芳花宮のお茶会(6)(ルートヴィッヒ視点)
いきなり、レベッカ姫が走り出し僕はぽかんとした。
えっ⁉︎もう打ち合わせ終わり?
「殿下!早く追いかけてください!」
ユリアーナに怒鳴られた。
「喧嘩の演技、頑張ってください!」
アグネスには応援された。
僕はレベッカ姫の後を追った。そんな僕を、僕の護衛騎士と姫の護衛騎士が追いかけて来る。
僕は、レベッカ姫に追いついてはならず、僕が騎士に追いつかれてもならない。匙加減が難しい。
と思ったが、姫、早え!姿が全然見えない。
僕がガゼボの側に戻ると、姫はガゼボの中にいてレオンハルトの側に立っていた。
走りながら僕は悩んだ?
喧嘩をしなくては!でも、喧嘩って何を理由に?
どんなに仲の良い人間同士でも喧嘩をしないで済ますのは何と難しいのだろう。と、常々思っていたが、敢えて喧嘩するのも難しくないか?
「申し訳ありません!お許しください。」
と叫んでレベッカ姫が頭を下げた。彼女が何か、僕を怒らせた。という設定らしい。そうだよな。僕が激オコだから僕が彼女に水をかけるんだよな。
僕は、何を怒っている事にしたら良いのか?何と言って怒鳴りつけたらいい?
思いつかん。
護衛騎士達の足音は、背後に迫って来ている。ゆっくり悩んでいる場合じゃない。
そう、僕は怒っているのだ。なら、シンプルにこれでいいよな。
「貴女って人は。許せんっ!」
そう叫んで僕はテーブルの上の水差しを手にとった。僕とレベッカ姫はテーブルを挟んで向かいあっている。姫の真横にレオンハルトがいる。一瞬広範囲に水を撒きナディヤ妃にも水をかけてやろうかと思ったが、ナディヤ妃にたっぷりかかって、レオンハルトにあんまり水がかからなかったらしゃれにならない。
僕はレベッカ姫とレオンハルトに向かって、水をかけた。そしたらば、何という反射神経!
レベッカ姫はしゃがみ込んでテーブルの下に潜ったのだ。
ばしゃあっ!
と、水はレオンハルトにだけかかった。
「きゃあっ!」
とコートニー叔母君が叫んだ。
「何をしているの!ルーイ。」
母上も大声を出す。
「ごめんなさい!レオンハルト様。私のせいで!」
レベッカ姫が、テーブルの下から出て来てレオンハルトの手をとった。
驚いたのは、レオンハルトが泣きも叫びもしなかった事だ。
びっくりはしたようだが、どこか虚ろな瞳でぽかんとしている。
こいつまさか、水とか酒とか熱湯とか、常習的にぶっかけられているんじゃあるまいな。
「すまん、レオンハルト。」
僕がそう言ったところで、護衛騎士達が追いついて来た。
「ルートヴィッヒ殿下!」
「殿下!主君をお許しください。」
僕は僕の護衛騎士に言った。
「レオンハルトを、急いで浴室に連れて行き、風呂に入れてやってくれ。」
「ダメ!」
光の速さでナディヤ妃が叫んだ。
「姉様、何をしでかしたの?」
と聞くヨーゼフの声と
「何て乱暴な!レオン、帰るわよ!」
と言うナディヤ妃の声が被る。
「雪白宮まで濡れた服で帰ったら風邪をひく。レオンハルトを早く浴室へ連れて行くんだ。」
「だったらどうして水なんか、かけたのです!」
と母上が怒った。それを言われると、ぐうの音もでない。
「レオンに触らないでよ!」
ナディヤ妃の大声にレオンハルトがビクッとなり、しゃっくりのような変な息をした。顔色は真っ青でガタガタと震えている。様子が明らかにおかしい。
「芳花宮の浴室に入れたら何か問題があるとでもいうのか?」
と僕は聞いた。
「芳花宮の人間は信頼できないわ!」
「急に押しかけて来たくせに何を言うか!」
「うるさい!」
という声と同時に僕は殴られた。いきなり過ぎて避けられなかった。
痛えーーーっ!
頬を殴られたのだが、平手打ちじゃない。この女グーで殴って来やがった!
女が、普通グーで殴るかっ⁉︎
この女の利き手は右手で、右手には三つも宝石付きの指輪をはめている。だから、攻撃力が増し増しなのだ。絶対、頬の皮膚が切れてる。下手したらえぐれてる!
この女、暴力に慣れている。この僕が避けられぬ素早さだったのだ。この指輪まみれの手で、レオンハルトをまさか殴っているのか⁉︎王国の王子を。僕の弟を!
僕はナディヤ妃の右腕を掴んだ。怒りのせいで力がこもる。
途端に鼓膜が裂けそうなほどの怪鳥音をナディヤ妃が発した。
「ルーイ。やめなさい!」
と母上が叫んだ。僕がナディヤ妃の腕を折ろうとしているとでも思ったのだろう。だけど、そこまで力は入れていない。
「離しなさいよ!離せ、離せーっ!うがああああっ!」
「うっ、ううっ。」
レオンハルトがすすり泣き始めた。
「殿下。」
と言って、ずぶ濡れのレオンハルトをレベッカ姫が抱きしめる。そして。
「殿下。このままでは風邪をひきます。失礼します。」
と言って素早くレオンハルトの服を脱がせ始めたのである。すぐさまユリアーナも跪き、手伝い始めた。