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チェス大会に出たい

新聞には、1週間後から始まる建国祭の記事が書いてあった。


ヒンガリーラントの建国記念日は、11月1日。

その日から、1週間。各種催事が行われる。

1月1日から始まる新年祭。春に行われる収穫祭と並ぶ、ヒンガリーラントの三大祭りだ。


王宮でも毎日のようになんらかの催し物が行われるので、貴族達も皆領地から王都へ戻ってくる。

催し物は、お茶会に舞踏会、騎士による剣術試合といった堅実な物から、着ぐるみを着せた仔豚を追いかけ回して捕まえるみたいな、誰得と聞きたくなる催しまで多岐にわたる。

その中で、私の目にとまった催し物は。


14歳以下の子供達で行われるチェス大会!


異世界転生とか召喚物の漫画の主人公が、リバーシを発明して大儲け!

というのは、よくあるパターンだけど、この世界にはすでにリバーシもチェスもバックギャモンも囲碁もある。人生ゲ◯ムとか、モノ◯リーに近い物もある。スマホやネトゲの無い世界なので、その分ボードゲームは充実しているのだ。

その中でも、特にこの国で人気なのがチェスだった。懸賞金のかかった試合とかもたくさんあって、それだけで食べていっているプロのプレイヤーも大勢いる。


この国の王様もチェスが好きらしい。

で、次世代の若手を育てよう。という事で、王様の前で子供だけが参加する、チェスの御前試合があるんだって。

参加するのが子供だけなので、優勝賞品はお金ではなく、王宮のシェフが作ったお菓子。それと


《王様に何か一つ、なんでもお願いできる権利》


だそうな。

もちろん、常識の範囲内で空気を読んだお願いをしなけりゃだろうけど。

だけど、この試合で優勝したら、王宮図書館への立ち入りを許してもらえるんじゃないだろうか!


実は私、文子はボードゲームがめっちゃ得意なのだ。

児童養護施設には、いろんな年齢や背景のボランティアの人達がやってくる。

で、子供達と遊んであげましょう。ってなるんだけど、その『遊び』ってたいていボードゲームなんだよね。外でボール遊びをしたり、『ウミガメのスープ』的な謎解きとかをしたりする事もあるんだけど、圧倒的にボードゲームが多い。

だから、施設の子供達はいろんなボードゲームのルールに詳しい。そして私は、施設内の遊びでは無敵な存在だった。町内会の祭りで将棋のトーナメントに参加し、優勝して米一俵もらった事もある。


14歳以下という事は、日本でいえば中学生か小学生。それくらいの年の子供が相手なら優勝も夢ではないと思う。

いっちょやってみるか!


でも、どうやって参加を申し込めばいいのだろう?


親に聞くのが一番かもだけど、反対されたりしたら面倒だから聞きにくいな。

他に誰か聞ける人・・・。


そう思いながら新聞を見ていて、とある名前が目にとまった。

去年の子供チェス大会の優勝者。コンラート・フォン・シュテルンベルク。

この人なら知ってるんだろうな。

そして、この人知り合いなんだよね。



実はシュテルンベルクというのは、私のお母様の旧姓で、コンラートはお母様のお兄さんの孫にあたる。私にとっては従甥だね。ようするに血のつながった親戚なんだ。

お母様とコンラートのお母様はとても仲が良かったので、小さい頃はよく一緒に遊んだりしたものだ。コンラートのお母様が亡くなった後は、全然会う事もなくなったけれど。


ただ、コンラートの名前を記憶していたのは、彼が親戚だからってだけじゃない。

コンラートは私の婚約者だった第二王子の友人で、過去の私が死んだ時、王宮内にいた王子の四人の友人の一人なのだ。


つまり!

私を殺した容疑者の一人なのである。


犯人は99.9%第二王子だろうけど、実行犯は別人かもしれない。

その実行犯が、コンラートかもと思うと恐ろしくて連絡をとるのをためらってしまう。


でも、恐ろしいからといって、家で丸くなっていてもバッドエンドは避けられない。幸せになりたいのなら、精一杯足掻いてみなくては。

会うだけ会ってみるか。

今はまだ、彼に殺される理由もないし。


私は溜息をつき、しみじみと思った。


インターネットをポチっとして、『ヒンガリーラント王宮犯罪録・下巻』を買っておくべきだった。

実行犯が誰だったのか、今心の底から知りたかった。

もう一度、レベッカに回帰するとわかっていたら、絶対絶対、下巻を読んでおいたのになあ。

それと、後。この世界でお金に変わる知識をもっと勉強しておけば良かった。

養殖真珠の作り方とかさ。






コンラート・フォン・シュテルンベルクに連絡をとってみるかと、考えた私だけど。

いくら親戚だからって、そう簡単に会えるわけじゃない。


私は侯爵家の令嬢だし、コンラートはシュテルンベルク伯爵家の一人息子だ。

日本の庶民だって、親戚の家に連絡もせずいきなり訪問したら嫌な顔をされるだろう。

貴族同士の場合、嫌な顔をされるというレベルではすまない。きちんと手順を踏まないと、確実に面会を拒否される。そして、もう二度と会ってはもらえない。


まずは面会予約をとらなきゃ、だけど。

インターネットどころか、郵便制度さえないこの国で、予約をとるのは一苦労だ。

しかし、チェス大会は一週間後。のんびり時間をかけてる暇はないのだ。

となると、確実に面会する手段は一つ。コンラートが現れそうな場所で待ち伏せをする!


もちろん私は、プロの探偵でも、プロのストーカーでもないので、ろくに交流もない親戚の行動半径など知る由もない。

しかぁし!

一つだけ、思いつく場所があるのだ。コンラートのお母様は、建国祭を目前にしたこの時期に亡くなった。

つまりだ。命日に、墓場で張り込みをしていたら、きっと花を持ったコンラートが現れるはずなのだ。


そこで

「まあ、偶然ね、おほほほほ。」

と挨拶をし、その流れで世間話をする。

完璧だ。これ以上自然な偶然があるだろうか。

命日が、とっくに過ぎていたら計画は振り出しだが。



私は再び執事を探しに行った。

勤勉な執事は、先祖代々の当主の肖像画がかけられた廊下で、不細工なおっさん達の絵にハタキをかけていた。

その姿を見ていると、

「掃除、手伝おうか?」

という言葉が、扁桃腺の横まで上がってきた。

文子だった頃、学校でも施設でも、普通に掃除してたからさ。でも、11歳のレベッカがそんな事言いだしたりしたら執事はどビックリだよね。


「ねえ、聞きたい事があるのだけど。」

「なんでしょうか?お嬢様。」

「シュテルンベルク伯爵夫人の命日って、何日かわかる?」

「10月の25日です。」

返事が早えなっ!

執事に聞けば、調べてくれるだろうって思って聞いたんだけど、調べなくても知ってられたら逆に怖いわ!


「明日だけど・・間違いないの?」

「間違いありません。奥様は、毎年伯爵夫人の命日に花を供えに行っておられたのですが、今年は行けそうにないので、代わりに誰かが届けるようにと、わたくしに命じられましたので。」

それは良い事を聞いた。

「だったら、私が行く!」

「お嬢様がですか?」

「伯爵夫人には、私とても可愛がってもらったもの。」


ヒンガリーラントは、それほど治安の悪い国ではないが、それでも日本には遠く及ばない。

もしも私が、「買い物に行きたい。」とか「人気の芸能人が参加するパーティーに行きたい。」と言ったのだったら、即座に却下されただろう。

しかし、『墓参り』というのはセンシティブな話題である。

だめだと言った者の方が、冷淡に思われるというか。

執事もすぐに

「では、お願いできますでしょうか。」

と言ってくれた。

「ただ、一応言っておきますが、霊園という場所は非常に厳粛な場所なのですから、大声で笑ったり、奇声を発しながら転げ回ったりとか、そんなノイジーな真似はおやめくださいね。」


・・・。

この執事の中で、私という人間はどういう人間なんだよ。と思う。

そんな事した事今までにないだろうが。

世の中には『お姫様扱い』という言葉があるんだし、そして私は正真正銘お姫様なんだから、お姫様扱いをして欲しいものだ。


そう言いつつも、墓場にはストーカー紛いの事をしに行くんだけどね。







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