王都の攻防戦(11)(フランツ視点)
その後、門番や屋敷の警備を騎士団の新人に任せ、他のメンバーを執務室に集めた。その人数は24人だ。
国王陛下のお膝元である王都に、私兵である騎士団を大量に引き入れる事はできない。その人数は30人までと定められている。急に早馬を飛ばして、伝令を届けに来たとか、王都に住む親戚が危篤になったので駆けつけたとかで、人数が31人以上にうっかりなってしまったらごめんでは済まないので、普段王都に常駐させている騎士の数は20人にしている。
しかし、今回王都に戻って来るのにたくさんの税作物と援助物資を持って来た。その警護をさせる為たくさん騎士を連れて来たのだ。
現在王都内には29人の騎士がいる。
そのうち二人に門番をさせ、一人に屋敷内を警らさせている。そして残りの二人にはリット君とヘス嬢の家族の様子を確認しに行ってもらっている。残りは24人だ。
「レベッカが大切に育てている、第二地区の畑の側に牡鹿が出たらしい。出たばかりのカブの新芽が食べられたそうだ。レベッカがとても怯えているのでシカ狩りをする事にした。」
と言うと
「わあ!」
と歓声が上がった。屋敷内の警らの仕事をする以外の時間は、ひたすら訓練、訓練、また訓練。の毎日である。どこかに遊びに行く事もできない引きこもり生活で、ストレスがじんわりと溜まって来ているところに、急に生活に変化が現れ外出もできる。皆、大喜びだ。
「お父様ー!」
駆け足で、ヨーゼフが部屋に飛び込んで来た。
「狩りに行くって本当?」
「ああ、そうだよ。おまえ、一応ノックくらいしなさいね。」
「僕も行くー。僕も連れてって!」
そう言って、ヨーゼフが腕にすがりついた。
「前に領地に戻った時に、もう少し大きくなったら連れて行ってくれるって言ったじゃない。僕、あの頃より大きくなったよ!ねえ、お願い。連れて行って。」
まだ、大きくはない。と思う。だが、ヨーゼフは将来エーレンフロイト領の領主になる子だ。領主になれば、必ず騎士団と共に狩りをしなくてはならない。ならば、いつか必ず狩リをする訓練を始める必要がある。最初の訓練が小さな森で、20人以上の騎士と一緒のシカ狩りというのは良いかもしれない。
ただ、ピクニックにでも行くかのような浮かれ具合が気にかかった。
命と命をやりとりする場なのだ。レベッカの半分でいいから、慎重に振る待って欲しい。と思う。
ノックの音がして、アルベルとリエ殿とメグ殿が入って来た。
ヨーゼフのシカ狩りの参加に文句を言いに来たのかと思ったが違った。
「私達もご一緒して良いですか?」
と言ったのだ。
「レベッカの畑をまた見に行きたいなって思っていたんです。でも、子供達が楽しんでいる場に親が首を突っ込むのは野暮だし、私が行くと孤児院の子供達が緊張するかな、と思って遠慮していたのです。でも今日は孤児院の子供達はいないのでしょう?狩りの邪魔は致しませんから。」
ガルトゥーンダウムとの件があるので、警備が手薄になるこの邸にいるより、私と一緒に別邸にいる方が安全かもしれない。
「ああ、一緒に行こう。」
と私は言った。
「お母様。お父様が僕も一緒に狩りに行っても良いって言ってくれたよ。」
「そう。良かったわね。気をつけてね。」
とアルベルは微笑んで言った。
アルベルは前はヨーゼフにべったりだったが最近そうでもなくなってきた。ヨーゼフが大きくなったからか、それとも妊娠したからなのだろうか?
考えていると、ガンガンッ!とノックの音がして、レベッカが現れた。
「お父様、別邸に行くの?シカを狩りに行くって聞いたけど。」
「ああ。期待して待っていてくれ。」
「お父様や騎士の皆に言うのは、失礼になるかもしれないけど、気をつけてね。ものすごく大きなシカだったんだよ。私より体重、重そうだった。」
アーベラは、シカの体重は60キロから70キロくらいと言った。ヒンガリーラントでは平均的な大きさだ。もっと大きなシカだっている。
そして一般的に、動物は北へ行くほど大型化すると言われている。ヒンガリーラントは大陸の北西部にあるから、多分大陸の南側にいるシカは、ヒンガリーラントにいるシカより小さいのだ。大陸の南の方で出版された図鑑とかで、シカの存在を知ったのなら、『ものすごく大きなシカ』と言う事になるだろう。
「大丈夫だ。安心してくれ。レベッカも畑は来るかい?アルベル達も久しぶりに畑に行ってみたいそうだ。勿論怖いと言うなら強制はしないけど。」
レベッカが来ないなら、留守番になってしまう。とレベッカの護衛騎士のアーベラは思ったらしい。アーベラは目をぱちぱちさせながら、何か目でサインを送っている。
「・・じゃあ、行ってみようかな。そろそろ、収穫できそうな野菜もあったし。みんながいてくれるなら安心だし。」
孤児院育ちで、エーレンフロイト領の『伝説の猟師』に狩りを教えてもらったアーベラは、騎士団でもトップクラスに狩りが上手い。
力のある者、矢が得意な者が『狩りが上手な者』ではないのだ。
肉が臭くならないようにする為には傷をたくさんつけてはならない。一撃で失神させねばならないのである。そして失神させるのであって殺してはならない。心臓が止まると血抜きが難しくなり、雑菌まみれの臭い肉になるからだ。
アーベラは急所を一撃で射抜くのが上手な娘だ。それに、レベッカと力を合わせて畑を作って来た功労者である。だから、もしレベッカが屋敷に残ると言ったら、他の女性騎士を護衛に残し、アーベラは連れて行くつもりだった。
というのに、コイツは無理矢理レベッカに「行く」と言わせおって!
一瞬、置いて行ってやろうかと思ったが、アーベラは貴重な戦力だ。それに、もしガルトゥーンダウムに命令された暗殺者が忍び込んで来たら!と思うと、レベッカを屋敷に置いて行きたくはなかった。だからまあ今回は見逃してやろう。
「友達は『行く』という子だけを連れて行きなさい。狩りは残酷だと、嫌いな人も多いから。」
と言ったのだが、全員「行く」と言ったらしい。それだけでなく家庭教師のモニカ夫人とアルテミーネ嬢も行くと言い出した。
「シカのスケッチがしたいんです。」
とアルテミーネ嬢は言った。行かない。と言ったのは、エリアスだけだった。
「僕、血を見るの無理だから。」
と彼は言った。男兄弟のいない彼は、将来領主になる立場なのだが、それで良いのだろうか?
そして私達は、第二地区の別邸へ向かった。
そして、別邸の畑。
一目見るなり
「ああああぁ。」
と言って、レベッカは頭を抱えた。カブとニンジンの新芽は八割食べられていた。他にも大きく実っていたキュウリや青々としげる芋づるが食い散らかされている。被害の数からして犯人は一匹ではない。その証拠に畑の中には大量の足跡が残っている
「これはひどいな。」
とウルリヒが呟いた。
私達はとりあえず、屋敷の中に入った。入ってすぐの場所が、ダンスパーティーが開けそうなほど広いホールになっている。大人の女性達はその隣にある居間でソファーに腰掛けた。レベッカ達子供は、農作業着に着替える為、二階に上って行った。私と騎士達は打ち合わせを始めた。
騎士達の数は24人だ。私とヨーゼフを足すと26人になる。なので、13人ずつ二つのグループに分かれた。ヨーゼフは当然私と同じグループだ。
一方のグループは、畑の周囲でシカを待ち伏せし、もう一方のグループが足跡を追う。シカと遭遇する可能性が高いのは、足跡を追うグループだ。だから、そちらを私のグループにした。
私達のグループは、シカの足跡や『落とし物』の数からどれくらいのシカが周囲に生息しているかを調査したり、箱罠を仕掛けるのに良い場所を探したりもしないとならない。更に打ち合わせを続けていた時だった。
「うっぎゃああぁーっ!」
と、レベッカの悲鳴が聞こえて来た。




