王都の攻防戦(23)(フランツ視点)
メグ殿に、我が家の別邸の庭の生態系が破壊するのでは。と言われたが、そうなる前に連絡が来た。
シュテルンベルク家の当主、リヒャルトが王都に戻って来るとの連絡である。
「今、城壁側の待機地区におられます。明日戻って来られます。」
と連絡が来たのは晩餐会の三日後の事だった。
当主が戻って来る以上、騎士団が他人の家の庭で狩りに励んでいる場合ではない。シュテルンベルク騎士団はシュテルンベルク邸の警備に戻る事になった。でも、まあ三日あれば調査はそれなりにできた。
調査の結果、他のクマがいるという痕跡は無かった。そして、シカの数もそれなりに減らせた。
ある時など、シュテルンベルク騎士団が水場の近くで20匹以上のシカに遭遇、パニックになったシカの群れが直線距離で四百メートル離れた場所にいたエーレンフロイト騎士団のいる方向に逃げて来た。図らずも勢子役と待子役になったわけである。
その日は一度にシカが取れ過ぎて、翌日の解体が大変だった。冬なら良いけど夏である。もたもたしていると肉が傷むので、シュテルンベルク家やファールバッハ家の料理人にも解体の手伝いに来てもらった。ちょっとした園遊会並みの人が集まり、王妃派貴族にバレたらいちゃもんをつけられそうなほどの賑やかさだった。
だがそれで、十分シカの数が減らせたし、生き残ったシカ達にも人間に近づいてはいけないと覚え込ます事ができただろう。
これで、ある程度畑を守る事はできたと思う。だが、当分の間レベッカや子供達が畑で作業する間は何人かの騎士をつけようと思っている。
リヒトが明日戻って来るという事は、一週間前の国王陛下とのお茶会の時点で、リヒトは城壁外の待機地区にいたという事だ。
ガルトゥーンダウムの行動がどうであれ、私が13議会の議員になれるよう手を打ってある。と陛下が言っていたのはこういう事かと納得いった。
リヒトが、私の13議会の参加に反対票を出す事はないだろう。そうなると『賛成票』の数は五票になる。ならば、たとえガルトゥーンダウムが『反対票』を出しても賛成と反対の票は五票対五票だ。
この『五票』というのは、重要な数字なのだ。13議会が何かを決定するのにおいて、その全てに三分の二の賛成が必要になる。
つまり反対票が五票あれば、決定事項は決定されないのだ。私は13議会の一員になれない。しかし、王妃派の推す人間も13議会のメンバーにはなれないのだ。
だが、国王陛下の温情を無視してガルトゥーンダウム伯爵が『反対票』を出せば、陛下は見逃してやると言った罪の罰をガルトゥーンダウムに与えるだろう。ガルトゥーンダウムは13議会をクビになる。そうなると、反対票は四票だ。棄権票が一つ増えて三票になり、それが数の多い方に組み込まれて、賛成票が八票になる。結果八票対四票で、私が新メンバーに選ばれるのだ。
どうせ確実に13議会の新メンバーになるのなら、ガルトゥーンダウムにクビになって欲しいなあ。と正直思う。
あいつとは絶対、上手くやってはいけないし、協力して国民と王室に尽くすとかあり得ない。奴がクビになれば、また新たに新メンバーが選ばれる事になるし、自分一人が新メンバーになるより、もう一人新人がいてくれる方がありがたい。
「コンラートとジークレヒトも戻って来るのか?」
「いいえ。」
と使者役の医療省員は言った。
「ブルーダーシュタットでは、次から次へと発症者が現れて、伝染病を抑え込めない状況です。エーレンフロイト領と違って、貴族や医療省の権威を軽んじる者が多いので、発症者も濃厚接触者も言う事を聞きません。大臣も、コンラート様もヒルデブラント様も大変な苦労をしておいでです。それなのに、そんな中で、一度報告に戻るようにと王家から連絡があり、大臣も我ら省員も怒・・いえ、動揺致しました。」
心の中で「うわー!」と思う。リヒトが呼び戻されたのは13議会の投票の為だ。彼の機嫌の悪さを想像して「今は会いたくない」と思った。
「ブルーダーシュタットは、もはや医療崩壊寸前です。侯爵閣下が絶対権力を持つエーレンフロイト領と違って『誰も逆らえない最高責任者』という存在がいません。執政官と商業組合の組合長が何をするにも張り合って権利を主張致しますし、ディッセンドルフ系の銀行の頭取がすぐに口を挟んで来て自分達の利を確保しようとしますし、商人は『命よりもお金が大事』という考え方ですし、最初に発生した場所が花街だったせいで、情報がなかなか手に入れられませんし、新聞社や陰謀論者やエセ人権家がやかましいし、その中でコンラート様とヒルデブラント様まで街を離れる事はできませんでした。」
想像するだけでカオスな状況だ。別にエーレンフロイト領だって、それほど順調だったわけではなく、いろんな問題が起きたのだ。だが、ブルーダーシュタットでの混乱は、それをはるかに超えているようだ。
「ローテンベルガー領やオーベルシュタット領にも発症者は出ているんだよな。」
「既に隣国、アズールブラウラントにも出ております。」
私はこめかみを抑えた。伝染病は恐るべき勢いで広がっている。そんな中、王都ではくだらない権力争いに権力者が興じているのだ。愚かとしか言いようがなかった。
せめて疲れ果てて戻って来るだろう友人に、たくさんのシカ肉を贈ろう。それと共に、心が励まされるような感謝の言葉を贈ろう。
それくらいしか、してあげられる事がなかった。
13議会の投票会議が行われる前日、リヒトはシュテルンベルク邸に戻って来た。その日の夜、面会を求める連絡が来た。手紙を大量に預かっているという。
一ヶ月ぶりくらいに会う友人は、一ヶ月前より明らかに痩せてやつれていた。たとえ種痘を受けていても、これでは違う病気になるのでは?と不安になる。
手紙はコンラートとジークレヒトが友人達に宛てたものと、ユリアの家族からのものだった。デイム・クリューガーやカーテローゼ嬢からレベッカに宛てた手紙もあった。
まずは、クマを駆除してもらった事を、心を込めて御礼を言った。
「クマ狩りかあ。いいなあ。」
と、遠い目をしてリヒトは言った。
「戦いの結果が一目でわかるものな。病原菌との戦いは、目に見えないから。砂漠に水を撒いているような気持ちになるよ。」
「まあ、エーレンフロイト領とは人口が違うからな。王都の貴族達からの嫌がらせとかブルーダーシュタットでもあったりするのか?」
「王都の貴族達から、というか。銀行がな。金を持っている人間が発言力の強い街だから。それで結局は、皺寄せは弱い立場の人間に行くんだ。正直疲れたよ。」
「・・・。」
「帰還命令が出て今は良かった、と思っている。今の状態では、ブルーダーシュタットから伝染病を撲滅する事ができない。回復する以上の人数の新たな発症者が毎日出て来る。発症者は行動範囲についても濃厚接触者についても本当の事を言わない。濃厚接触者は、金とコネを盾に指示に従わない。回復した人は後遺症に苦しんでいる。そんな人達への差別や偏見もひどい。あの街には王都からの、もっと強い指示体系が必要なんだ。具体的には、もっと強権を発動させられる人間が必要だ。陛下に進言したところで叶うかどうかはわからないが。」
医療大臣より権力を持っている人間といえば、宰相と王族だけだ。しかし、王族が伝染病発生地域に行くだろうか?
だが放置しておけば、医療崩壊を起こし、国民の七人に一人が死んだという百五十年前の悲劇を繰り返す事になるだろう。
「シカ肉ありがとう。医療省の省員達も大喜びしていたよ。何せ、城壁外の退避場所でもブルーダーシュタットでもろくな物を食べられなかったからな。」
「喜んでもらえたなら良かった。まあ、君のところの騎士団員が狩ったシカだから、礼を言われるのもおかしな話なんだが。ブルーダーシュタットでも食料は不足しているのか?」
「あるとこにはあるんだけどな。金持ちが買い占めして、値上がりさせているんだ。ただ、食料事情が悪かったのはボランティアに来てくれた人の料理の腕の問題もあるというか・・。魚が生焼けだったり、炊いた米が半分炭だったり。エーレンフロイト領は、隔離施設がホテルだったからプロの料理人がいただろう。あとな。ミッフィー君が、ものすごく料理上手だったんだ。」
医療ボランティアには料理上手な人も求められているらしい。まあ、食べ物がおいしいか否かで、モチベーションが変わる事は、クマ狩りの時に経験済みだ。
「シカを仕留められたら、また持って行くよ。」
と私は約束をした。




