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畑作り(4)

「何でしょうか?」

「指導して頂く御礼は、どれくらい支払ったら良いですか?」

「え、いえ。そんな、御礼などけっこうです。」

「タダなんてダメです。だって、お二人が授業料を払って教わっている事を教えてもらうのだもの。家庭教師みたいなものなのですから。で、こういう時の相場っていくらくらいなんですか?」


リーバイとニコールは顔を見合わせた。

「えーと。では一日当たり・・銀貨一枚で。」


・・え?安くない。

日本円だと三千円くらいだよ。午後から四時間として時間給750円。

それは安すぎる!

炎天下での肉体労働なのに!


でも、農業の対価って、そんなものなの?農民の地位ってそんなに低いの⁉︎

それとも、一日10分くらいしか付き合ってくれる気がないとか?


「わかりました。では時給銀貨一枚で。」

これだと、10分くらいなら銅貨数枚ですむ。四時間付き合ってくれたら銀貨四枚だ。


「そんなに頂けるのですか⁉︎」

とびっくりされた。いや、こっちがびっくりだよ!


「ありがとうございます!嬉しいです。私、家庭教師のアルバイトしていたんですけど、天然痘が流行り出して、生徒の家族が田舎の領地に戻ってしまって、今月の下宿代どうしようかと思っていました。助かります。」

「僕も、ブラウンツヴァイクラントに本店がある商会の事務と在庫管理の仕事をしていたんですけど、ヒンガリーラントに天然痘が出たら商会が撤退してしまって、仕事が無くなってしまって。ありがとうございます。」

ニコールとリーバイは飛び跳ねて喜んだ。


とても感謝されてしまった。

明らかにさっきまでとモチベが違う。

というか、本当の本当に景気が悪くなってきてるんだ。新聞に失業者が増えているって書いてあったけど、今目の前にほやほやの失業者が二人いる。


「では明日、農機具を持ってきますので、さくさく畑を耕していきましょう!石灰と肥料は検査結果が出次第持って参ります!」


そう言って二人はスキップするような足取りで帰って行った。


なので私も帰途につく事にしたが。

「あの人達、タダで付き合ってくれるつもりだったのかな?」

と私は呟いた。


「そのおつもりだったのではないでしょうか?ベッキー様に喜んで頂いて、それで温室代をたくさん出資してくれたら良いな。くらいのお気持ちだったのではないでしょうか?」

とユリアが答えた。

「えー!お人好し過ぎる。」

「いえ、そういう事ではなくて・・・。」

ユリアが口ごもる。


「貴族の方の中には、平民が奉仕するのは当然。と思っている方も多いので。」

「リーシア様の侍女のエイラさんっていらっしゃるじゃないですか。」

とカレナが言いだした。

リーシアは私のアカデミーの同級生でハンドベル仲間だ。父親がデューリンガー伯爵という人の従兄弟である。


「彼女、お給料貰ってないのだそうですよ。」

「えっ⁉︎何で?」

「『行儀見習い』という名目で働いているからです。伯爵家のお身内の家で礼儀作法を学んでいるという扱いなんです。むしろ、リーシア様の親にしてみると、タダで学ばせてやっているという考えです。ようするに『貴族である自分達と知り合いになれるのだから名誉に思え』って事です。」


それはブラック企業のロジックではないか⁉︎


「何で、そんな家でエイラは我慢してるの⁉︎どっかの商店とかで働く方がちゃんとお給料もらえていいじゃない?」

「貴族の家で働いていた。という肩書きがあると結婚に有利だからです。それにエイラさんのご両親は離婚していて、それぞれが家庭を持っているので、帰る実家は無いのだそうです。だから結婚するまではデューリンガー家にいるつもりだそうです。別にエイラさんが特別なわけではなくて、そういう家はたくさんあるんです。あまり豊かではない貴族家は労働力を手に入れられて、平民はコネや肩書きが手に入ります。あの大学生の方々も、レベッカ様とコネができればという思いだったのではないでしょうか?それに、まあ・・侯爵家からの呼び出しには逆らえませんし。」

「だいたいお嬢様『相談したい事がある』と書いただけで、お金の事は手紙に書かれなかったでしょ。」

とアーベラに言われた。


それはそうだが、お金の事は直接話し合えば良いと思ったから書かなかっただけだ。タダ働きしてもらおうなんて考えてもいなかった。文子の友人の家族は、たいした戦力にはなってなかったかもしれない私にもちゃんとアルバイト代を払ってくれたのだ。


「まあ、良かったじゃないですか。明らかにやる気が増加しておられましたよ。お嬢様の畑作りの成功率が五割くらい上がったのではないですか。」

とアーベラが言う。

「もっと上がったんじゃない?」

「どうでしょうか?農作業は天候にも左右されますからね。洪水とか起きれば全滅ですから。」

フラグを立てるような事は言わないでくれよ。と思った。


帰りに私はユーバシャール孤児院に寄った。

農作業の手伝いを頼む為だ。お母様に「嫌がる子供は参加させるな」と言われているのだが、子供達は私が『お願い』をしたら、絶対遠慮して本音を口にしないだろう。なので、作戦を考えている。

別にたいした作戦ではない。

手伝いを頼む子供を五人までにするのだ。


別邸はとても大きな池のほとりに建っている。そこから敷地内を小川が流れている。池の反対側は深い森だ。緑豊かな国、ヒンガリーラントは王都の中にまあまあな深さの森があるのだ。迷い込めば大人でも野垂れ死にかねないくらいの深さだ。

そして子供というものは、綺麗な蝶が飛んでいるのを見たり野ウサギが跳ねているのを見ると、ダメと言われていても森に入って行ったりするものだ。風で飛んだ帽子をとろうとして、池や川に転がり落ちる可能性もある。

そんな危険な事が起きないよう大人が見守らなくてはならないが、現状大人の数はユーディット、カレナ、ドロテーア、そして大学生二人の五人である。アーベラも大人だが、彼女は私の護衛なので頭数に入れていない。

だから、子供の数は五人までとするのだ。

ユーバシャール孤児院には60人以上の子供がいる。その中で農業をやりたいという子供が五人以下って事はさすがにないだろう。ないと思いたい。


結果。

「お手伝いしてくれる人ー?」

と聞いたら、ほぼ全員が手を上げた。むしろバイト料を払うと言ったら、自分がやる。絶対やる!と大騒ぎを始めた。このままではケンカが起こりそうである。

真面目に働いてくれそうで、体力のある子供を五人選んでください。とユーバシャール院長に丸投げした。


「危険な真似をしたりふざけないよう私が可能な限りついて行きます。私が無理な時はサビーに行かせますから。」

とユーバシャール院長は言った。

サビーさんとやらは初めて会う女性だった。年はアーベラと同じくらいだろう。フルネームはサブリナというらしい。


「サビーは、この院で育った子です。四年前に学校を卒業し、外資系のホテルで料理人をしていました。しかし、天然痘が流行りだしてホテルが閉館したんです。スタッフは全員クビになりました。住み込みで働いていたサビーは行く所が無くてここへ戻って来ました。サビーは男性スタッフに混じって立ち仕事をしていた子なので体力も腕力もあります。この子をどうかよろしくお願いします。」


こちらこそ。である。

料理人の経験があるとは、ゆくゆくはお菓子の学校に入学して欲しい人材だなあ、と思った。

まあ、天然痘が終息してからの話になるが。


では、また明日ー。と言って手を振って子供達と別れた。西の空には茜色の夕焼けが広がっていっている。

明日もきっと良い天気になるだろう。


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