お昼ごはんと選択授業
午前中の授業が終わり、やっと昼ごはんの時間である。
あまり親しくしたくはないが、他に聞く相手もいないので、私はユリアに食堂の場所をたずねた。
親切なユリアは、笑顔で食堂へ案内してくれた。
その流れでユリアと同じテーブルに座る。
だって初日だし。適当な席に座って、「そこは私の指定席」とか誰かに言われたら怖いから。
黙って食べるのも気まずいし、いろいろと情報も欲しいので、私はユリアにいろんな質問をしてみた。
質問の中心は、ユリアが生まれ育った街、ブルーダーシュタットの事である。
『兄弟の町』という意味のその街の歴史は古く、街が造られたのはまだゾンネラントがあった時代だ。
さびれた港町を、大陸有数の貿易港へと発展させた偉人が実の兄弟だったので、こういう名前の街になったらしい。ヒンガリーラント内で、王都に次ぐ人口の多さを誇る大都市である。
そんな街の、物価、治安、家出人が隠れ住めるか否かを聞きたかったのに、いつの間にか会話の内容が好きなシーフードは何かになっていた。ああ・・・お魚食べたい。
海から遠く離れた王都では、魚はほとんど食べられない。食べられたとしてもせいぜい、カラッカラに干からびた、干し鱈を水で戻したスープくらいだ。
秋刀魚の塩焼き、鯖の味噌煮、鰆の西京焼きに鯵フライ。そして、くるくると回転をするお寿司達がたまらなく懐かしい。
ちなみに、ユリアが一番好きなシーフードはメルルーサだそうだ。どんな食べ物なのか、想像もできない!
午後からは選択授業になる。
午後初の授業は『お茶会のマナー』『フラワーアレンジメント』『国語』の三択だった。
どれにするか悩む必要は全く無い。選択肢は『国語』一択である。
国語の教室の場所を教えてほしいと、ユリアに頼んだら、「自分も国語の授業を受けるから一緒に行きましょう。」と言ってくれた。
ありがたいけど、少し不思議だった。
ユリアが私の侍女をしてくれていた頃、ユリアはいつもとても綺麗に花瓶に花を生けてくれていた。
だから、フラワーアレンジメントが得意だし好きなんだろうなー、と思っていたけど、フラワーアレンジメントを選ばないんだ?
不思議といえば『国語』が選択授業なのも不思議だ。
読み書きの得意な人と、上手くできない人の差が激しかったりするのだろうか?できない人のレベルに合わせての授業だとしたら、私には退屈な時間かもしれない。
とか、なんとか思っていたが。勘違いも甚だしかったのであった。
国語の授業。というのはズバリ!
詩の創作だった。
詩の創作というのは、楽器を演奏したり、ダンスを踊ったりするのと同様、貴族階級にとって必須の教養らしい。
日本の平安時代の貴族が、5、7、5、7、7の和歌を読んでいたようなモノであろうか。当然、上手に作れば褒められて、下手だったら馬鹿にされる。
そして私は、今までの人生で、作文とか読書感想文とかは書いた事あるけれど、詩を作った事は一度もない。なのに、何⁉︎この展開?どんな無理ゲー!
午前中の授業は同じ年齢の子達と一緒だったけれど、選択授業は、中等部全体によるミックスだった。
私より、一つ年上の子もいるし、一つ年下の子もいる。そしてその中に、ジークルーネ・フォン・ヒルデブラントもいた。
「やあ、レベッカ姫。」
と、私を見るなりジークルーネは片手を上げた。
「さあさあ、私の隣に座りたまえ、レベッカ姫。そして、親が同じ階級の者同士、マウントの取り合いをした挙句に殴り合いを始める事を期待している人達を、失望させてやろうではないか?」
「・・・・。」
ここは何と答えるのが正解なんだろう?
というか、そんなふうに考えている人がリアルガチにいるんだろうか?
それとも
「やっだー、もうジークルーネ様ったら冗談ばっかりぃ。」
と言って、笑い飛ばすべきだろうか?
とりあえず。隣に座りたくはないが、そこは仕方ない、妥協しよう。
しかし。
「姫と呼ぶのはやめてくれませんか、ジークルーネ様。」
「やだね。私はお気に入りの女の子は、姫と呼ぶようにしているんだ。ねえ、ユリア姫。」
とユリアに言う。明らかにユリアは困っているぞ!
そして、始まった授業。教師が前回の授業で提出された詩の中から、何点かを選び、生徒自身に朗読させ、他の生徒達が批評を行うという恐怖と戦慄の公開処刑を行う。
一発目に選ばれたのは、コンスタンツェ、フォン、アーベルマイヤーという女の子だった。午前中は見なかった顔なので、年上か年下なのだろう。
詩の題名は『美しい罪人』。
犯罪者の顔が良くてびっくり!みたいな内容なのかと、思ったが違った。
好きな人がいて、貴方の美しさは罪〜。みたいな詩だった。
・・・・・。
うああああぁーっ!!!!
やばい、私のSAN値がやばいっっっっ!
だって想像してみてください!小学校高学年か、中学校の生徒が、自分に酔いしれて書き上げたようなポエムでっせ。
本人だけは大真面目なんだろうけど、そのヤバさとクサさはホンオフェ級。
私の頭上を『耳塞いどけ』という垂れ幕を持った天使が、ラッパを吹きながら旋回していく。
まさに脳内バイオハザード!
ほんとにやばい。1時間もメンタル持つか、私⁉︎
実際のところは、耳を塞ぐわけにもいかず、ひたすら素数を数えて時間が流れ去るのを待つ事数十秒。
『727』まで数えたところで、詩の朗読は終了した。
教師に批評を求められた生徒達が口々に
「素敵ですわ。コンスタンツェ様。」
「伯爵令嬢としての、優雅さや品格に溢れていますわ。」
「あまりにも素晴らしくて、胸がまだドキドキしています。」
と称賛の嵐!
えっ!これが正解の反応なの?
平安時代の貴族の短歌くらい、理解不能なんですけれど!
視線を右へと移すと、右隣に座っていたユリアが真剣な表情でメモをとっている。
左を見るとジークルーネが、口をアヒル口にしてうたた寝していた。
「エーレンフロイト令嬢はどう思われましたか?」
と、教師が聞いてきた。
私に感想を求めないで!
「・・え・・・っと。」
ジークルーネを除く全員の視線が私に集中する。
「それ・・を・・罪と感じるほど、美しい男の人に会った事がないので、会ってみたいです。・・はい。」
と言ったら、ぎりいいいっ!と、すごい目つきでコンスタンツェ嬢とやらに、にらまれてしまった。
しくじってしまったか、私!!
とりあえず、国語の授業は二度と選択しないと心に決めた。