行動計画書(1)
でもって、その日の夜の事。
寄宿舎の部屋で、私とユリアは外出日の行動計画書を作っていた。
作って提出しろと、副校長に命令されたからだ。
「でもさあ、急にシュトラウス先生が味方してくれるなんてびっくりしたよね。」
「ええ、本当に。でもレベッカ様はシュトラウス先生のお気に入りですから。」
「えっ!私が?まさか。お気に入りだというならユリアでしょう。」
「いえ、レベッカ様は特別気に入られていますよ。」
はて、そうだろうか?いつも、ぴしぴし怒られて、ぺこぺこ謝らされているんだけどなあ。
それは、ともかく。
この世界には『本屋』とか『ケーキ屋』が無いらしい!
なら、本やケーキが欲しかったらどうするか?
答えは、『お抱え商人』に、印刷工房やら、菓子工房に買い付けに行ってもらって 、その商会に買いに行く。なのだ。
なぜなら、本もスイーツも超がつくほどの贅沢品だから。
本に関しては、印刷技術だけは一応あるが、紙が高い。そしてインクも高い。
識字率はとっても低い世界なので、たくさん本を作ってたくさん売る事もできない。薄利多売ができない為、一冊一冊を高価に設定しないと、出版社さんは利益が出ないのだ。
そして、スイーツも高い。なぜなら、砂糖の値段がバカ高いからだ。
砂糖は、東大陸にある『温』という名の国でのみ生産されている。
温が、砂糖の生産と輸出を独占しているから高いのだ。
なんでも温の国では、砂糖を密輸したり、砂糖の原料を国外に持ち出したり、砂糖の作り方の情報を外国に渡したりしたら死刑になるんだって。だから、外国の人達は『砂糖は甘い』以外の情報はさっぱり知らなくて、それこそ岩塩のように地面を掘ったら出てくるとか、砂糖水の湖があって、その湖の水を煮詰めて取り出すとか信じていたりするらしい。
そんな湖があったら、ガチでファンタジーだよ。きっと、怖いくらいアリとハチがたかるぞ。
そんな砂糖をせっせと運んで来るのは、運送費がかかるうえ、究極の贅沢品という事で、とんでもない額の関税がかかるから砂糖は高いのだ。別名『白い砂金』と呼ばれるくらい高いのだ。
そんな砂糖で作った菓子を、大量に作って、お店に並べて、売れ残ったら廃棄する、というわけには絶対にいかないので、お菓子は注文が入ってから作るという完全受注制だ。
21世紀の日本のコンビニなら、コーヒーを買ったら無料で砂糖が貰えていたというのに!
でも、日本人が甘い物をバクバク食べるようになったのは第二次世界大戦の後の事で、それ以前は砂糖は贅沢品だったと聞いた事がある。
ともかく、私が言いたい事は一つだ。
砂糖を囲い込んでいる『温』が憎い!
「ケーキは、我がレーリヒ商会で当日届くよう買いつけておきますわ。レベッカ様。どこか希望の菓子工房がありますか?」
そんなものはない。
どういう工房があるのかさっぱり知らないし。
親に聞いたら、いつも利用している工房がわかるのだろうけれど、でも私は今までに食べた事がない菓子を食べたいのだ。
「でしたら、私が知っている工房で依頼するので良いですか?」
うんうんと、うなずく私。
「お茶は、当商会で買いつけているお茶が複数ありますからそれを飲みましょう。」
うんうん。
・・・・なんかおかしいな?
私はイートインスペースのあるケーキ屋やカフェでお茶をしたかったはずなのに、なんかユリアの家の『お宅訪問』になってしまっているような。
でも、まあ仕方がない。この世界って地球でいうところの喫茶店も無いみたいだし。
『カフェ』はあるんだけど、話を聞いたところ『喫茶店』より『キャバクラ』に近いような気がする。いや、キャバクラに行った事なんかないけれど。
大人の男の人の社交場で、紅茶やお酒を飲んで、綺麗なお姉さんが側に座って、お酒や会話の相手をする場所らしい。
ようするに未成年の女の子は入れないトコだって事だ。
「レベッカ様は、特にお好みの、味や地域のお茶はありますか?」
別に無い。
文子だった頃の友達に「紅茶はアールグレイに限る!」と言っていた子がいたけれど、私は紅茶に何のこだわりも無い。
ダージリンだろうが、オレンジペコーだろうが、ティーバッグだろうが、そのティーバッグがカップに入れられるのが3回目の出涸らしだろうが別にかまわない。
いつも、少しでも、美味しいお茶を淹れようと努力してくれているユーディットには申し訳なくて、口が裂けても言えないが・・・。
いや、待て!あったぞ。『茶』に対するこだわりが。言っても無駄だと思うけど。
「変わったお茶が私飲んでみたいわ。もしも飲めるものなら。話でしか聞いた事のない『緑茶』というものが飲んでみたい。」
そう、この世界では。『お茶』と言えば紅茶一択!
緑茶も黒茶も麦茶もはぶ草茶も存在しないのだ。
これは、旧日本人には地味に辛い。緑茶が飲みたい。そこから派生した、煎茶や玄米茶やジャスミン茶が飲みたい。
でも、無理なんだよね。
なんでかというと、それは賞味期限の問題。
お茶の木が栽培されているのはおもに東大陸で、そこからお茶を輸送してくるのは、どんなに急いだって2週間はかかるという。
冷蔵技術も、真空包装も無い世界では、そんなに時間がかかるのはアウトだ。
お腹を壊すかどうかは、飲んだ人それぞれの体質によるだろうけど、それだけかけて運ばれてきたお茶なんて、香りも風味も全部吹っ飛んでいる事だろう。紅茶がセーフなのは、お茶を酸化発酵させているからである。
でも、正直『番茶』が飲みたいよ!
番茶とはすなわち、日常定番のお茶。
私にとって、それは緑茶か玄米茶だった。
この際、半分発酵させた烏龍茶でもいいから。麦茶でもいいから。アレってようするに麦の汁だけど!
「『緑茶』は無理ですけど。」
おずおずと、ユリアが言う。うん。わかってます。
「『ほうじ茶』でしたら用意できると思います。」
なんですと!