芳花宮のお茶会のその後(2)(ルートヴィッヒ視点)
箝口令が出ているとはいえ、事件の当事者になったエーレンフロイト家には報告が入っている。だけど僕は、自分の口からも事件の説明がしたかった。その為にエーレンフロイト邸を訪ねたのだった。
「レオンハルト様は、どのようにお過ごしですか?」
レベッカ姫はまず僕に質問した。
「雪白宮で過ごしているよ。侍女もメイドも全て入れ替えた。フリードリア叔母上とエリーゼが、雪白宮に入ってレオンの世話をしている。
僕もクラウスもできるだけ様子を見に行くようしている。」
「そうですか。」
とレベッカ姫は言ったが、どこか不安そうな口ぶりだった。
「体の傷は癒えても心の傷は簡単には治りません。どうか、レオンハルト様の事を温かく見守ってあげてください。」
「そのつもりだ。」
「虐待を受けていた子供は、新しい保護者が来ると自分がどれだけ愛されているか、どこまで許されるかを確かめる為に問題行動をわざと起こす事があります。暴れて物を壊したり、暴力を振るったり。それでも、大声で怒鳴りつけたり見限ったりするのではなく、どうか寄り添い続けてあげて頂きたいです。」
「そうなのか?すごいな、レベッカ姫は。虐待にとても詳しくて。」
「詳しくなどありません、私の知識などごく一部で偏ったものです。性的虐待や、代理ミュンヒハウゼン症候群についてはよくわかりませんから。」
「代理ミュン・・って、何それ?」
僕がそう言うと、姫は「しまった!」というような顔をした。
「・・すみません。その名称は・・通称で、正式名称は別にあると思います。児童虐待の一つで、親が『献身的で優しい親』という評価を手にする為に、わざと子供に毒を盛ったりして病気にして、献身的な介護をするという種類の虐待です。」
「そんな、虐待があるのか⁉︎」
「見た目には優しく慈愛深い親にしか見えない為、非常に周囲にはわかりにくいのです。医療機関を受診して子供が治っても、家へ戻れば同じ事の繰り返しです。虐待はエスカレートし、子供が死ぬまで虐待をやめる事はない為、あらゆる児童虐待の中で最も死亡率の高い虐待だと言われています。」
「いろんな虐待があるんだな。」
「いろんな外道がいますから。」
悲しそうにレベッカ姫は言った。
「御父上から聞いているかと思うけれど、騎士団に密告があったそうなんだ。僕や君がレオンハルトに暴力を振るっているって。」
「はい。聞きました。」
「密告した奴は、必ず見つけ出すから!」
僕は拳を握りしめて言った。
「・・びっくりしたよね。あんな事になって。」
「いえ。父から、警告は受けていました。父は13議会に選ばれる前から領地で敵対する貴族達に様々な嫌がらせを受けていたそうです。王宮へ行けば私達が陰謀の標的になるのでは、と父は心配していました。」
「・・すまなかった。」
「殿下に責任はございません!陰謀を巡らした者が全て悪いのです。それに、レオンハルト様にお会いできた事は良かったと思っています。」
「そうだね。僕もレオンとナディヤ妃には何年かぶりに会ったんだ。彼女も昔はあんな人ではなかったように思う。父上も後宮も全てが彼女に冷たかったんだ。彼女も可哀想な人なのかもしれない。」
「殿下。恐れながら、他人を不幸にしておいて自分はもっと不幸だ。という者に同情する必要はありません。彼女の幸せの為に不幸になっても良い人などいないのです。どうか、同情されるなら、まだ幼いレオンハルト様や陰惨な事件に巻き込まれた芳花妃様にお心を寄せてください。」
頭にガツンと衝撃を受けた。その通りだと思った。
僕は『後宮の闇』を知っている。女官長とその手下共がどれだけ意地が悪く『側妃いじめ』をするか知っている。だから、ナディヤ妃に少し同情していた。だけどそれ以上の強さで彼女を憎んでいて、同情しきれない自分の酷薄さが嫌で嫌でたまらなかった。
でも、レベッカ姫は「同情しなくていい」とはっきり言ってくれた。胸のつかえが、スッと溶けていくようだった。
レベッカ姫の言う通りだ。ナディヤ妃一人が幸福になる為に不幸になっても良い人などいるわけがないのだ。
ナディヤ妃が幸福になる為には、父上が彼女一人を寵愛し、女官達は皆彼女を褒め称え、他の妃達は皆惨めで不幸な状況でナディヤ妃を羨まなくてはならなかった。そしてレオンハルトが王太子に選ばれるべきだった。
そんな後宮、僕はごめんだ。
夢が叶わないのはナディヤ妃にとって辛い事だったろう。だけど、母上だって蛍野宮のテオドーラ妃だって様々な理不尽を忍んで来たのだ。だけど彼女達は自分の子供を虐待などしなかった。レオンハルトを虐待した彼女は残酷で卑怯だった。
「結局、ライゼンハイマー伯爵夫人にお会いできなくて申し訳なかったです。」
「伯爵夫人も残念がっておられたよ。」
「でも、正直王宮へ参るのはしばらくは遠慮をしたいと思っているのです。」
「そう言われて当然だ。本当にすまなかった。」
「いえ、殿下が謝られる事は・・。」
「ねえ、レベッカ姫。」
僕は思い切って言った。
「レオンの事は『レオンハルト様』と名前で呼ぶのに、僕の事は『殿下』と呼ぶのは、その、おかしくないかな?僕の事も名前で呼んで欲しいな。できれば『ルーイ』と。」
「・・わかりました。ルーイ様。」
「僕も姫の事を『ベッキー』と呼んでもかまわないかな?」
そしたら、姫はきょとん。という顔をした。
「あれ?そう呼んでおられませんでしたっけ?」
「いや、呼んでないよ。」
「そうですか。コンラートお兄様にもジーク様にも、エリーゼ様にもクラウス様にもベッキーと呼ばれているので、てっきりルーイ様もそう呼んでいると思い込んでいました。どうぞ、どうぞ。」
クラウスまで、『ベッキー』呼びをしていたんかいっ!
瞬間的に頭に血が上った。
「ルーイ様。」
「ん?」
「私を信じてくださってありがとうございます。」
突然御礼を言われてびっくりした。
「・・虐待の問題は、たいていの人が否定するものなのです。家族の事は自分の方が他人の私よりわかっている。家族の問題に口を挟んで欲しくない。中傷はやめてくれ。と。家族というものは、なんだかんだあっても、誰にとっても聖域ですから。本当の事を言うと信じて頂けると思っていませんでした。」
「信じるよ。レ・・いやベッキーは、虐待の問題ではエキスパートだ。それに、家族の問題って、ベッキーは僕の家族だよ。君が、悪意を持って僕を騙して陥れたりするわけないし。」
というか、僕は今までレオンハルトを『家族』と思っていなかった。ナディヤ妃の事も信頼していなかったのだ。
だが
「・・ありがとうございます。」
レベッカ姫は・・いや、ベッキーは頬を染めてうつむいた。
何か、今ものすごく僕らいい雰囲気じゃないか!ユリアーナ・レーリヒの方向から邪悪な波動を感じるような気はするが。
でも、これがすごろくだったら、コンラートやジークレヒトをまだ追い越してはいないけれど、だいぶ追いついて来たかも!
僕達は同じ計画を協力して実行し、そして見事成功したのだ。言わば、初めての共同作業!
それに成功した僕らの距離が今までよりも近づいたのは当然の事ではないか!
そう思って、僕は上機嫌だった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ルートヴィッヒ視点の、後宮騒動も後一話になります。
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