新しい家族達(15)(アルベルティーナ視点)
次の日の午前中。ブランケンシュタイン家のエリザベート様が我が家を訪ねて来られました。
失言などあっては決してならない尊い身分の方ですから、娘一人に相手を任せられず、朝から吐き気がするのですが私も対応に出ました。
なのに娘ときたら、開口一番エリザベート様に向かって
「何の用ですか?」
です!
エリザベート様は、眉間に皺を寄せて
「ご挨拶ねえ。」
と言われました。
「こっちは朝から、キューネ家を訪ねてミレジーナを呼び戻すな。と釘を刺しに行ったのに。」
この場には、エリザベート様の親戚であるミレジーナもいます。へレーネも親戚ですが、まだ体調が良くないので彼女はこの場には呼ばず部屋で休ませています。
「ミレイ様の状況知ってたんですか⁉︎」
レベッカの声に怒気が宿ります。
「昨日知ったのよ。ロンバルトがしばらく王都を離れる、と言ってうちに挨拶に来たの。」
「呼び戻すな、と言われて夫人は納得されたんですか?」
とレベッカが聞きます。
「ちょうど好都合だから、エーレンフロイト家の内情を調査させなさい。と命令しておいたの。報告があったら、私にも報告するように。と言っておいたから、しつこく情報を迫って来るだろうけれど無視して良いわよ。」
「私、エーレンフロイト家の事をあの女に話したりなんかしません!」
とミレジーナが顔を赤くして言いました。
レベッカもミレジーナも不機嫌ですが、私はこれは一番効果があると思います。
ヴァネッサ夫人も、エリザベート様にそう言われたらミレジーナを連れ戻せないでしょう。
その上で、こちらにも情報を開示して、「無視して良い」と言ってくれているのですから親切です。
「・・あの女、他に何か言っていましたか?」
ミレジーナが暗い声で聞きました。
「お金を貸してくれませんか?って。」
「えっ?」
とレベッカとミレジーナの声がそろいます。
「それで、エリーゼ様は何て答えたんですか?」
とレベッカが聞きました。
「貴女達と同じよ。『えっ?』って。」
エリザベート様はにっこり笑ってそうおっしゃいます。・・・それは、何というか。怖いですね。
「そしたら『やっぱりいいです』って。だから言ったの。『そう。驚いたわ。まさか、この第二貴族地区で、貧民街の裏ぶれた通りで聞こえてきそうな声が聞こえた気がしたから』ってね。」
・・それは、また。ヴァネッサ夫人はプライドを抑え込み、勇気を振り絞ってそう言ったはずです。それをそんな言葉で返されたら心が折れてしまった事でしょう。
「大丈夫よ。まだ絹服を着ていたから。」
とエリザベート様が言われます。するとレベッカも
「そうですね。私の尊敬する作家も『絹服を着ている貧乏人はいねえ』と、作品の中で言っています。」
と言います。
人が耐えられる貧しさの限界値は、人それぞれですよ。
と言いたくなりましたがやめておきました。友人でもない人を弁護する必要性を感じません。
それに正直ほっとしていました。
私はヴァネッサ夫人を一番手強い相手と思っていたので、私やレベッカが彼女と顔を合わせる事なく、エリザベート様が問題を片付けてくださった事に胸を撫で下ろしました。
エリザベート様には感謝です。
「ヘレンもいるのでしょう?近衞騎士達の間で噂になっているようだから。」
とエリザベート様が聞かれます。
「はい。」
「この場にいないという事は、体調が相当悪いのかしら?」
「はい。」
「誘拐で訴えられないよう手は打っている?私、そちらには何もしてないわよ。」
「一応、ヘレン様の御父上に手紙を出しました。今、返事待ちです。会って話がしたいと書いたので、良かったらエリーゼ様も立ち会ってくださいませんか?」
「良いけど、私あの人には嫌われてるわよ。」
「えっ?ヘレン様の御父上って、女好きじゃないんですか?女好きって女なら、どんなのでも良いから女好きって言うんじゃないんですか?」
失礼ですよ!エリザベート様にも、アードラー卿にもっ!
「そういう人もいるのだろうけれど、ヘレンの父親には趣味があったはずよ。従順で、男に逆らったり文句を言ったりしないような女が好きなの。」
「あー、それはエリーゼ様は嫌われそうですね。」
「言っておくけど貴女もね。」
「はんっ!好かれたいとも思いませんよ。」
とレベッカは言います。まあ、私もその方が安心です。アードラー卿は見た目はかなり良い方なので、一目惚れとかされたら大変な事になります。
二人の会話が一段落したので、私は席を外す事にしました。10代の少女達の会話にいつまでも親が混ざっているのは無粋というものです。
「侯爵夫人、顔色が悪いようだったけれど、御具合が悪いの?」
ドアを閉める寸前、エリザベート様のそう言う声が聞こえてきました。
「えへへ、そうなんですよ。吐き気が止まらないらしくて大変なんですよ。うふふ。あ、でも食あたりじゃないですよ。ふふ。何でかは言えないんですけど。うふふふふ。」
席を外さなければ良かったと思いました。
それから直ぐに、アードラー卿が訪ねて来ました。
レベッカは手紙に『話がある』としか書かなかったようですが、おそらく近衞騎士達の間で相当の噂になっていたのでしょう。本来なら「◯時に伺います」と使者を間に挟むところを、本人が直接駆けつけて来たのです。
私は体調が良くなかったので会わなかったのですが、レベッカとエリザベート様が会い、背後にはゾフィーとフローラとアーベラが控えました。
「あの男は駄目です!」
私の所に報告に来たゾフィーが、怒りに震えながら言いました。
「あの男、お嬢様の話を聞きながら、私やフローラやアーベラに流し目を送って来たんですよ!」
ゾフィーは、顔は良いけれど女癖の悪かった父親のせいで子供の頃に苦労したそうなので、顔は良いけれど女癖の悪い男が大嫌いなのです。
「へレーネ嬢がこちらに滞在する許可は頂けたの?」
「はい。頂けました。」
アードラー卿とソファーに向かい合って座ったレベッカはまず
「私の話を最後まで聞いて頂けますか?」
と言ったそうです。
「わざわざそんな事を言わなくても、女性に節操の無い男というものは聞き上手なものですけどね。」
とゾフィーが言いました。それはまあ、そうかもしれませんね。人の話を聞かずに、面白くもない自慢話ばかりする男がもてるはずがありませんから。
「アードラー卿は適度に相槌を打ちながら、お嬢様の話を最後まで聞かれました。そして、直ぐに家へ戻り奥様とご子息に制裁を加えるとおっしゃいました。」
「レベッカの話を疑ったり否定しなかったの?」
「はい。全く。」
娘がそれだけ信頼されているという事は、親として喜ぶべき事ですが、一人の既婚者としては悲しくなりました。
旦那様が、他家のお嬢さんから私に対する苦情を伝えられて、同じような反応をされたら私は悲しくて泣いてしまうでしょう。
「アードラー夫人は夫に、『へレーネは父親に会いたくないと言っている。』と言って、アードラー卿とへレーネ様を会わせなかったそうです。」
そういえば父親が家に戻って来る時は、離れに閉じこもっているようにと夫人に命令されていた。という話でしたね。
怪我した腕の事がバレないようにそうさせたのかと思っていましたが、常習的な事だったようです。
「そして、『娘の事を頼みます』と頭を下げて、帰ろうとしやがり・・あ、いえ、帰ろうとされました。」
「そう。」
「なのでお嬢様が、一見抑制の効いた声ですが、お嬢様をよく知る者が聞くと『あ、怒りが爆発する寸前の声だ』と分かる声でアードラー卿に尋ねられました。」
ゾフィー怒りで声を震わせながら言いました。
「『ヘレン様に会って行かれないのですか?』と。」
 




