ベティーナの思い
その後も、私の好きな『キワモノ』のお触り大会は続いた。
牛乳カン。ハリネズミのぬいぐるみ。羽ペン。殻のついた落花生。そしてエスカルゴ!
触る人は
「やだー、何これ⁉︎気色悪い!」
と大騒ぎしたり、触り過ぎて壊しかけたりする。それが笑いを呼ぶ。
正解率は、ほぼ半分といったところだった。
そうして、二種類のゲームは終了。お楽しみ会は終了した。
ピーナッツバターのサンドイッチや、グレープフルーツ入りのブドウジュースやワインも皆に食べてもらって、おいしいと言ってもらえた。
お楽しみ会は、成功したと言えると思う。
嬉しかったのは、アグネスやリーゼレータのような『仮面舞踏会に行きたかった派』が楽しかった、と言ってくれた事だ。
「次は、私達も『協力側』になりたいです!」
と言ってくれた。次回は、こんなのをやりたい。あんな『ハズレ』を用意したい。と、いろいろアイディアを提案してくれた。
けっこうお金がかかったが、やって良かった。と思った。
「『次回』やるとしたら、新年祭の時でしょうか?」
と、楽しそうにユリアが言った。
「もし、建国祭が無かったら、建国祭の時でもいいんじゃないですか?」
とコルネが言う。
「そうだね。」
と私は言った。建国祭は一ヶ月後。新年祭は約三ヶ月後だ。その頃この国は、そしてこの家はどうなっているだろうと思った。
願わくば、今日と同じように皆が笑顔で過ごしていてくれれば。と思う。
私は楽しそうにおしゃべりをしているヨーゼフ、マリウス、ベティーナの三人を見た。皆、一周目で天然痘を発症して死んだ子達だ。
今度は死なないで欲しい。心からそう思った。
部屋に戻ってお風呂に入り、鏡の前でぼーっとしてたらベティーナが
「髪、梳きますね。」
と櫛を握りしめて言った。
「いや、自分でするよ。ベティーナも今日は疲れたでしょ。」
「疲れてませんし、酔ってもいません。大丈夫です!」
とベティーナが言う。
「お嬢様。私、今日とっても楽しかったんです。」
「そう。良かった。」
「私、今日の事一生忘れません。」
「やめて!その発言はフラグだっ!」
「ふらぐ?何ですか、それ?」
きょとん。とした顔でベティーナが言った。
「・・いや、まあ。」
「私、十二歳の時お父様を亡くしたじゃないですか。」
「うん。」
「病気で、あっという間に死んでしまって。お母様は生活の為に急いで仕事を探しました。家庭教師とか、侍女の仕事を。そういう仕事はだいたい住み込みだから、私とマリウスを伯父さん・・父のお兄さんの家に預ける事にしたんです。伯母様には喜んで預かるから、って言われました。でも、それは親切からではなくて、お母様の稼ぐお金が目的だったんです。実際預かってやるから、お給料全部私達の教育費として送金しろと言われました。伯父夫婦は、自分達より身分の高い人達の派閥に入ってお付き合いしていたので、お金のやりくりが大変だったらしいんです。よくわからないけれど、借金もかなりあったみたいです。」
ベティーナは普段からは考えられないほど、よくしゃべった。たぶん、やっぱり少し酔っているのだろう。
「私、伯父様の家で暮らすの嫌でした。従姉妹たちとは、仲良くなかったし、それにお母様と離れたくなくて。お母様も死んじゃったらどうしよう⁉︎とか、お母様に捨てられたら?とか、そんな事ばかり考えていました。そんな時、お父様が亡くなった事を伝え聞いたエーレンフロイト家から、私達三人一緒にこちらに来ないか?と声がかかったんです。私達三人共嬉しくて、すぐに行く事に決めました。そしたら伯母様がすごく怒って。『引き取ってやる、と言ってやったのに。恩知らずめ!』って。それからこう言われました。『伯爵家とか侯爵家とかの人間は、どうしようもないほど高慢で我儘だ。下級貴族の事なんか、同じ人間とも思っていない。行けば必ず辛い思いをして後悔する』って。それはたぶん、伯母の本音だったんだと思います。某伯爵家の寄子になって苦労していたみたいですから。でも、私伯母とは暮らしたくなかったんです。母と一緒にいる事ができるなら、どんな辛苦も理不尽も、我慢してみせるって思いました。その時は、本当にそう思ったんです。」
「・・・。」
「なのにダメですね、私ったら。仮面舞踏会に行ったらダメと言われたくらいで拗ねるなんて。エーレンフロイト家での生活は夢みたいでした。お嬢様はお母様の事を覚えていてくれて、泣くほど懐かしがってくれて。会った事の無い私の名前まで覚えていてくださって。お嬢様も奥様も旦那様も、使用人の皆様もみんな優しくて、お屋敷は綺麗でセナさんの料理はおいしくて。そんな中でいつの間にか私の方がわがままになっていました。ごめんなさい、お嬢様。ごめんなさい。」
別に怒っていないし、本当にそろそろやめて欲しい!なんか遺言めいている。テレビの連続ドラマでこういう事言い出す人は絶対、翌週に死ぬ。
「いや、謝らなくていいよ。ベティーナ、やっぱ酔ってるでしょ。」
「酔って無いです!仮面舞踏会に行けなくって拗ねてた人達の為にこんな楽しいパーティー開いてくださって本当にありがとうございました。すごく楽しかったです。」
「もっともっと楽しい事はこれからいっぱいあるよ。私達の人生はこれからじゃない。」
「はい。私、エーレンフロイト家に来れて本当に良かったです。」
私の方がありがとうなんだよ。一周目でも、二周目でも。
と私は思った。
そして、私達は必ず生きよう!曽孫や玄孫に「やっとくたばってくれた!」と嬉し泣きされるくらい長生きしよう!
私も涙ぐみそうになった。なんか話を逸らそう。なんかウィットに富んだ話題を・・。と思っていて、やたら廊下がうるさい事に気がついた。
「なんか、廊下の方うるさくない?」
「そうですね。さっきから誰か走ってますね。私、ちょっと見て来ます。」
と言ってベティーナは廊下に出た。そして、30秒くらいして戻って来て言った。
「ラヴェンデルさんが産気づいたそうですよ。」




