王様の馬(アルベルティーナ視点)
ユーディットから
「お嬢様が、ラヴェンデルさんの出産祝いに、また新しい絵本を作ろうとしています。」
と報告があったのは、旦那様が領地から戻って来られてすぐの事でした。
もしもレベッカがまた、紙芝居なり絵本なりを作ろうとしているようなら、必ず報告するようにとユーディットに伝えておいたのです。
というのも、昨年作った紙芝居とやらが、レベッカちゃんとヨーゼフ君という仔猫の姉弟が出てくる話で、なんと、レベッカちゃんのお鼻に巨大なソーセージがくっついてしまうという内容だったんです。
もしも、前もって内容を知っていれば、ソーセージはやめさせました!
レベッカに他意は無かった。というのはわかっています。だからこそ親が、よくよく監視し、時に検閲削除をしないとならないのです!
私、アルベルティーナ・フォン・エーレンフロイトは即座に娘のレベッカを呼び出しました。
「新しい絵本を作っていると聞きました。内容を確認するので見せなさい。」
「ほーい。」
とレベッカは、文句も言わず紙の束を差し出しました。そして
「畑に行って来まーす。」
と言って出て行きました。
絵本は二冊あるようです。
一冊目の本の題は、『王様の馬』
二冊目の本の題は、『この赤ちゃん、誰の赤ちゃん?』
でした。
本の題名からは、内容の推測はできません。
気になるのは『王様の馬』の方でしょうか?万が一にも王族をディスるような内容だったら、大変です。そちらの方が短い内容でしたし、私はそちらから確認する事にしました。ゾフィーやビルギットにも判断して欲しいので、ゾフィーに声に出して読んでもらいます。
『昔々。もしかしたら未来。とある街に、ミャーちゃんとニャオ君とミィちゃんという姉弟が住んでいました。』
ミャーちゃんとニャオ君というのは、レベッカが書いた『三つのお願い』という話を絵本として出版した時に、レベッカちゃんとヨーゼフ君という仔猫のキャラクターを改名してつけた名前です。『三つのお願い』では二匹の姉弟でしたが、一匹増えて三匹姉弟になっているようです。私は、お腹をそっとさすりました。
『ある日の事、三匹の大叔母さんのミケ叔母さんがサービス付き高齢者向け住宅にお引越しをする事になりました。』
ミケ叔母さんというのは、どうやら私の叔母様のカロリーネ叔母様の事のようです。叔母様は体調を悪くしたのを機に、海の近くのサ高に入居しました。したけれど、幼子向けの絵本に『サービス付き高齢者向け住宅』なんて、生々しい単語がいりますか⁉︎
『なので、ミケ叔母さんは飼っていた馬11匹をミャーちゃん達に譲る事にしました。』
猫が馬を飼っているのですか?シュールな世界ですね。勿論、巨大なソーセージが鼻にくっつくほどではないですけれど。
『叔母さんからの手紙にはこう書いてありました。ミャーちゃんには全体の6分の1、ニャオ君には全体の2分の1、ミィちゃんには全体の4分の1譲ります。』
なぜ、3分の1ではないの⁉︎
まあ、11という数字は3では割り切れませんけれど。だったら『誰に◯匹』と書けば良いではありませんか?
『三匹は悩みました。』
私も悩みました。実際のところ、それぞれ何匹もらえるのでしょう?
『えーと、ニャオ君がもらえるのは2分の1だから、5匹と半分。』
半分。って何?
『ミィちゃんがもらえるのは4分の1だから、2匹と4分の3。』
もっとわからない数字になりました。
『えーとミャーちゃんがもらえるのは6分の1だから、えーと、えーと。』
私にももうわかりません。
『「5匹と半分って、何?半分って、どうしたらいいの?」とニャオ君は言いました。』
本当にどうすれば良いのでしょう?この話はどこに向かっているのでしょう?『王様』はいつ出てくるのでしょうか?
『「殺して馬肉って事・・?」とミャーちゃんが言いました。』
いきなりの残酷展開!これって、赤ちゃん向けの絵本なのですよね⁉︎
『「そんなひどい事できないよう。」と言ってミィちゃんが泣き出しました。』
今更ですが、レベッカの中で私のお腹の子は女の子なんですね。
『「困ったね。」「どうしたらいいのだろう?」と仔猫達は困ってしまいました。と、そこへ馬に乗った王様が通りかかりました。
「どうしたんだい。仔猫ちゃん達?どうして泣いているんだい?」』
やっと『王様』が出てきました。ただ『王様』って、たまたま通りかかったりする存在ではないのですけどね。
『「実は・・」と三匹は王様に事情を話しました。「ふむ。」と王様は三匹の話をじっくりと聞いてくれました。そして、王様は言いました。「それは困ったね。よし、それでは私が乗っているこの馬を君達にあげよう。それから、もう一度考えてごらん。」
「えーと。」とニャオ君は言いました。「馬が12匹になったから、2分の1は6匹だ。じゃあ、僕がもらえるのは6匹なんだね。」
「そうだね。」と王様はうなずきました。
「えーと。」とミィちゃんも言いました。「私がもらえるのは4分の1だから、私がもらえるのは3匹だ。」
「うんうん。」と王様はうなずきました。
「私がもらえるのは6分の1だから。」とミャーちゃんが言いました。「私がもらえるのは2匹。」
「そうだね。」
3匹の仔猫達は、それぞれ馬の手綱を取りました。6匹と3匹と2匹。全部で11匹です。あれれ!1匹余っています。
「じゃあ、この余った1匹は私が連れて行こうかな。」と王様は言いました。
「王様。ありがとうございます!」
「王様。助かりました。」
「王様。大好き!」
3匹の仔猫達は王様に言いました。王様はにこにこ笑いながら、馬に乗ってお城に帰って行きました。3匹の仔猫達は、いつまでもいつまでも、王様の後ろ姿に手を振り続けていました。』
「終わりです。」
とゾフィーが言いました。
「えーっ!何、この話、全然意味がわからない!」
「あの、あともう一枚あるはずです。」
側に控えていたユーディットが言いました。
「あ、本当だわ。『自分達だけではどうしても解決できない問題も、誰かに相談すれば、きっと解決するよ。どんどん相談してみよう。』です。」
「ますます、わからない!」
私は頭を抱えました。なぜ1匹余ったの?11匹の2分の1は5・5匹でしょう⁉︎6匹ではないでしょう!おかしいじゃない!
「全然わけがわからない?何なのこの話。あなた達わかった?」
私はゾフィーとビルギットに聞きました。
「いいえ、全くです。」
とゾフィーが言います。
「ようするに、何かの魔法ではないでしょうか?王様の魔法でめでたしめでたしになった、という話なのでは。」
とビルギットが言います。
「そうなのかしら・・?でも、こんな話聞いて子供が喜ぶ?混乱するだけだと思うわ。こんな絵本、ダメでしょう。ダメだわ。考えれば考えるほどわからない。」
「でしたら、後からお嬢様に聞いてみましょう。もう一冊の方お読み致しましょうか?」
「ええ、お願い。」
「かしこまりました。」
ゾフィーは、もう一つの話を読み始めました。
いつも読んでくださって、感謝です。
このお話の元ネタになっているのは『賢者のロバ』という昔話です。遺産を受け継いだ三兄弟の前に現れるのは、ロバに乗った賢者になります。他人が介入しない限り、絶対に解決しない問題もある。という、訓話のようです。たぶん。