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エーレンフロイト邸へ(5)(テリュース視点)

家に戻って来ると、驚いた事に領地にいるはずの両親がいた。


「どうされたのですか?商会の帳簿でしたら明日、領地に持って行く予定でしたのに。」

僕は驚いて質問した。


「アーベルマイヤーが、13議会を辞任しただろう。それを聞いて、急いで王都にやって来たのだ。」


「よくご存知でしたね。戻った時に報告するつもりでいました。」


アーベルマイヤー夫妻が、共に王宮の職を辞したのは十日前だ。娘が起こした騒ぎの責任をとったらしい。

令嬢のコンスタンツェ嬢は、善意からとはいえ肉とパンを配ろうとして市井で騒動を起こし、百人以上の怪我人を出したのだ。


夫婦は騒動の翌日に辞表を提出し、王宮内には激震が走った。それまでは、誰もがコンスタンツェ嬢を罵り、王都民の怒りを鎮める為にも厳罰に処すべきでは。という声もあったが、夫婦の潔さに皆、非難をおさめた。むしろ、娘のした事の責任を取る為、強大な権力を進んで放棄した姿に称賛の声が上がったほどだ。

それと同時に、誰がその後任につく事になるのか、皆寄るとさわると噂した。衣装室侍女長の職は、衣装室付きの女官の中から誰かが選ばれるだろう。しかし13議会の方はどうなるのか?莫大な権力と富が約束された役職だ。王宮内の権力構造に何某かの影響を与えるのは間違いなかった。


父がその情報を知っていたというのが僕には不思議だった。デューリンガー領は王都から馬車で一日の距離だ。しかし、今は王都の城壁の側で二週間の待機期間を置かなければならない事になっている。十日前の情報を父はどうやって半月以上前に知ったのだろう?


「私を平民と一緒にするな。貴族には二週間も城壁の外にいなくても、もっと早く入る手段があるのだ。あんな場所に二週間もいられるか。」

そんな話は聞いた事がない。もし手段があるとしたら、それは非合法な手段ではないのだろうか?


両親の前には大量の金貨が置いてある。更に従僕達が次々と宝石のアクセサリー類を持って来る。そのうちの何点かは、アンティークジュエリーの蒐集家だった祖父が集めた物だ。


「何をしているんですか?」

と僕は聞いた。質屋にでも持って行くつもりなのだろうか?


「ディッセンドルフ公爵と、その側近達の所へ持って行く。」

「え?・・何でですか?」

「お父様には政治家としての能力があるのですもの。国政に参加する事をお願いに行く事は、国と王室の為よ。」

と母が言った。

「領地にいたばかりに出遅れてしまった。他の無能な輩も同じ事をしているはずだ。今からでも、巻き返しを図らねば。」

「賄賂って事ですか?」

「賄賂ではない!願い事に対する正当な対価だ。」

「待ってください!商会の帳簿を見たけれど。領地経営苦しいんでしょう。去年は日照りで作物もあまりとれなかったし。伝染病のせいで、今年はもっと苦しくなるだろうし。こんな事にこんな大金使っている場合ですか⁉︎」


デューリンガー領の最大の産業は磁器の製造と販売だ。職人に工房で作品を作ってもらい、デューリンガー家が立ち上げた商会を使って販売している。

だけど、東大陸から輸入される薄くて美しい磁器の人気に押され、商会の収益は右肩下がりだ。事実上この数年はずっと赤字である。

当然その皺寄せは、領民に行く。領民は非常に苦しい生活を強いられているはずだ。


「問題無い。13議会の議員に選ばれればその報酬は莫大な物になる。それに、今度はこちらが他の貴族からの賄賂を受け取る側になるのだ。この程度の投資額、直ぐに取り戻せる。」


今『賄賂』って言ったよね。やっぱり賄賂なんじゃないか。


「私は愚かで怠慢だった父とは違う。お祖父様の時代のようなデューリンガー家の栄光を取り戻してみせる!」


僕の曽祖父は13議会のメンバーだった。デューリンガー家で唯一、13議会の一員になった人だ。

その時代のデューリンガー家はとても華やかだったらしい。社交界の中心にいて、当主の妻、つまり曽祖母は王室の血を引く公女だった。

曽祖母はそれは美しい人だったそうだ。彼女の事、そしてデューリンガー家の栄光を幼かった父ははっきり覚えているらしい。


だが、父の父親はアンティークの蒐集にしか興味の無い人だった。政治にも社交界にも興味が無く怪しげな品を次々と骨董商につかまされて、家門の財政を傾けさせた。父は祖父をひどく軽蔑していた。それを子供心にもわかっていたので僕はあまり祖父に近づかなかった。でも、今思い返してみると祖父は優しい人だったような気がする。


父は祖父を憎むあまり、祖父の子である自分の弟や妹を冷遇した。その反面、偉大な曽祖父と高貴な血筋の祖母の血を引く従兄弟達を厚遇した。そのうちの一人がリーシアの父親アルノーだ。アルノーは人妻と不倫したり、正妻とは離婚したりいろいろお騒がせな人だが、それでも父は彼をとても重用していた。彼は王都の商会で総支配人の職に就いている。

実質的な仕事は全て副支配人がしているので仕事は無い。それでも、副支配人の五倍の給料をもらっている。


そこで僕は思い出した。

・・言いたくないが、今日の出来事を報告しないわけにはいかないよなあ。


僕は、ジュエリーの仕分けをしている父に、今日あった出来事を伝えた。


当然父は怒った。

しかし、母が父を宥めてくれた。

「ちょうど良かったではありませんか。これからは、ディッセンドルフ公爵の庇護下に入るのです。侯爵の最大の政敵であるエーレンフロイトには嫌われるくらいでちょうど良いですわ。」

「それもそうか。だが、リーシアは連れ戻さないとな。エーレンフロイトの寄子になるなどとんでもない!リーシアはディッセンドルフ公爵の派閥の誰かと結婚させる。アルノーの愚か者め!このタイミングで家出を許すなど。」

「腕の傷は見た?跡が残りそう?残ったら縁談に差し障るわ。」


「父上、母上・・。お二人はリーシアが虐待を受けていた事を知っておられたのですか⁉︎」

父と母はきょとんとした顔をした。


「何を言っているんだ。おまえは?当然だろうが。」

「ベロニカは邪悪な女よ。マレーネはそんなベロニカに生き写し。いじめていたに決まっているじゃない。」

「でも、自分達がリーシアにいじめられているって。いつも!」

「だから?口では何とでも言えるでしょう。まさか貴方、彼女達の嘘を信じていたの?」


「わかっていたなら、どうしてリーシアを助けなかったんですか⁉︎」

と僕は叫んだ。


父はため息をついた。

「テリュース。貴族は常に、勝者の味方をせねばならんのだ。」

「・・・・。」

「家門を繁栄させる為には、常に強い方、勝利する側につかなくてはならない。そうでなければ、家門を栄えさせる事はできない。それどころか家門を滅ぼす事になるんだ。二人の人間、二つのグループがあったら常にどちらが強いか?どちらが勝利しそうかを考えるんだ。

ベロニカ達とリーシアなら明らかにベロニカ達の方が強かった。リーシアがもし誰かに味方して欲しいと願うなら、リーシアは戦ってベロニカ達を打ち負かさないとならなかったんだ。そして、負けて消えゆく者に同情はいらん。それが貴族なのだ。」


「そんなのおかしいです!リーシアは血の繋がった血族ではないですか!同じ一族の者は助け合い結束するべきではありませんか⁉︎」

「何を言っているおまえは?血族から必要なのは忠誠と奉仕だけだ。」

「・・・・。」


まさか自分の親がこんなにも酷薄な考えの人だったなんて。

だが、権力者に賄賂を渡す為、自分が権力の座に着く為に領地民が餓死しても構わないという考えの人だ。リーシアが餓死しても何の痛痒も感じないのかもしれない。


「テリュース・・。私達だって何もしてないわけではなくってよ。ベロニカにリーシアをアカデミーに入れるように勧めたのは私なのよ。」

母が僕の機嫌をとるように言う。だがその言葉は何も心を打たなかった。

また、もう一度世界がガラガラと壊れていくような気がする。


そもそも、僕が見ていた『世界』とは何だったのだろう?


「リーシアを連れ戻しに行かねばならん。マルク。エーレンフロイト家に連絡を入れるんだ。」

「・・承知致しました。」

感情の無い声でマルクは言った。


テリュースは、良いダメ貴族ですが、テリュースのパパは悪いダメ貴族です。


次話でテリュース編終わります。いつも読んでくださりありがとうございます。面白いなと思って頂けたらブクマ評価、ぽちっとして頂けたら嬉しいです。

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