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収穫の秋

秋である。


収穫の秋である。


ヒンガリーラントの収穫祭は、春に行われる。それでもやっぱり、秋だって収穫の季節なのである。


私が仲間達と協力して作り上げた畑は、大豊作の秋を迎えていた。

イモに南海イモにピーナッツ、それと秋ナス。それらが、これでもか!というくらい実った。

更に森の入り口辺りでは、私ではない誰か(たぶんカロリーネ大叔母様)が植えた、栗や胡桃やリンゴの木の実が鈴なりだ。

正直、南海イモ(サツマイモ)がトン単位で採れたのだから孤児院の子供達も栗なんかいらんだろ、と思っていたのだが、アーベラに


「落ちた栗や胡桃は、湖に沈めるか地中深く埋めないとまたイノシシやクマが来ますよ。」

と言われ、慌てて子供達に拾わせた。


ただ、子供達は大喜びしてたけど。

人間って、探すとか、拾うとか、集めるとかってのが基本好きだよね。

あと子供達によると栗や胡桃って、パン屋さんとか薬屋さんとかが物々交換してくれるらしいのだ。


そんなこんなで、置き場所に困るくらい食べ物がとれたのだ。


「次は、何を植えますか?」

と、農大生のリーバイに聞かれた。


「何がお勧め?」

「普通の農家は、秋の収穫が終われば次に『麦』を作りますね。」

「麦かー。麦ねえ。」

「麦はお嫌ですか?」

「麦はさあ。『麦角』が恐いから。」


『麦角』とは、麦に生える麦角菌の事でカビの仲間だ。その麦角菌が生えた麦はツノが生えたような形状になる為『麦角』と呼ぶ。

麦角を摂取すると、痙攣を起こしたり幻覚を見たり手足が壊死したりする。最悪の場合死亡する。

見た目も味も普通のパンと変わりないパンを食べてある日突然死するのだ。

麦で作ったパンを食べる民族にとって、どれほどこの『麦角』が脅威になるか想像に難くない。


あまりにも恐ろしい菌な為、『麦角』は人類の歴史と文学において重要な役目を果たしていた。あの地球の歴史上最も有名な魔女裁判とも言われる『セイラム魔女裁判』も『麦角原因説』があるくらいだ。

『セイラム魔女裁判』が元ネタの映画を文子だった頃見た事があるが、電動ノコギリを持った殺人鬼が人を襲う映画とはまた違った種類の恐怖に震えたものである。

カビの中には人間に有用なカビもあるし、食べ物をおいしく変化させてくれるカビなんかもあるけれど、『麦角』は地球の歴史において人類に害悪をもたらしたカビのトップ5に入るだろう。そんなモノがうちの畑から出たらシャレにならない。


ちなみに21世紀の地球では、コンピューターの力で麦角型の麦は脱穀機から弾き出されるから、安心安全らしい。たぶん。

しかし、地球の19世紀レベルの科学力しかないヒンガリーラントで麦角を防ぐのは不可能なのだ。


そして、もっと言うと。私が本当に恐ろしいのは、出てもいないのに「麦角が出たぞ!」と、濡れ衣をかけられる事なのだ。

私が無料配布した麦やパンの中に毒を仕込まれ、「麦角パンを配った。」と噂を広められたら恐ろしい事になる。そして現実問題、我が家にはそういう濡れ衣をかけてきそうな人がウヨウヨいるのだ。

なにせ、ほんの一週間前にも「第四王子殿下に暴力を振るった!」という濡れ衣をかけられそうになったばっかなのである。


運良く、本当に運良く冤罪は回避したのだが、いろいろと後味が悪い事件だった。


「『麦角』をご存知とは、さすがですね。レベッカ様。」

「そりゃーまあ、そんなに量は作ってないとはいえうちの領地でも、一応麦を作っているからね。それにさあ、麦は土作りが大変でしょう。『おいしく育てる為に、麦は土が大事、米は水が大事』って聞いた事あるよ。」


結局、土を豊かにする為に大量の豆と、あと幾らかの根菜を作る事になった。


話していると三時になったので、おやつタイムになった。今日のおやつは水飴と胡麻をたっぷりまぶした大学イモだ。


その時間を狙ったかのようにハーラルトが新聞を持って来た。

私は口をモグモグさせながら受け取った新聞を眺めた。


天然痘はまだ王都で流行ってはいない。おかしい。今日でハーゼンクレファー家が仮面舞踏会を開いて15日になるのだ。

『一周目』で私が天然痘が原因の高熱を出したのは、ハーゼンクレファー家に行って10日目くらいだったと思う。

仮面舞踏会は関係がなかったのだろうか?これから音楽会が開かれるのだろうか?


流行らないなら流行らない方が絶対に良いに決まっているのだが、なんかモヤッとする。


新聞にのっている大きな記事は三つ。

一つは明日、貧民街で第三王子のクラウス殿下が薪の無料配布を行うという記事。

王様の命令で、『王宮の森』で伐採した木を薪にした物を、そろそろ冬支度を始めなければならない王都民の希望者に配るらしい。

ガスや電気の無いヒンガリーラントでは、燃料は薪か木炭か石炭だ。料理をコンロで作るのも、セントラルヒーティングや暖炉で暖をとるのも、薪か炭がいる。無くなれば、餓死or凍死は免れられない。

物価が爆上がりして苦しんでいる貧しい人達の為に王宮の木を配るのだ。


「第三王子殿下だけですか?第二王子殿下はしないんですか?」

とコルネが批判めいた事を言った。


「ルーイ殿下は、週末に貧民街で食料の配布をするらしいよ。」

私は昨日、本人から直接聞いた情報をコルネに伝えた。

昨日、貸していた(?)本を返しに、ルーイ殿下がうちに来たのである。その時聞いたのだ。


「へー。」

とハーラルトが言った。

「そういう話を聞くと、レベッカお嬢様は冗談じゃなくマジで王子様の婚約者なんだなあ、って思いますね。」

冗談で、王族の婚約者が名乗れるか!不敬罪でクビが飛ぶわ。


「レベッカ様も王子様のお手伝いに行かれるのですか?」

と孤児院の子供に聞かれた。

「いや、別に行かないよ。」

「何でですか?」


呼ばれてないから。というのが答えだ。だいたい、あの人と一緒にいると、またろくでもない事件に巻き込まれそうな気がする。

向こうもそう思っているから、呼ばないのではないだろうか?


「私も、いろいろ忙しいんだよ。特に今は、できるだけ長くメリアの側にいたいし。」


メリアは、我が家の使用人ラヴェンデルが最近産んだ赤ちゃんだ。もー、この子が鼻血吹きそうなくらい可愛いのだ。

まだ、ベビーベッドで寝てるだけで寝返りもうてないけれど、とにかく可愛い!


私は空いた時間はいつもメリアの側に行ってメリアにかまっている。そして歌を歌ったり、お話を聞かせてあげたりしているのだ。


さて、新聞にのっている二つ目の記事だが、国王陛下の弟であるアーレントミュラー公爵が混乱の続く港町ブルーダーシュタットに派遣されるらしい。

ブルーダーシュタットの街はパンデミックが止まらず、天然痘患者があふれかえっているという。そんな所に行かされるなんて王様の弟も大変だ。


そして三つ目の記事は、王妃様と第一王子が万が一の事態を避ける為、王都を離れ南部の離宮へ避難されたというものだった。

『万が一の事態』というのは、王族全員が天然痘にかかって全滅。という事態の事だろう。

確かに、家族は別々にいた方が全滅を避けられるだろうけどさ。

でも、第二、第三王子は貧民街で奉仕活動しているんだよ。王弟殿下なんて、天然痘患者であふれかえった街に派遣されるんだよ。

なのに離宮に避難って、なんかズルいなあ、って思ってしまう。

まあ、それが『王妃の息子』と『側妃の子』の違いなのかなあ。側妃の息子って悲しい立場だなあ、って思ってしまうわあ。


新聞もあんまり露骨には書いてなかったけれど、遠回しにズルいぞー。という事を書いていた。しかも、王妃様と王子は馬車何台分もの食料を含む荷物を持って行ったらしい。王都全体で食料が足りなくて飢えている人もいっぱいいるっていうのに。ほんと王族って常識が無いよな。


でも、王妃様と第一王子が王都からいなくなったら、いわゆる『王妃派』からの嫌がらせが減るかもしれない。それは嬉しいかも。と大学イモを頬張りながら私は考えた。

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