数が飛躍的に増える!
いや、落ち着け私。コレが本当に例のアレなのかはわからない。
私は三回深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
「ユリア。この行軍食は何て名前なのかしら?」
「『チキンのラーメン』というそうです。スープに鶏肉が使われているらしくて。」
間違いないよっ!絶対アレだよ‼︎
「食べてみますか、ベッキー様?」
「めっちゃ食べたい。」
ユリアが鍋に水を入れお湯を沸かしだした。その中に麺を入れトングでかき回す。殺人的に良い匂いがして来て私はつばを飲み込んだ。この香りは間違いなくアレだ!
「えーと、行軍食なので鍋から直接食べる物らしいですけど、スープ皿に移しましょうか?」
「鍋からでいい。」
私が食べる前にまずアーベラに毒味をされる。アーベラはフォークで食べにくそうに麺をすくっていた。そして一口食べ
「おいし。」
と言った。
私は震える手でフォークを握った。そして麺を口に運ぶ。口に入れた瞬間、私の全細胞が歓喜の叫びをあげた。
間違いない!これは文子だった頃一千食くらい食べた例のアレだ。
私は泣き崩れそうになった。いや、本気で泣いていた。
「おいしー!すごくおいしいっ。」
私がそう言うと、ユリアは感極まっていた。
「ベッキー様にこんなにも喜んで頂けるなんて感動です!」
「私も食べてみたい!」
「私も。」
「私も!」
アグネス、ミレイ、リーシアが手を挙げた。
カレナが大きな鍋を持って来て、水を入れて火にかけた。それから急遽、ラーメンパーティーである。年末も押し迫り気温もグッと寒くなって来ている季節だ。暖かい食べ物に歓声が上がった。
「ユリア。ライムセントって、どんな国なの!知ってる?」
と私は聞いた。
「海からはだいぶ離れた小さな国だそうです。その国と直接取引をしているわけではなくて、複数の国や商会を挟んで取引しているのでどのような国なのかはよくわかりません。でも、ベッキー様が気になると言うのでしたら調べてみましょうか?」
「お願い!国の事も、この料理を作った人の事も。」
このラーメンを作り出した人は、元地球人のような気がする。しかも日本人のような気がする。
その人がきっと『メープルシロップ』も作り出したんじゃないだろうか?日本人なら、楓の樹液から甘味料が採れることはだいたいの人が知っている。
地球だったら、カナダの楓の木が有名で、カナダの国旗に楓の葉が描かれているくらいだが、実は日本でも秋田県の辺りでは、楓の木の樹液を採集していた。『イタヤ楓』という名前の木で、板でふいた屋根のように雨漏りがしないくらいよく葉がしげる楓なので『板屋楓』と呼ばれたようだ。あと、樹液を採る為木に痛い思いをさせているから、というのもあるらしい。なので、採れた樹液は『イタヤ水』とか『泣きイタヤ』という名前で呼ばれていたという。
砂糖を西大陸経由で東大陸から輸入する北大陸では、甘いものは西大陸以上に手に入りにくい貴重品だろう。だけど、21世紀を生きた元日本人には甘いものが自由に食べられない生活はそうとう辛いはずだ。だから、一生懸命木の樹液を集め、くつくつくつくつ煮込んだのではないだろうか?
伝染病が流行っていなければヒンガリーラントを飛び出して、ライムセントという国に行ってみたかった。そして、このラーメンを作った人に会ってみたかった。




