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王都の攻防戦(12)(フランツ視点)

その悲鳴が聞こえ終わる前に、アーベラが矢のように階段に向けて走り出した。


私も一瞬、茫然としてしまったが、急いでアーベラの後を追った。

悲鳴がアルベル達にも聞こえていたらしく、アルベルやメグ殿も居間から出ようとしていたが

「安全が確認できるまで、お出にならないでください!」

とシュテルンベルク家の騎士に止められていた。


「レベッカどうした⁉︎」

階段の途中で私は叫んだ。それに対して

「来ちゃダメー!」

という大声が聞こえて来た。


アーベラが

「失礼します!」

と言って、ノックもせずにドアを開けて中に入った。再び閉まったドアの前で私は悩んだ。女の子達は着替えをしているんだよな?入っても大丈夫か?


「あっち言ってー!こらーっ!」

アーベラが言われているのだろうか?

悩んでいるうちにヨーゼフや他の騎士達も駆けつけて来た。ティアナやイェルク、ヨアヒムらレベッカと親しくしている者達も駆けつけて来た。


「ティアナ、中の様子を見てくれ。」

私は女性騎士のティアナに頼んだ。しかし、ティアナが開けるよりも前に中からドアが開きユーディットが顔を出した。

「旦那様、どうぞ。お騒がせして申し訳ありません。」

「何があったんだ?」

と言いつつ、部屋の中に入ると子供達は全員バルコニーに出ていた。着替えは終了していたらしくカレナやドロテーアが、脱いだ服をハンガーにかけている途中だった。

レベッカはバルコニーから身を乗り出し、畑に向かって叫んでいた。


「ダメだってばー。こらーっ!」


私もバルコニーに出た。そして

「えええっ!」

と思わず声が出た。なんと。畑の側にシカの群れがいた。


その数、十匹以上!


何匹かは既に、畑の中に入り込み、僅かに残った新芽をむしゃむしゃと食べている。


「うわーん。あっち行ってってばー!」

レベッカが半泣きになって叫んだ。


と、次の瞬間。アーベラとヨアヒムがバルコニーから、飛び降りた。


「えー!」

「キャーッ!」

と女の子達が叫んだ。しかし、アーベラとヨアヒムは見事に地面に着地した。


着地と同時に、弓を構えアーベラは矢を放った。矢は畑の中にいた牝鹿の首にヒットした。他のシカがビクッと反応し一斉に走り出す。ヨアヒムも矢を放ったが、その矢は外れてしまった。


イェルクやティアナらも次々と飛び降りる。飛び降りたのは、だいたい三十歳以下の騎士達だ。年長者はさすがに怯んでいる。

私はレベッカとヨーゼフの肩を右手と左手で押さえた。


「おまえ達は飛び降りたらいかんぞ!」

何せ一階にはダンスホールがある屋敷だ。二階のバルコニーは、まあまあな高さなのである。そして、このバルコニーの下は土ではなく石畳だ。


逃げるシカ達にアーベラが二射目を放った。矢は再びシカの首筋に刺さった。他の騎士達も矢を次々と放つ。しかし、逃げるシカの速さは半端ない。イェルクだけがかろうじて足にヒットさせた。


シカ達は完全に森の中に逃げて行った。それを見てレベッカは私の手を振り払い、部屋の中に入った。それから廊下に飛び出し十秒後には真下の石畳の上に立っていた。


「イェルク!苦しませないよう、早くとどめ刺しをして。」

「はい!」

と答えてイェルクは剣を抜いた。

レベッカ自身は畑に入り、倒れたシカの両脚を掴み

「んがーっ!」

と言いつつ、畑から出そうとしていた。


「お嬢様!何をしていらっしゃるんですか⁉︎」

と騎士達が叫ぶ。


「この子、残りわずかなスプラウトを下敷きにしている。早くどけないと!」


「無理です、お嬢様!何十キロもあるんですよ。」

「水浴びをほとんどしないシカは、ダニまみれです。お嬢様が触ってはいけません!」

「我々がやりますから!」

と騎士達は叫んだ。


何せ、いいところの三分の二以上をアーベラに持って行かれたのである。せめて、大きなシカを軽々と持って可愛い女の子達の前で良い所を見せたいのだろう。


私も部屋を出て外へ向かった。女の子達も着いて来る。一階に降りると、何があったのかとアルベルに詰め寄られたが説明はヨーゼフに任せて外に出た。外に出ると、レベッカはもう一匹のシカの死体の側にいた。レベッカの声が聞こえた。


「仔鹿だ。」


その言葉を聞いた瞬間、アーベラも他の騎士達も気まずそうな顔をした。


私はその時、唐突に十年くらい前のある光景を思い出した。

領地での出来事だ。


今のヨーゼフくらいの年齢のアーベラが、手に弓矢と死んだウサギを持って歩いていた。

すると道の前方から子供の集団がやって来た。正確にいうと一人の女の子と複数の男の子だ。その子達はアーベラと同じくらいの年齢で、皆親が商人だったり職人だったりする子だ。子供達の中心にいた女の子は、街の雑貨屋の娘でアーベラより遥かに容姿が良く、アーベラの着ている服の十倍くらいの値段がしていそうな服を着ていた。男の子達は皆、その女の子をちやほやしていた。


「こんにちは、アーベラ。」

と少女は微笑みを浮かべてアーベラに挨拶した後、悲鳴をあげた。

「何持ってるの⁉︎」

「ウサギだけど。」

「まさか、あなたが殺したの⁉︎」

「そうよ。」

「ひどい!そんな可愛いウサギを殺すだなんて。」


別にアーベラは動物虐待をしているわけじゃない。あのウサギは、孤児院の夕食にと捕まえたものなのだろう。君だって、食事で肉を食べるのではないのか?その肉だって誰かが捕まえて殺しているから食べられるのだ。アーベラには親がいないから、それを自分でやらないといけないのだ。と私は思った。


しかし

「残酷だわ。ウサギが可哀想。」

と言って少女は泣き出した。

すると周囲の少年達は

「本当だよ、最低だな。おまえ。」

「そうだ、そうだ、ひどいよ。」

「それに比べて◯◯ちゃんは優しいね。」

(その子の名前は忘れた。)


と言い出した。


その時のアーベラの、怒っているような悲しんでいるような表情が忘れられなかった。

そして今。アーベラはあの日と同じ表情をしていた。


あの時、私は見ていただけで何もしなかった。

領地における領主の権力は絶大だ。

領主であり大貴族である自分が首を突っ込んで、子供達を叱ったら大変な事になるからだ。


でも、今は違う。

アーベラは『レベッカの畑』を守るために殺生をしたのだ。そして、そういう事が行われるとレベッカはわかっていたはずだ。

なのに、『そういう事』を可哀想と言うのは、非常識な発言だ。もしもそんな事を言うようなら、私はレベッカを叱らなければならない。


レベッカの後ろでリーシアが仔鹿を覗き込み

「そうですね。」

と言った。そして続けた。

「柔らかくておいしそう。」

「私もそう思った。ヘルダーリン孤児院の子供達にあげたら良さそう。ヘルダーリン孤児院は、幼い子供や歯が生え変わっている途中の子が多いから、ジビエ肉は固くて食べにくいかと思ったけれど、これならば。うん。アーベラ。ありがとう。すごいよ。」


そのレベッカの発言を聞いてリーシアは真っ赤になり、わたわたと慌てだした。

「そそそ、そうですね。子供達が優先ですものね。勿論です。はい。」


さっきと違う意味で空気がおかしくなった。

リーシアがいたたまれない、という表情で俯いている。

それを見てレベッカもわたわたし始めた。

「あ、いや、その・・。」


硬直していたアーベラが、わずかに微笑みリーシアを擁護した。


「仔鹿と言っても二十キロくらいはありそうですよ。シカの肉の量は体重の三分の一くらいなので、七キロくらいは肉がとれます。孤児院に持って行っても十分リーシア様が食べる分くらい残りますよ。」


するとレベッカが、「えー!」と叫んだ。


「シカの歩留まりって、たった三分の一なの⁉︎そんなに少ないの!」

「お嬢様。野生動物は家畜とは違うのですから。」

アーベラが呆れ声で言った。


「シカの場合、肉が三分の一、内臓が三分の一、骨や筋や皮が三分の一と言われています。ただ、内臓もきちんと処理すれば食べられますので、歩留まりはもうちょっとありますよ。」

「そっか、内臓も食べられるんだった。そうだよね!ちなみに、どういうトコが食べられるの?」

「おいしいのはハツとレバーとコブクロです。きちんと処理すれば胃や腸も食べられます。腸は繊細なので処理がめんどくさくてめったに食べませんけど。」

「私、やります!腸の洗浄でもレバーの血抜きでも。」

とリーシアが、顔を輝かせて手をあげた。

「せっかくの命を頂くのですもの。無駄になんかしたくありません。私やります!」

アーベラの発言に元気を取り戻したようだ。そしてアーベラ自身も。


「よっしゃー。じゃ、解体しますか!」

と、レベッカはやる気満々といった様子で言った。


いや、おまえ、解体した事ないだろう。

と私は心の中で突っ込んだ。


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