新しい家族達(21)(アルベルティーナ視点)
食事の後は、教わる授業の現在の実力を先生方に見て頂きます。
それが終わると、レベッカは今日もまた畑に出かけて行きました。私は先生方から子供達についての報告を受けました。
私はまず、昼食のマナーの悪さを先生方に謝りました。
「いえ、こちらこそ娘が不躾な態度をとりまして、お詫びの申しようもありません。」
と言ってモニカ夫人が頭を下げられました。
「鳥肉のローストは食べにくい料理ですもの。むしろ、一生懸命食べようとしていた姿が微笑ましかったですわ。」
エルヴァイラ夫人が優しく微笑まれます。
「でも、仲の悪い貴族家や国との会食だと、わざと食べにくい食材を出して来る事は実際にありますから。スマートに対処出来るようになられる必要はあるかと思います。」
モニカ夫人が、真剣な顔でそう言われました。
それから、他の実技について感想を頂きました。結果は散々だったようです。当然です。私が見て欲しいと言った実技は全て、レベッカが苦手なものや嫌いなものですから。
見て頂いたのは、ピアノ、刺繍、絵画、茶道、そしてダンスです。
「レベッカお嬢様が奥様になられた時、客をもてなす為に必ずしも自らピアノを弾いたりお茶を淹れたりする必要はありません。得意な侍女に任せてしまえばよろしいのです。誰かに刺繍をした物をプレゼントするにしても、刺繍の得意な侍女に九割刺繍させて、少し自分でも針を入れた物を贈れば十分です。ただ、ダンスだけは、ご自分でどうにかできませんと・・。」
とエルヴァイラ夫人が頬に手を当て、困ったように首を傾げられました。
「ステップは完璧なんですけれど。あのダンスは、どう表現すれば良いのか・・・。」
アルテ令嬢も首を傾げられます。
気持ちはわかります!
私もあの子のダンスは、どう指導したら良いのかさっぱりわからないのです。
あの子にステップの練習をさせている時、いつも同じセリフしか言えません。
「優雅に!」
しか言いようがないのです。
ステップは完璧です。長い手足の動きは大きく見栄えがあります。しかし、その動きがブンッ!ブンッ!シュパッ!といちいち暴力的なのです。
「もっと優雅に、手足を動かしなさい!」
そう言うと、レベッカは動きをゆっくりにします。しかしその動きはマリオネットのようにカクカクしていて、まるでコメディアンの大道芸のようです。
「体幹が強すぎるのでしょうか?」
とアルテ令嬢が言われます。
「もしかしてお嬢様は、剣舞を嗜んでおられたのですか?」
とモニカ夫人に聞かれました。
「いいえ!武器を持たすなんてそんな恐ろしい事。」
「そうですよね。怪我をされたら大変ですもの。」
違います。怪我をさ『せ』たら大変だからですよ!剣を持った貴族の男性をイーゼルで叩きのめした前科がある娘です。あの時持っていたのが剣だったら、どういう事になっていたか。
「まあ、でもダンスは相手との相性も重要ですから。お相手のリードが良ければ。」
とエルヴァイラ夫人が言われました。だから悩んでいるんですよ!
レベッカは、ルートヴィッヒ殿下の婚約者なのです。当然、ファーストダンスの相手は殿下になります。
あの勢いでステップを踏んで、殿下の足を踏んで折りでもしたら!考え過ぎなどではありません。レベッカは海賊の首領の足を踏んで、甲骨にヒビを入れた前科があるのです。
「他の子達の様子はどうでしたか?」
と私は話題を変えました。
「ユリアーナ嬢は完璧ですわ。全てにおいて問題ありません。今すぐ、王宮に出仕できるレベルです。」
とエルヴァイラ夫人が言われました。
「必要なのは『結婚』だけね。」
とアルテ令嬢が言われます。ユリアーナは、平民です。そして、王宮に出仕できるのは貴族だけです。
だから、もしユリアーナが王宮に出仕したいと思ったら、貴族と結婚しなければなりません。
でも、あの子の美貌と実家の財力が有れば、結婚相手の候補など『サーディーン・ラン』のイワシくらい集まるでしょう。
「絵の才能に関してはユリアーナ嬢よりコルネリア嬢の方が上です。コルネリア嬢の絵の実力は、今すぐ宮廷画家として働けるレベルですわ。」
とアルテ令嬢が言われました。私は小さく首を横に振りました。
「アカデミーの教師からもそう言われているんです。でも、本人がアカデミーを辞めたくないと言ってまして。」
「そうなのですか。」
「友達がたくさんできて楽しいらしいのです。それにコルネは、親戚が問題のある子でしたから。その事でいじめられないかが私も心配なんです。人見知りする性格で、あまりメンタルの強い子ではないので。」
「わかりました。今は伝染病のせいで、王宮に新人は入れませんしね。私ができる限り指導させて頂きますわ。」
とアルテ令嬢が言ってくださいました。
「上手といえば、ミレジーナ嬢のピアノは素晴らしかったです。技術面は勿論、表現力も豊かで。」
とモニカ夫人が言われました。
私もそう思います。そしてあの子はピアノを弾くのが大好きなのです。何せ、髪を切られた原因が、掃除をしろと言われていたのについピアノを弾いてしまったから。というものでしたから。
この家に来た最初の日。レベッカがミレイを図書室に連れて行き、ピアノを見せるとミレイの目が輝いたそうです。
「昼の間は好きなだけ弾いていいよ。」
と言うと、ミレイは喜んで弾き始めました。
それはとても有名な演劇の挿入歌でした。情念が炎のように燃え上がり渦を巻くような曲なのですが、ミレイはその曲に自分の感情を重ね合わせて激しく弾いていました。怒りや憎しみや悲しみの調べが溢れ出していく演奏は、彼女の声に出せない心の叫びのようで、聞いていて胸が締め付けられるようでした。それと同時に、この10分の1でいいから、レベッカにピアノの才能と表現力があってくれたら。と思ったものです。
ミレイは、ピアノだけでなく、楽器を演奏する事全般が好きなようです。図書室にはピアノだけでなくハープもあります。
ミレイは、ハープにも興味津々でした。
「レベッカ様、ハープが弾けるんですか?」
「弾けるのはお母様だよ。お母様は私にも教えようとしていたけれど、いつも逃げ回っていたらお母様もそのうち諦めた。」
レベッカがそう言うと、ミレイは『絶望』という顔をしたそうです。
「こんな感情、醜いってわかっているけれど。私、レベッカ様が妬ましいです。優しいお母様がいて、楽器があって、好きなだけ音楽を勉強できる機会があって。レベッカ様は私が欲しかった物全部持ってる!羨ましいです。」
「弾いてみたいのだったら私が教えてあげる。」
とメグが言いました。
「私もアルベルと一緒に子供の頃、大叔母様から習っていたから弾き方がわかるわよ。音楽を学ぶのは何歳からでもできるわ。勉強してみる?」
「はい!」
母親との間に確執があったメグは、レベッカの友人達の中でも特にミレイの事が気にかかるらしく、ミレイによくかまっています。
ミレイは更にリエから、バイオリンとフルートそれにオカリナを習い始めました。
怪我が治るまで、リーシアとヘレンは畑に行く事を禁止にしているのですが、ミレイだけ連れて行くと二人が僻むので、ミレイもまだレベッカは畑には連れて行っていません。なのでレベッカがいない午後の間、ずっと何かしらの楽器をミレイは弾き続けています。
「ヘレーネ嬢は、字が美しいですね。」
とエルヴァイラ夫人が言われました。
「去年の秋、レベッカ様が事件に巻き込まれてアカデミーを休んでいた間の、歴史の授業をノートにまとめた物を、ヘレーネ嬢が書いてレベッカ様に送ったそうです。それを見させて頂いたのでですけれど、とても美しい手蹟でしたわ。」
「字の美しい侍女は、側近に絶対必要ですわ。手紙の返事を代筆させたり、招待状を書いたり、人に書いた物を送る機会は多いですから。ただ・・。」
モニカ夫人が言いにくそうに言われました。
「少し、ヘレーネ嬢は行動がゆっくりめですね。もう少しきびきび行動出来れば良いのですけれど。」
確かに。ヘレンは何事も行動がトロ・・いえ、ゆっくりです。歩くのも、食べるのも遅いのです。別に利き手を怪我しているからというわけではなく、以前からそうだったそうです。アカデミーでは、マナー講師のシュトラウス先生にいつもかなり厳しく叱られていたとか・・。
まあ、ある意味優雅で貴族的と言えるかもしれません。レベッカと足して2で割れたら良いのに。と考えてしまいます。
「でも、一番驚いたのは!」
「ええ、リーシア嬢の茶道です。」
「彼女にはむしろ、こちらが教えを乞いたいですわ!」
『茶道』とは、お茶会全体のマナーですが、一番重要なのは美味しくお茶を淹れる事です。
お茶を淹れるには
① 温めたポットに茶葉を入れ
② お湯を注ぎ
③ 数分蒸らす
という工程が必要なわけですが、どれだけの茶葉を入れ、どれだけのお湯を入れ、何分蒸らすかは、お茶の種類や収穫された時期によって変わります。それらの体系は先人によってある程度定められており、何十種とあるそれらを記憶して実行する事が茶道なのです。しかし、リーシアはそんなものの全てをすっ飛ばし、自分の嗅覚だけで最も美味しい状態のお茶が淹れられるのです。
リーシアには、適当にお茶の葉をポットに入れても、その茶葉に対して必要なお湯の量と温度が香りだけでわかり、一番香りが強くなった時点でカップに注ぐ事によって、そのお茶が一番美味しい状態になっている瞬間がわかるのだそうです。
更に茶葉によっては、温度変化が出来るだけない方が良い、と厚い布を茶器に被せてみたり、空気が出来るだけ多くお湯に含まれていた方が良いと言って、茶器を高く掲げ高所からお茶を注いでみたりと、そんな事が出来てしまうのです。
アカデミーの教師が
「今までに飲んだお茶の中で最も美味しい。」
と言うほどの実力で、私も今まで二度ほど淹れて飲ませてもらいましたが、本当に美味しくてびっくりしました。
ただ、リーシアの非常に鋭敏な嗅覚と味覚とセンスがあってこその技術ですので、他人が真似するのはほぼ不可能だと思います。
「侍女としては最高の才能です。」
と、エルヴァイラ夫人も太鼓判を押してくれます。
「あれだけ嗅覚が優れていたら、ワインソムリエにもなれるのではないでしょうか?」
とアルテ令嬢が言われました。
「それに、あれだけ嗅覚が優れていたら、理想の『毒見係』になれます。」
とモニカ夫人が言われました。
「『異物』が混入していたら、飲む前に匂いで気がつくでしょうから。」
ヘレンもですが、それ以上にリーシアはやがて王室に入る事になるレベッカにとって、手放してはならない人材だという事です。
「それで、これからの指導についてですが。」
エルヴァイラ夫人が聞かれました。
「侯爵夫人は、皆がユリアーナ嬢レベルくらいまで全てを器用に出来るようになる事を希望されますか?それとも、得意な事を一つ極限まで極めて、それ以外はそこそこに出来れば良いという風に希望されますか?それによって、指導の仕方が変わってまいります。」




