王都の攻防戦(7)(フランツ視点)
陛下が情報機関の者から聞いたという話は、私の記憶とも全く同じだった。なかなか、優秀な者が調べて回っているらしい。
私はその『情報機関の者』は信頼出来ると思った。
本当の事を言われてハインリヒは、動揺するのでは。と思ったが、ハインリヒは落ち着いていた。
否。
むしろ興奮しているようだ。鼻の穴が膨らみ口の端がピクピクと嬉しそうに動いている。
「トゥアキスラント人の医学生が来る前に、侯爵の使者という者が来て伝言を伝えたのです。あの、トロい女には随分長い間待たされましたから。」
あの、聖女のように高潔だったミッフィー君を『トロい女』呼ばわりされて私はカチーン!ときた。
「その伝言については証人もいます。一緒に閉じ込められた私の従僕に、あとボランティアの医学生が二人。ヒルデブラントは・・あ、いえヒルデブラント卿はドアの前にたくさんの物を置いてふさいでいきましたからね。それをどけろと、使者は医学生に命令したのです。その、医学生二人が脅迫の言葉を聞いています。」
自信満々に胸を張ってハインリヒは言った。自信満々過ぎて怪しかった。
「その医学生のボランティアというのは、ラルス・リットとアロイジア・ヘスか?」
と、陛下は質問した。ハインリヒが「え?」という顔をして明らかに動揺した。
「・・そうです・が。」
「情報機関の者が、この二人から相談をされたそうだ。まあ、実のところはボランティアみんなが相談されたそうだけどな。『ガルトゥーンダウム家にお金を渡されて、エーレンフロイト侯爵様を陥れる偽証をしろと頼まれた。言う事を聞かなければ家族に危害を加えるとも言われたんだ。どうしよう。』皆で夕食を食べていた時そう聞かされたらしい。」
ハインリヒの顔が真っ赤になった。
「う・・うう、嘘です!よくもそんな貴族を陥れる嘘を!平民の分際で!」
「嘘なのか?」
「嘘に決まっています。許せない!貴族を侮辱するなど、そいつらも、家族も捕まえて厳しい取り調べを・・。」
「ああ、大丈夫だ。司法省は何もしなくていい。既にその二人は海軍の保護下・・いや監視下にある。海軍が責任持って調べるそうだ。」
ブルーダーシュタットという街の中にあって、共に治安維持を担当する司法省と海軍は毒蛇とマングースのように仲が悪い。司法省のエリートを訴えた者は、海軍内ではヒーローだろう。
「陛下!海軍は信用なりません。奴らは、司法省の者達のように役人登用試験に受かった優秀な者ではなく、平民の次男や三男ばかりで、頭の中に塩でも詰まっているのではないかと思うほど野蛮な者ばかりです!そんな者共の調べた事など、不純物だらけの塩のように役に立ちません!立つわけがありません!」
伯爵が唾を飛ばして叫んだ。
こういう事を言うから、海軍に嫌われるのである。
というか、今私も、脳内が怒りで沸騰している。
学生に偽証をさせてまで、我が家を陥れようとしたことも許せないし、エーレンフロイト領の為に身を削って医療活動をしてくれた善良な学生を脅迫した事も許せない。
リット君とヘス嬢の家族は王都にいるので、私自身がその家族に手紙を届けた。
二人の家族は、貧しそうな家族だった。だから、二人が偽りの証人として選ばれてしまったのだろう。
だが、二人の家族は貧しくとも優しくて思いやりがあって誠実な家族達だった。
リット君の祖父母は、貧しい人達を無償で治療してあげる物腰の柔らかい温和な医者だった。ヘス嬢には、まだ幼い弟妹がたくさんいた。
あの人達を害すると脅したのか⁉︎仮にも司法省の人間が!
「嘘に決まっている。と言ってもなあ。貧乏学生のはずの彼らが現実に大金を持っていたんだ。誰かが彼らに金を渡したのは確かだ。」
と陛下が言う。
「きっと盗んだのでしょう。貧乏な平民ならやりそうな事です!」
ハインリヒが吐き捨てるように言う。
陛下がその発言を否定する事なく、うなずいてみせる。
「まあ、その可能性もあるな。ただ学生達が持っていたのは実際には『金』ではない。アルト同盟が発行している『琥珀貨』だった。
(※作者注・『琥珀貨』が何かについては『エーレンフロイト家の使者・1』をご覧ください。)
そして、琥珀貨は偽造を防止する為、数字と文字を組み合わせた物を全ての硬貨に刻印しているという。だから、その『琥珀貨』がどの両替商が扱った物かは調べればすぐにわかる。そして、誰の手元にあるはずの物か、盗まれた物かどうかもすぐにわかる。」
陛下の発言に伯爵とハインリヒの顔が、はたで見ていて面白くなるほど蒼ざめていった。
金貨や宝石より足がつかないと思って琥珀貨を買収の為に使い、逆に墓穴を掘ったらしい。
「しかし調査をして事実を明るみにしたところで何になるだろう。誰がどのような企みを働かせたのか詳らかにするよりも、全てを水に流して平穏と安寧のうちに過ごす方がはるかに良いではないか?ガルトゥーンダウム伯爵。もう一度言う。エーレンフロイト侯爵とヒルデブラント小伯爵への訴えを取り下げろ。全てを水に流して手を取り合うのだ。」
「し・・しかし、陛下。」
「それが出来ぬと言うなら裁判になる。そして貴族が裁かれる以上、最終的に決定を下すのはこの私だ。そして、判決は今言った証拠から判断する。はっきり言う。エーレンフロイト侯爵が有罪になる事は絶対に無い。むしろ侯爵を陥れようとした罪で、其方達が逆に裁かれる事になる。伯爵。私は其方をまだ失いたくはない。其方達一族は国の為に必要な存在だ。だから訴えを取り下げろ。それを言う為に今日、この非公式の場を設けた。」
陰謀を暴かれたショックからか、国の為に必要な存在だと言われた事に感動しているからかは知らないが、ガルトゥーンダウム伯爵の手はブルブルと震えていた。
そして
「わかりました。」
と絞り出すような声で言った。
「わかってくれて良かった。エーレンフロイト侯爵と手を取り合い、お互い恨みを一旦忘れるように。」
忘れられるかーっ!
と思った。言いたい事は山脈一つ分ある。
しかし、まだ私のターンではない。陛下はまだ私に発言を許していない。
だったらまだ、口を開くべきではない。
これで話が終わるはずがなかった。今までの話は、ガルトゥーンダウムにとってのみ都合の良い話だった。もし話の内容がそれだけであったら、私をこの場に呼ぶはずがない。ガルトゥーンダウムだけを呼んで話せば良い内容なのだ。
私までこの場に呼ばれているのには必ず理由があるはずだ。
「父上。」
と、ドスのきいた声でルーイ王子が父親に呼びかけた。
「おお、そうだった。伯爵。レベッカ姫に対する訴えも取り下げるように。池の水とかザリガニだとか、そんな雑事に煩わされたくないのだ。私も忙しいのでな。」
「・・承知致しました。」
とガルトゥーンダウムは言った。
「というわけだ。侯爵。其方も今回の事は水に流して忘れてくれ。そして、伯爵と手を取り合って欲しい。と言っても、其方としては誇りを傷つけられて、その補償を求めたいという気持ちもあるだろう。ゆえに、ガルトゥーンダウム伯爵。今から十日後に13議会の会議を開く。その会議で辞任したアーベルマイヤー伯爵の後任を決定する。私は、エーレンフロイト侯爵を推薦するつもりでいるので、伯爵、其方は賛成票を投じるように。」