二時限目と三時限目
次の授業が座学だったので、私は教科書と筆記用具を持って史学教室へ向かった。
座席は決まっているわけではなく、好きな場所に座って良いらしいので、私は一番後ろの席に座った。
入学初日にアリーナに座れるほど、私の神経は図太くない。
『歴史の授業』というのは、教師が歴史上の偉人の生涯を、ひたすら喋りまくるというものらしかった。
そして、本日紹介された偉人の名前はアンゼルム、エルマーという人。王都のど真ん中に流れるフェルゼ河に350メートルの長さの橋を架けた天才工学者なのだそうだ。ふむふむ。
なかなか興味深いお話だ。
っつーのに、教室内はここでもカオス。
隣の席の子と喋っている子。髪の毛をひたすらいじっている子。窓の外をぼけーっと見ている子。急に大声で笑い出す子。はっきり言って学級崩壊だ。
皆の私語がうるさくて、教師の声がよく聞こえないのがめっちゃムカつく。
そして、教師もなぜ怒らないのか?先刻の先生の半分でもいいから、生徒には厳しく接してほしいものだ。
とゆーか、わかったよ。朝、この子達に
「ノートを見せて。」
と頼んだら、すすすーっと引いて行かれたわけが。
誰もノートなんかとってないからな。そもそも、聞いてさえいないからな。
・・・いや、一人聞いている子がいた。私の隣の席になぜか座っているユリアだ。
ユリアは真剣に教師の話を聞きながら、手元の紙に内容をメモしていた。
そういえば、過去世でユリアを侍女として雇った時、ユリアは入学してから自主退学するまでずっと、成績が首席だったと聞かされたような気がする。
さもありなん。
当然の結果だよね。と、私は心の中でうんうんとうなずいた。
でもって、三時限目。午前中最後の授業だ。
授業は何と『宝石の鑑定』。
金持ち学校にはそんな授業もあるのかとぶったまげた。
先生役は、校長先生のお知り合いの宝石屋さんが、特別講師として来てくれたのだとか。
貴重で高価な宝石がたくさん持ち込まれているという事で、教室には校長やら副校長までずらーっと顔を揃えていた。プレッシャーだわー。
そして、もちろん。
私は宝石の事なんかさっぱりわからない。文子時代から光りモノには、縁も興味もなかった。
だからこの石は、本物か偽物か、何という名前の石か、一番高価なのはどれかと聞かれてもさっぱりである。
そもそも、ダイヤとかルビーとかはかろうじて聞いた事があるけれど、スフェーンとか、スピネルとか聞いた事さえ無い。だから価値がわからない
それに、研磨の仕方の問題なんだろうけど、どの宝石もそんなに光ってない。
だいたい宝石の価値というやつは、希少性やら、産出国の遠近とかで変わるはずだ。
日本人は、やたらめったらダイヤモンドをありがたがったが、世界的に見ると最も高価な宝石はルビーであり、二位はエメラルドであると本で読んだ事がある。そんな地球の価値観と、この世界の価値観は同じなのだろうか?
まあ、とにかくこれも勉強だ。私は、教師や他の生徒達の話に神経を集中させた。
どうやら、この世界で一番高価な宝石はルビーでもエメラルドでもなく真珠のようだ。
まあ、そうだよね。鉱石は掘れば出てくるけれど、真珠は海に潜らないと手に入らない。そうして、手に入れた貝の中に真珠が入っているかどうかはわからない。入っていても、それが美しい球体である確率は数万分の1だ。
というわけで、真珠が一番高いのだ。
とゆー事は、やはり真珠の養殖技術はまだこの世界にないらしい。その技術を持っている人が、異世界召喚されて来たら億万長者になれるんだろうなあ。それは、かなり羨ましいなあ。
苦行でしかない1時間。
嫌々、聞いてやってるんだぜい!
という心の声が顔に出ていたのだろうか?
「あまり興味がありませんか?エーレンフロイト姫君。」
と、副校長に聞かれてしまった。
「いえ・・けして、そのような事は・・・。」
と言ってみたけれど、目を血走らせて宝石に魅入っている他の子達とは、明らかに自分のテンションが違っている事は自分でもわかっている。
「エーレンフロイト姫君。たとえ難しくとも、本物と偽物を見分ける目を持たなければ困る事になりますよ。将来、どうしても本物の宝石が必要という状況になった時、本物と偽物が見分けられなかったら貴女はどうされるのですか?」
「信頼できる人に代わりに見分けてもらいます。」
と、私は可愛くない返事をした。副校長が溜息をつく。
「信頼できる人を見つける事。それこそが、何よりも難しい事なのですよ。」