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エーレンフロイト邸へ(2)(テリュース視点)

マルクが言う『基礎化粧に金をかけられない貧乏な人』というのは、化粧水もシャンプーも使った事のない、入浴や洗濯を週に一回くらいしかできない、栄養不良で健康状態の悪い方の事です。

残念ながらヒンガリーラントには、そういう人もけっこういたりします。

「おまえっ!」

怒りで頭に血が上った。


主家の人間を侮辱するなど「クビだ!」と言ってやりたいが、マルクは元々父の秘書をしていて、僕が父の仕事を手伝う補佐に父がつけてくれた人間だ。勝手にクビにする事はできない。


「若。頭を冷やしてお考えください。ベロニカ夫人は、本妻を追い出す事が出来るほどアルノー様の愛情をその身に受けておられる方です。そして、使用人を雇ったりクビにしたりする権限も持っています。使用人は全て、夫人とマレーネ様の味方なのです。その状況で、リーシア様がわがままを言ったり、己の心が望むままに自由に振る舞えると思いますか?追い出されないよう、暴力を振るわれないよう、息を潜めて暮らしておられるに決まっているではありませんか?しかし、ついにリーシア様も我慢の限界が来てしまい、家を飛び出してしまったのでしょう。」

「だけど、リーシアは性格の悪い娘だ。おまえもリーシアが、マレーネの髪飾りを奪ってしらじらしく父上に礼を言っていた現場を見ただろう。」

「はい。自分はあの時の、リーシア様の父親に怒鳴りつけられた時の呆然とした表情が忘れられません。リーシア様は騙されたのですよ。誰かに髪飾りを渡されて、伯爵様からの贈り物だと言われた。だから、御礼を言いに来たのです。それなのに、父親とマレーネ様と侍女長に寄ってたかって陥れられたのです。伯爵様も奥様もわかっておられましたよ。だから、奥様はリーシア様に髪飾りを贈ると言われたのです。」

「でも!リーシアはその髪飾りを捨てたんだ。」

「『誰』がそう言ったのですか?」

「え・・・?」

「リーシア様としては、一度あのような事があったら警戒するのが当然ではありませんか?人前で使えずにいるうちに、泥棒が盗むか奪うかしたのでしょう。」

「マレーネに対して言葉が過ぎるぞ!」


「若が、リーシア様よりマレーネ様に好意を持っているのはマレーネ様の方が『綺麗』だからでしょう?」


「はあ⁉︎」

「若。女性の美しさは、基礎化粧にどれだけ金をかけられるかで決まるのですよ。」


「・・・。」

「貴族の男がお忍びで街を歩いていて、とても貧しいけれど美しい町娘に一目惚れする、などという内容の大衆小説が時々ありますが、そんな事は異世界に突然召喚されて魔王と戦うくらい現実ではあり得ません。基礎化粧に金をかけられない貧乏人は美しくはなれないのです。逆に、高い化粧品を惜しみなく使える貴婦人や高級娼婦は、そこそこの顔でも魔法のように美しくなれるのです。美しい女性と一夜を過ごして、翌朝太陽の光の下で素顔を見たら、同一人物と分からなかったという話は星の数ほどございます。

マレーネ様がリーシア様より美しいのは、ただ単にマレーネ様だけが高価な化粧水や洗髪液や香油を使っているから。ただそれだけです。」


「そんな事わからないじゃないか!」

「見ればわかりますよ。マレーネ様は、肌のキメも整っているし、髪にも艶があります。それに比べてリーシア様は、肌も髪もぼろぼろです。香油の匂いもマレーネ様からしかしません。実際、ついさっき会ったリーシア様は高価な香油の香りをさせて髪がツヤツヤになっていたじゃないですか。あのままエーレンフロイト邸で、エーレンフロイト姫君が使うような美容化粧品を惜しみなく使わせてもらったら、リーシア様はマレーネ様やエーレンフロイト姫君など目ではないほどの美女に化けますよ。ベロニカ夫人やマレーネ様は、それがわかっていたから、リーシア様に決して高価な化粧品を使わせなかったのです。」

「でも、着ていた服はマレーネよりリーシアの方が高級だった!」

「あの派手で下品なドレスがですか?あれらはいずれも、リーシア様のサイズにあっていなかったじゃないですか?リーシア様は華奢で、折れそうなほど肩も胸も細い方ですが、腕が長いです。なのにいつも着ていた服は肩のラインが合ってないし、袖は短いし、あれはリーシア様の体型に合わせて作られた服ではなくて、古着屋で買ってきた物ですよ。

そもそも、家族の衣装を整えるのは女主人の仕事です。リーシア様が派手で品の無い娼婦が着るような服を着て、マレーネ様がそれより安価な服を着ているとしたら、ベロニカ夫人がそういう服を選んで着させているのです。」


「・・・。」

「若。思い出してください。リーシア様が昨日まで一度でも、ベロニカ夫人やマレーネ様の悪口を言われた事がありましたか?それに比べて夫人とマレーネ様は口を開けばリーシア様の悪口ばかりだったではありませんか。」

「それは、つまり・・マレーネは文句のつけようの無い欠点の無い人だから・・・。」

「家族の悪口を延々と言い続ける人がですか?人は、何を語るかが教養であり、何を語らないかが品格なのです。リーシア様は品のある淑女ですが、ベロニカ夫人とマレーネ様は下品で無教養な人間なのです。

若。今日初めてリーシア様はベロニカ夫人とマレーネ様を悪く言ったのですよ。なのにどうしてそれを『嘘』と決めつけたのですか?どうしてベロニカ夫人につけられたという腕の傷を、包帯を解いてもらって確認しなかったのですか?」


「・・それは。」

「若はやがて伯爵家の当主となられる方です。だから、一族の人間達を見守り真実を見極めていかねばなりません。自分を良く見せようとする者を優遇し、不遇な立場に置かれている方を差別してはなりません。」

「おまえの言いたい事はわかった。でも、リーシアが嘘を言っていないかどうかはわからないじゃないか!なのに、クドクドと言われたくない!」

「そうですね。もう一度それを確かめるチャンスを下さったエーレンフロイト姫君に感謝しましょう。」

「どういう意味だ?」

「リーシア様の家に行き『リーシア様はどこにいるのか』という質問にベロニカ夫人やマレーネ様が何と答えるかで、お二人の心の底にある物が見えるはずです。それに、リーシア様が暮らしておられたという離れも確認致しましょう。エーレンフロイト姫君は、粗末な部屋でリーシア様が暮らしていた、と匂わされたのですから。」

「そんな事言ったか?」

「・・・。エーレンフロイト姫君は、『アカデミーの制服は壁にかかっている』と言われました。リーシア様の部屋にはクローゼットもチェストも無いのだと思われます。『教科書はベッドの上にある』と言われました。リーシア様の部屋には机も本棚も無いと思われます。」

「・・・。」

「若。誰かの言葉を聞く時は、相手がその言葉を言う事によってどんなメッセージを伝えたいと思っているのか考えるようにしてください。貴族の言う言葉は・・いえ、女性の言う言葉は額面通りに受け取ってはなりません。」

「わかったよ。もういい!少し黙っていてくれ。」


僕はついムキになって大声を出してしまった。頭の中が混乱していた。


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