一時限目
一時限目は、マナーの授業。
貴族社会のマナーについては、家にいた頃からさんざんお母様に教え込まれていたけれど、私はこれを覚えるのが超苦手だった。
覚える事が多すぎるんだもん!
同じ事でも、相手の性別、年齢、身分、ケンカした過去の有無とかで、内容変わってきたりするんだもん。
そりゃあ日本でも、エレベーターの中での上座と下座とか、上司に提出する書類の印鑑の角度とか、謎ルールはいっぱいあったけどさ。
こっちの世界でも、ほんとどーでもいいような細かいルールが多い。
先生がみんなの前で手本を見せてくれるけど、とてもじゃないが覚えきれない。心の底から、筆記用具とメモ帳とスマホで動画撮る機能がほしい。
「では、今やった事を同じ様にしてください。」
と、先生が言ったので、私ではない他の子が指名されるといいなーと思っていたのに
「では、最初にエーレンフロイト令嬢。」
と言われてしまった。
なぜ、私に当てる?私ならできると思ったのだろうか?
どう見てもできそうにないと、見りゃ分かるだろうに。
で。
もちろん、マナーを司る精霊が、いきなり体を乗っとって、手足を勝手に動かすというファンタジーな現象が起きるわけがないから、私は失敗した。ええ、それはもう見るも無惨なほど。
周囲の子供達は、呆れてクスクスと笑い出す。
という精神状態を遥かにぶっ超えてしまった様で、まるで見てはいけないものを見てしまったかの様に、表情は無我の境地だった。
「エーレンフロイト令嬢!貴女は、私がした事をちゃんと見ていたのですか‼︎」
と先生にはキレられた。
「・・・はあ、一応。」
「まず、『申し訳ありませんでした』と謝りなさい!」
「大変申し訳ありませんでした。」
と言って、私は頭を下げた。
どよっ‼︎
と、周囲に衝撃が走る。
どうした?私は何か地雷を踏んだのか?おじぎの角度がおかしかっただろうか⁉︎
「・・・・・。」
シュトラウス先生も、絶句なさっていらっしゃる。
辛い・・・。
穴があったら、熊の冬眠用のでもいいから入りたい。
「ユリアーナ・レーリヒ嬢。手本を見せてあげなさい。」
と、先生が言った。
ユリアは、一瞬怯えた様な表情をしたが、消え入りそうな声で
「・・・はい。」
と言って、一連の所作を行った。
完璧だった。
そして、とっても優雅。彼女の方が、よっぽど貴族の御令嬢の様だ。
誰もしなかったから、やらなかったけれど、心の中では拍手喝采。
『全私』がブラボーっ!と叫んでいた。
「素晴らしかったですよ。では、次に・・・。」
と、先生が他の子を指名する。ユリアが後ろに下がり、違う子が一人、前へ出た。
でもって、その子は私よりややマシ、な程度のダメっぷりだった。
ええ、正直に言います。嬉しかったです。私だけじゃなかった。仲間がいたって。
ユリアの時とは違う意味で喝采をあげてしまいました。心の中で。
「全くダメです!」
と、再び先生の激しい叱責がとぶ。
そして、その直後。
なんで、さっき私が謝ったら、皆の間に衝撃が走ったのか分かった。
失敗した子は、むすーっとブーたれてて謝んないんだわ。先生にどれだけ「申し訳なかった」と言えと言われてもだ。
どれだけ叱られても、聞こえないフリをする。ある意味、心がちょー強い子だ。
先生の方が先に諦めた様で、次に違う子が指名された。
そして、その子もダメダメだった。
先生が溜息をつき、口を開こうとした途端、その子は「わあっ!」と火がついた様に泣き出した。
「◯◯様、泣かないで!」
「泣いていないで、謝りなさい!」
「◯◯様が泣いたら、私も悲しい!」
「泣く前に、まずは自省を・・・。」
「えーん、えーん。」
泣いている少女、慰める友人、叱る教師。教室内はカオスだ。
仕方なく先生が、次の子を指名する。
そして、その子もさっぱりだった。
先生が叱ると。
「私はこういう風に、お母様が選んでくださったマナーの先生に教わったんです!」
と、逆ギレした。
いや、それはないって・・・。
社交の場でのマナーに統一基準がなかったら、そもそもマナーとして成り立たないじゃないか。
先生というのも大変だな。私だったら教師を辞めたくなるな。
しかし、失敗しても誰も「申し訳ありませんでした」って言わないから、そう言った私にみんな衝撃を受けたのか。
みんな、貴族としての誇りが邪魔するのかなあ?
でも、おかしいな?
私が、すぐ謝ったのは旧日本人だからってわけじゃないよ。
むしろ、孤児だった文子より、母親のいるレベッカの方がしょっちゅうお母様に叱られて、しょっちゅう謝らされているのだけど。
数少ない成功者と、おびただしい数の失敗者を出しながら、一時限目の授業は終了した。
学校は始まったばかりだというのに、なんか疲れた。
次の授業は歴史である。