畑作り(5)
翌日早速、畑をお馬様とリーバイとニコールに耕してもらった。お馬様は二匹。足並みが揃うようくびきをつけ、大きな鋤で土を耕してもらっている。さすがお馬様の力だと作業もさくさく進む。これが本当の『馬力』だね。
私達はその後ろで石拾いだ。根菜は石に当たると二股、三股になってしまうらしい。自分達で食べるのならマンドラゴラみたいなニンジンでも一向にかまわないんだけど。むしろ、そういうのを作ってみたい。
でも、なんか土に触るって良いね。すごく、懐かしい気持ちになる。
ユリアやカレナは、ダンゴムシとかミミズを見てきゃっ!とか言ってるけど。ユーディットやドロテーアは私が全く怯まないのが、不思議でたまらないようだ。少しくらい怯えた演技をするべきだろうか?
でも、カエルにミミズにアメンボにオタマジャクシにヒルまでうじゃうじゃいた水田に素手を突っ込んで、苗を植えていた文子さんは、この程度の生物多様性何とも思わないんだけどね。
土と言えば。
私は、文子だった頃の事を思い出した。
高校生の頃、児童養護施設の近くに新しくホームセンターが出来て、オープンして最初の1ヶ月オープニングスタッフとして働いた事があった。
その時、本部から来たスタッフに言われた。
「監視カメラも一応あるけど、包丁や大量の土を買うお客様の顔はよく見て覚えておいてね。」
「何でですか?」
「包丁を買うお客様はこれから殺人事件を起こすかもしれないし、大量の土を買うお客様は既にもう家の中にバラバラ死体があるかもしれないから。」
「・・・。」
確かに、臭いを誤魔化す為に、死体をベランダのプランターに入れて土をかけてた。って犯罪者、たまーにいたけどさ。
「こんなど田舎の街に殺人犯なんかいないと思いますよ。」
「何を言っているんだい。『昭和の八つ墓村事件』も『平成の八つ墓村事件』も、超が付くほどのど田舎で起こったんだよ。」
「そういえばそうですね。」
その時は納得したけどさ。
今じっくりと考えてみると、『ど田舎』で起こったから『◯◯の八つ墓村事件』って呼ばれるんじゃないの?と思う。
同じような事件が、東京のタワマンとかアメリカのウォールストリートで起こってもそうは言わないでしょ。
犬神家のポーズをしている人がいたら、ど田舎の池だろうと東京の不忍池だろうと、イタリアのトレビの泉でさえあっても『犬神家のポーズ』と人は言うだろうけどさ。
頑張って働いていると、あっという間に一時間半経ったので私は
「おやつにしよー。」
と皆に声をかけた。
本日のおやつは、南海芋団子とお煎餅だ。バランス良く甘い物と辛い物である。あと、疲れがとれるようレモネードを用意した。
えっ?レモネードに和菓子は合わないって?文句のある者は水を飲めば良いのだ。畑のすぐ側には井戸があるし。手がすぐに洗えてとても便利だ。
「もち米を粉にして丸めて茹でた物を、マッシュした南海芋でくるんで串に刺してるの。みんな喉に詰まったりしないよう、よーく噛んでから飲み込んでね。あと串が喉に刺さらないよう気をつけてね。」
お団子や大福は、文子だった頃私が大好きだった和菓子だ。
孤児院の子供らにも食べさせてあげたいと常々思っていたが、もしも子供達が喉に詰まらせたら⁉︎と思うと持っていく勇気がなかった。
でも、今日は子供は五人しかいないし、全員10歳以上だ。よく見守っておけば大丈夫だと思うし、まあ万が一誰かが喉に詰まらせたとしてもすかさずハイムリック法を試すか背中をぶっ叩こう。
「おいしいです!」
と五人の子供らもサビーもユーバシャール院長も、ついでに農学科生達も目をキラキラとさせて言った。
ニコールとリーバイは、こういう物を食べた事があるのでは、と思っていたが無かったらしい。
「これは・・クッキーですか?」
と煎餅を持ったサビーに聞かれた。
「ううん。煎餅って言うお菓子。米粉を薄く伸ばして、丸くくり抜いて、二日天日干しして炭火で焼いて塩を振ったの。だから甘くないよ。」
ちなみに、普通の短粒米で作ったからこれは『煎餅』だ。もち米で作った場合の名称は『おかき』になる。
「・・面白い食感、でもとてもおいしいです!」
とサビーは言ってくれた。
それは良かった。
一応ユリアとコルネとカレナには既に食べさせて、「おいしいです」とお墨付きはもらっていたけれど、ヒンガリーラントの皆さんの口に和菓子が合って良かった。今回は普通の塩を振ったが、エビの殻をフライパンでカラカラになるまで炒った後すり潰して粉にした物を混ぜたエビ塩や、アオサ塩とかを振ってみてもいいかな。
煎餅は一人三枚は食べられる量を持って来たけれど、一枚だけ食べて残りをそっとポケットにしまっている子がいた。
「持って帰ったら駄目だよ。」
と院長が言うと
「・・弟と妹にも食べさせてやりたいんです。」
とその子は言った。優しい言葉にうるっときた。なんていい子なんだ。
「うん。気持ちはわかるよ。でもね。他の子供達が羨ましがるだろう。」
とユーバシャール院長が、教え諭すように優しく言う。
「・・・。」
「それよりも、台所にお米はあるからね。しっかりと味と食感を覚えておいて、みんなに作ってあげたらいいよ。」
「はい。」
「一緒に作りましょ。あの、姫様。作り方をもっと詳しく教えて頂けないでしょうか?お願いします。」
とサビーが言った。
「僕も知りたいです。」
とリーバイも言う。
「いや、あれ以上に詳しいコツとか別に無いよ。ねえ、カレナ?」
「はい。網で焼く時焦がさないよう気をつけるだけです。」
煎餅は良いけれど、団子は作らないようにと言っておいた。幼児は喉に詰まらせる可能性が高いからだ。
「お団子は大人だけの、お楽しみって事で。」
と言うと、皆が「あはははは」と笑った。
二日後、土壌の検査結果をリーバイが教えてくれた。
「やはり、だいぶ栄養が足りませんね。土壌もかなり酸性寄りです。」
正確なpH値とか教えてくれようとしたが、聞いたところで私にはさっぱりわからない。なので肥料も石灰もどれだけ投入するか全て、リーバイとニコールにお任せした。
そしたら二人はてんこ盛り、荷馬車に乗せて堆肥と石灰を持って来た。元からある土と同じくらいの量あるのでは?というくらいの堆肥を畑に撒く。恐る恐る
「堆肥代っておいくらですか?」
と聞いたら
「お金なんかいりませんよ。飼ってる家畜の『落とし物』や落ち葉で作った物ですから。」
と言われた。
いやいやいや!
そんなの申し訳なさすぎるくらいの肥料を混ぜたのだ。私は、都市封鎖が続く限り畑作りを続けたい。継続的に援助してもらいたいのだから、きちんとお金を払いたいと思う。無料だったら貰うのが申し訳なくなってしまう。
それにしても・・・。
大量に撒かれる灰を見ながら「どうしてエーレンフロイト領の領地では石灰を撒いて土壌の改良をしないのだろう?貝殻を焼いた灰を混ぜればいいだけじゃないか?浜辺に行けばいくらでも牡蠣やハマグリがとれるのに。」と思っていた自分は愚かだった。と思った。小さな畑でもこれだけ灰を撒かなきゃいけないのに領地中の農地の土壌改良をしようと思ったら、エーレンフロイト領のハマグリが絶滅してしまう。
知識と努力、そしてある程度の資金が無ければ畑作りってできないのね。でも、これだけ頑張っても絶対に野菜ができるとは限らないのだ。お百姓さんってすごいなあ。
「種を植えられるのは半月後です。その間にネギの苗や南海芋の苗を大学で育てておきますから。」
とニコールが言ってくれた。私はもう、国立大学の方に足を向けて寝られない。そう思った。




