聖女エリカ(2)
エリカは、最前線の野戦病院へ送られた。
そこでエリカの最大の敵になったのは、民族独立軍でも、大量にわいていたネズミや頭文字がGの虫でもなく、無能で意地の悪い上官達だった。
役に立たない責任者共のせいで、野戦病院は悲惨の極みだった。
劣悪な衛生環境の中、軽傷者と重傷者と腐乱死体が並んで横になっており、その隙間を走り回っているネズミ達が生者も死者も関係なくかじって回っている。
兵士達の、血と涙と汚物で、湿度及び不快指数が爆上がりしている中、エリカがまずしなければならなかったのは掃除であり、その中での最優先事項は死体の運び出しだった。
せっせと働くエリカの邪魔をする時だけ、怠惰な上官共は勤勉だった。
医療物資を横領する者、勤務実態を水増しする者、捕虜を虐待する者、看護婦にセクハラを働く者。そんなクズな上官共と、時に怒鳴り合いをし、ある者は排斥し、ある者は懐柔し、ある者は脅迫して、なんとか地獄のような野戦病院をまともな野戦病院へと少しずつ変化させていった。
エリカは、身分や階級で患者を差別しなかった。敵に対してでさえ寛容だった。
民族独立軍を支援していた村で伝染病が流行った時に、薬を持って駆けつけたりもした。
捕虜となった女性騎士に、性的暴行を働こうとした将官に回し蹴りをくらわせて、騎士を守ったというエピソードまであるらしい。
エリカは数多くの傷病者を救う事に成功したが、帝国軍は日毎に力を失っていった。
そしてついに、帝国軍は帝都の中に追いつめられた。それはすなわち、他の地方都市が全て独立軍の手に落ちたという事だ。
エリカがいた城砦都市でも『上の人』は皆、我先にと逃げ出してしまい、民間人と身動きできない傷病者が残されてしまった。
独立軍との、街の引き渡し交渉はエリカがした。身動きできる人間の中で、エリカが最も身分が高かったからだ。降伏した人間達の命の保障を条件に、街の中に残されていた食糧を引き渡した。
エリカ自身は捕虜の身となり、鎖に繋がれて、独立軍が本拠地とする街に連れて行かれた。
エリカは勝利を祝う凱旋行列の見世物にされた。
勝利を喜ぶ市民がつめかけた大通りを、黄金の鎖に繋がれて引きまわされたという。
そんなエリカに、子供達は歓声をあげ、女達は花びらを撒いた。
国民を虐げた、貴族階級の捕虜だというのに、まるで英雄の帰還を称えるが如くの熱狂だったと伝えられている。
その後エリカは、他の捕虜と一緒に捕虜収容所に収容された。
収容所の入り口は、エリカの神がかった医術を体験したいという病人で、連日長蛇の列ができたという。
三ヶ月後。エリカは結婚を条件に収容所を出る事を許された。
エリカの夫として選ばれたのは、平民出身ながら、智勇兼備の将軍として独立軍の中で名を馳せていた、ヴォルフレート、シュテルンベルクだった。後の、初代シュテルンベルク伯爵である。
そう。
つまり!
お母様と私の、遠い遠いご先祖様って事だ!!
ちなみにこの初代伯爵は、エリカが将官を蹴り倒して救出した女性騎士の兄でもあったらしい。
夫婦仲は良かったらしく、エリカは夫との間に一男三女をもうけている。
男の子の名がラインハルト、長女がエマ、次女がリナ、三女がミアという名前だったそうだ。
エリカが結婚をした三年後、民族独立戦争は終結した。