王城特区の門で
秋の夕暮れは早い。
農作業は毎日午後四時まで。と決めているのだが、四時にはもう薄暗くなるくらいなのだ。
私は文子だった頃、日本の西日本に住んでいた。そして、当然ながら西日本の日没は北日本や東日本より遅い。
文子の一番の親友は農家の子で、私は農繁期にはいつもアルバイトに行っていた。その親友の従姉妹が東京に住んでいて農繁期には手伝いの為親と一緒に里帰りをして戻って来ていた。
私はその子に言った。
「いつまで経っても夕方が明るいでしょ。」
そしたらその子は言った。
「いつまで経っても朝が薄暗いよ!」
なんとなくだが体感的に、ヒンガリーラントの日没は東日本と同じくらいなんじゃないかと思う。文子的には、日没が早い。
そして、電燈の無いヒンガリーラントの道路は日本の道路より暗い。
早くおうちに帰らないと、本当に真っ暗になるので、私達は家路を急いだ。ああ、コンビニとパチンコ屋さんの明るさが今たまらなく懐かしい。
というわけで早く家に帰りたいのに、なぜか王城特区の特区門の前で馬車が止められた。普段なら、身分証とか出さなくても顔パスで通してくれるのに何故か通してもらえない。どうしたのだろう?『王妃派』の嫌がらせだろうか?
「何故、通れないのですか⁉︎」
とアーベラがくってかかるが、アーベラより更に若そうな騎士さんはしどろもどろなっていて何を言っているのかよくわからない。たぶん、彼自身も上司に命令されていて理由をわかっていないのだ。
「今は、誰も通したらいけないと言われておりまして・・。」
「さっき、馬車が一台入って行ったじゃないですか⁉︎」
「あれは医療省の馬車でして。」
もめていると、見覚えのある騎士様がこっちへやって来た。
「エーレンフロイト姫君であらせられますか?」
と馬車の外からイケボで呼びかけてくる。本性を知らなければ、美しい声と渋みのある容姿に心の中の『いいね』ボタンを連打したかもしれない。
「お父様。」
と同じ馬車に乗っていたヘレンが言った。そう。話しかけてきたのはヘレンの父親で、近衞騎士のアードラー卿だった。
「ヘレーネ。元気そうで良かった。」
とアードラー卿は言った。私はカチンときた。勝手に断定するな!「元気かい?」と、まず聞けよ。もしかしたら、どっか悪いかもしれないだろうがっ!
「どうして、通れないのでしょうか?」
と私は冷たい声で聞いた。
「実は・・。」
アードラー卿は声をひそめて言った。
「王城特区内で、同時多発的に天然痘患者が発生したのです。」
私は息を飲んだ。同じ馬車に乗っていたユリアやコルネが「ええ!」と叫び声をあげた。
「現在、発症患者の元に医療省の職員が出向いています。患者はこの門を通って隔離施設に運ばれるので、運び出しが終わるまで人や馬車を一切出入りさせないように通達されているのです。」
「同時多発的って、何人出たんですか?」
「わかりません。こちらには報告があがっていませんから。ただ二、三人ではないようです。かなりの数のようです。」
「うちは大丈夫でしょうか?うちからも出てるのですか?それにシュテルンベルク家は⁉︎誰か運び出されて行きましたか?」
「エーレンフロイト家では誰か、この数日内に高熱を出した人はいましたか?」
「いいえ。」
「なら大丈夫です。天然痘は、まず高い熱が出ます。二、三日前から高い熱を出した人が散見されて、医療省に報告があがっていました。医療省は連日確認の為訪問していました。そして今日になって、天然痘と断定されたのです。どうやら発疹が体表に出たようです。」
私は息を大きく吐き出した。良かった。うちは大丈夫だ。ヨーゼフもマリウスもベティーナも大丈夫だ。そう思っても、体が震えていた。
「発生元は、ハーゼンクレファー家の仮面舞踏会です。舞踏会に参加した人間の間で感染が広がっているそうです。・・ヘレーネ。おまえは、参加したのか?」
「いいえ。お父様。私参加していません。」
ヘレンも震えながら言った。
「エーレンフロイト邸内の人は誰も参加していませんわ。ベッキー様が人がたくさん集まるところは危険だから行っては駄目。と皆に言ったのです。」
「さすがです。エーレンフロイト姫君。ありがとうございます。」
と言って、アードラー卿は頭を下げた。今の状況を考えるとさっきのアードラー卿の「ヘレーネ。元気そうで良かった。」という言葉が違う意味で聞こえてくる。家を離れて侍女教育を受けている娘が無事かどうか、ドキドキしていたのかもしれない。塩対応をして申し訳なかった。
私は目を閉じた。
考えてみたら一周目の私も、ハーゼンクレファー家に行って十日くらいでまず高熱が出た。発疹が出たのは、その数日後だっただろう。だから、このタイムテーブルは正しいのだ。
「ここにずっといるのも何ですから、別邸に戻ります。もしも我が家の使用人が様子を見に門まで来たら、私達は畑の側の別邸に戻った、と伝えてください。」
「承知致しました。」
アードラー卿に伝言を頼み、私はもう一台の馬車の方へ言った。全員が一台には乗りきれないので、私達は馬車二台に分散して乗っているのだ。
もう一台の馬車には、アグネスやリーゼレータが乗っている。二人の実家は王城特区内にある。私が事情を話し別邸に戻ると伝えると二人は蒼ざめた
二人共、実家の家族が心配であろうが、今は無事の確認のしようが無い。こんな時、スマホがあれば。公衆電話でもいいから。と考えてしまう。頼むから、どっかの天才に一秒でも早く発明して欲しい。
馬車二台は、畑の側の別邸にUターンした。




