別邸で過ごす夜
別邸に戻った時は、もう完全に真っ暗だった。だけど別邸にはもしもの時、例えば急な雷雨で家に戻れなくなった時など用に、最低限の食料や燃料が備蓄してある。
まず私達は、ランプに灯りをつけた。ランプの燃料である石油も別邸にはそれなりの量備蓄してあるので、遠慮なく大量のランプに火を灯した。薄暗いと、ますます気が滅入るからだ。
それから私は、夕食の準備を始めた。畑でとれた農作物が倉庫に大量に入っているし、米や香辛料もストックしてある。
料理作りはカレナが手伝ってくれる。ユーディットやドロテーアは、寝室を整えに行ってくれた。
王城特区内の館には遠く及ばないが、別邸もそこそこの広さがある。今いるメンバー全員が寝られるくらいの部屋とベッドは十分あった。
夕食には、リゾットを作った。
昆布と干し貝柱で出汁をとり、みじん切りにした根菜とドライトマトをイン。あとは米を入れ粉にしたチーズを振る。
これで、トマト味の根菜と貝柱のリゾットの出来上がりだ。
リゾットを作る私の側で、カレナが芋を拍子切りにして油で揚げていた。カラッと揚がった芋に塩を振ればフライドポテトの完成だ。コルネとミレイはリンゴをウサちゃんの形に切っている。更にチーズと干し肉を皿に盛った。
「質素な料理だけど。」
と言いつつテーブルに並べたら
「そんな事はありません!」
と全員が大合唱だ。
「すごいご馳走です!」
と言うのは、ヘレンやリーシアなど極限の空腹を体験した事のあるグループ。
「短時間で、こんなおいしそうな料理が作れるというところが尊敬します。」
と言うのは、料理が作れない包丁を握った事も無いユリアやアグネスなどのグループだ。
しかし、夕食の場は盛り上がらなかった。アグネスやリーゼレータは、家族の事を心配していたし、ヘレンも門番をしている父親の事を心配していた。王城特区内に実家のないユスティーナやオルガマリーも「家族が仮面舞踏会に行っていたらどうしよう」と不安がっていた。
それとヘレンとミレイは、エリーゼの事を心配していた。
あの人は、一周目でも天然痘にはかからなかったし、仮面舞踏会の開催を批判していたから、まさか仮面舞踏会には行っていないだろうと思うが。それに、あの人は確か種痘を接種していたはずだ。
門の通行禁止が解除されたら、誰かが別邸に様子を見に来てくれるだろう。と思ったが、深夜になってもエーレンフロイト邸から誰も来なかった。
結局、通行できるようになったのは明け方だったらしい。医療省の人達も、確認や移送にそれだけの時間と手間がかかったという事だろう。医療大臣をしている、我が従兄殿は大変だろうなぁ。と、ベッドの中で考えた。明け方、お父様が騎士達を率いて迎えに来てくれた。
迎えに来てもらったが、私は王城特区内の屋敷には戻らなかった。
畑作りをしている私は、農学科の大学生や孤児院の子供達と接触している。一応、別邸内に出入りする人達には皆『種痘』を受けてもらったが、天然痘は感染力が鬼高な伝染病だ。大学生や子供達が種痘を受けていない感染者と接触していたら、彼らの服や持ち物を経由して私の体に引っ付いているかもしれない。
それを屋敷に持って帰ってしまったら、種痘を受けていないお母様やラヴェンデル、それにメリアちゃんが危険だ。
私が原因で、屋敷の人達に感染が広がったあの悲劇を、私は絶対に絶っ対に繰り返したくなかった。
もう一つの理由は、畑を放棄出来ないからだ。まだ、これから収穫を迎える野菜もあるし、芋やピーナッツは追熟中だ。
収穫したばかりのピーナッツは瑞々しく、全体の50%近くが水分である。これをただ放っておくとカビが生えてピーナッツがダメになるので、干して乾燥させ更に追熟させないといけない。というわけで、日当たりと風通しの良い場所に干し、雨が降ったら急いで、屋根のある場所に移動させている。
おそらく今、王城特区の屋敷に戻ったら外出禁止になり、畑に通えなくなるだろう。せっかくとれたピーナッツを絶対無駄にはしたくない。
なので、畑の側に私はいたいのだ。
お父様は納得してくれた。
お父様にとって私は大事な娘だが、お母様とお腹の中の赤ちゃんもかけがえのない存在だ。
それに、お父様。ピーナッツを「コレはうまい。エールに合う!」と言って喜んでパクパク食べていたからな。
「騎士達を十人ほどここへ来させよう。食べ物や君達の着替えも持たせる。他に必要な物はあるかい?持って来るよ。」
「本!」
と私は即答した。
「それと、みんなが手紙を書いたり、コルネが絵を描いたりする用の紙とインクを。・・あとは出来たらでいいんだけど、ニワトリかアヒルが欲しい。卵があると料理のレパートリーが格段に増えるから。」
「わかった。持って来よう。その代わり、ふらふらと外を出歩いてはいけないよ。今のところ天然痘が発生したのは王城特区内だけだけど、おそらく王都内の至るところに感染が広がっているはずだ。」
「わかってる。ちゃんと引きこもってる。大丈夫。王室から呼び出しでも来ない限り、絶対どこにも出ないから。」
そう言って私とお父様は笑った。
この時。私は冗談を言ったつもりだった。




