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森の影(9)(ルートヴィッヒ視点)

しーん。とした空気が流れた。

だいぶ経ってから伯爵が

「えっ?」

と言った。


「陛下、陛下は今、昨日の事は責任を問わぬと言われたではありませんか⁉︎」

伯爵夫人が演技めいた悲愴な声をあげた。


「令嬢の行いに責任は問わぬ。令嬢を含め、食料の配布に参加した者達は愚かだったが、愚かである事は罪ではない。動機の根底に、弱者への憐れみがあったという事もよくわかっている。だが、其方達は愚かだった娘に何が愚かだったのか教え諭し、同じ失敗を繰り返さないよう導くべきだった。失敗の責任を無関係の人間に押し付けるのは間違っている。」


「まあ、陛下!」

伯爵夫人は男の同情を誘うような哀れっぽい表情を作ってみせた。


「陛下は、巷で流れている噂をご存じなのですね。そしてそれを、わたくし共が言っていると勘違いしておられるのですね。でも、それは違いますわ。むしろ、わたくしも噂を聞いた時は驚いたのです!悪意を持って騒動を起こすなどと、そんなひどい令嬢が陛下の治めるこの国にいるわけがないと。・・でも火のないところに煙はたたぬとも申します。ただ、わたくしはそれを聞いた時娘が哀れで哀れで・・ううっ。」

「聞いたも何も、其方がエーレンフロイト姫君が騒動を煽動したという噂をばら撒いているのだろう?」

「何をおっしゃられるのですか、陛下⁉︎わたくしがそのような事をするわけがありません。そんな言いよう、あんまりですわ。」

「其方が、第ニ衣装室でビュッセル夫人とギレッセン令嬢に話した事を私が知らないと思ったのか?侍女長の職務を務めるなら、部下の人心は掌握しておくべきだったな。」


伯爵夫人は蒼くなって黙り込んだ。一瞬、自分を裏切った部下達に対する憤怒の表情を見せたが、すぐさま哀しげな表情を取り繕ってみせた。


「陛下、わたくし共はずっと王室に対して献身して参りました。王家に対して何の責任も果たさぬ貴族も多い中、わたくし達は夫婦でまさに身を粉にしてお仕えして参ったのです。それなのに悲しゅうございます・・・。」

「其方達の忠誠心はよくわかっている。だから辞任を勧めている。懲戒免職ではなく辞任ならば退職金が出るし年金も出る。その金で田舎の領地で家族仲良く穏やかに暮らすが良い。領地の発展に情熱を傾けることもまた、王室への奉仕だ。」


・・これは事実上の王都追放だ。今まで、王宮の中心で華やかに暮らしていた伯爵夫婦にとっては到底耐えられない屈辱であり罰だろう。夫妻の顔色がどんどんと悪くなっていく。


「拒否すると言うのならばやむを得ぬ。其方らの娘を一年前の手紙の窃盗の罪で断罪する。王家の人間の私物を長期に渡って盗んでいたのだ。死罪は免れぬ。当然親である其方らも連座である。」

「・・陛下!そんな・・・。」

「一年前、其方らの娘の罪を問わなかったのは、令嬢に同情したからでも、其方らの忠誠心を重んじたからでもない。被害者であるエーレンフロイト姫君が、罪を問う必要はない。と言ったからだ。その事実に其方らは額付いて感謝し、生涯に渡ってエーレンフロイト姫君に恩を感じるべきだったのに、感謝する事もなく、あまつさえ自らの娘の失敗の責を押しつけて中傷した。その罪を許す事はできない。それでも其方達が長きに渡って王国に尽くしてきた事は事実だ。ゆえに、このような非公式の場で辞職を勧めている。決定が覆る事はない。24時間以内に職を辞すように。」


「・・13議会の後任には誰をつけるのですか?」

伯爵が震えながら聞いた。

「それは、其方には関係が無い。」

「エーレンフロイトですか⁉︎その為に自分を!」


父上は無言でお茶を飲んでいた。よく涼しい顔でいられるな、と思う。僕は急転直下な展開に唾を飲み込む事もできない。


「陛下。エーレンフロイトを信用してはなりません!奴らは犯罪者の血族です。だからこそ娘は一年前、王室の為に行動したのですわ!」

伯爵夫人が叫んだ。僕は怒りの余り立ち上がりかけたが父上に手で制された。


「本当に王室の為を思っているのなら、影で中傷したり工作するのではなく直接私に言うべきだった。自らの娘が犯罪を犯し、アーベルマイヤー家が犯罪者の血族に転落する前にな。」

「ルートヴィッヒ殿下!」

伯爵夫人が急に僕の方を振り返って叫んだ。

「心優しき殿下にお願い申し上げます。何かおっしゃってください。どうかお慈悲を!」

「・・・。」

ついさっき、僕の大切な人の家門であるエーレンフロイト家を貶めたその口で言うセリフかよ!

だいたい、僕の事を優しいと思ってなかっただろう⁉︎僕の事を『格下』と思って馬鹿にしていただろう!


「今日はもう下がって良い。仕事の引き継ぎや王都の館を引き払う準備で忙しかろう。」

「陛下!」

伯爵夫人が大声をあげた。その声が聞こえずとも、穏やかでない空気が伝わったのだろう。何かあったのだろうかという表情で、中庭の向こうの廊下を行き交う使用人達がこちらを見ている。


だが、父はもうアーベルマイヤー夫妻に目を向ける事さえなかった。


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