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我が家へと続く道(3)(フランツ視点)

「パン作りは、マルセリーナが上手だからねー。」

とデイム・クリューガーが言うと、トングを持っていた女性がニコッと微笑んだ。銀色の髪に透けそうなほど白い肌をした、異国情緒漂う女性だ。気になるのは、頭に包帯を巻いている事である。


「嫌な事は嫌だと言わないと際限なく付き合わされるぞー。」

とデリクが言うと

「イヤじゃナイデス。」

と少したどたどしい発音でマルセリーナは言った。


「バリーとカリン、とってもやさしい。とってもイイひとデス。」

「こんな美人でスタイルも良いうえ料理も上手で優しいなんて、どこで知り合ったんだよ。デイム?」

「いやらしい目で若い子を見るな!マルセリーナ達は旅芸人なの。春から秋の間はいろんな国や街を巡っていて、秋になるとアイヒベッカー家のリンゴ園にやって来て、リンゴの収穫やリンゴ酒作りを手助けしてくれるの。スタイルが良いのは、マルセリーナが踊り子だからよ。」

「今、まだ夏じゃん。」

「理由があるのよ。」

とデイム・クリューガーは言った。


マルセリーナ達は春の収穫祭から秋の建国祭の時期まで、いろいろな国や街を巡っていた。しかし今年の春、天然痘が発生すると、どの街でも村でも「病気を持ち込まれたら困る。中に入るな!」と言われるようになってしまった。

とある街でも城壁の中に入るのを拒絶され、仕方なく近くの森で野宿をしていると、街から人が数人やって来て

「街に近寄るな。病気が移ったらどうしてくれる!」

と罵られて石を投げられたのだそうだ。

これ以上旅から旅への生活をするは無理だ、と感じ

「リンゴ園の隅に野宿するので良いのです。ここに居させてください。」

とアイヒベッカー家を頼った。


アロイスとカーテローゼは、皆を温かく迎え、いつも冬に季節労働者達が住んでいる離れで暮らすよう言ってくれた。


「ワタシたちなんニモわるいコトしてナイのにひどいデス。」

と言ってマルセリーナは涙ぐんだ。後ろにいた、カーテローゼより少し年上と思われる少女も鼻をすすり上げている。その少女は手に添え木をして、肩から腕をつっていた。


『石を投げられた』

というレベルではない暴力を彼女達は受けたのではないかと私は思った。

心が通じ合っている、と思っていた相手から暴力を振るわれるなんて、どれほどショックでどれほど恐ろしかった事だろう。


私自身もトゥアキスラントからの亡命者を受け入れる事に不安を感じたので人の事は言えないが、でもいくらよそから来た人を不安に思う事があっても暴力を振るうのは駄目だ。

ただ、暴力を振るった人達も普通の時は普通の人達だったのだ。皆の心に余裕が無くなってきているのだと感じた。


「カーテローゼ君は偉いね。」

と私が言うと

「いいえ、私達も助かっているんです。蜂箱の管理や花畑を作るのを手伝ってもらえて。」

とカーテローゼは言った。

「エーレンフロイト侯爵様にもお礼を言いたいと思っていました。ヨナタンおじさんを紹介してくださってありがとうございました。」

「ヨナタンは元気にしている?」

「はい。とても良くしてくれます。」


ヨナタンは、エーレンフロイト領で働いていた養蜂家だ。

元々はアイヒベッカー家で働いていた。

しかし、先代のアイヒベッカー侯爵は利益を上げる為、蜂蜜の過少申告をヨナタンに命じた。森の中に秘密の花園を作って養蜂箱を置き、そこで出来た分の蜂蜜を脱税しようとしたのだ。


蜂蜜の密造はバレれば死刑の大罪である。

もしもバレたら、侯爵は「養蜂家が勝手にやった事」と言って罪をヨナタン一人に負わせるだろう。

しかし、貴族の命令に逆らえば殺されてしまうかもしれない。


なので、ヨナタンは家族と弟子を連れて夜逃げした。そしてエーレンフロイト領の養蜂家と結婚してエーレンフロイト領で暮らしていた妹を頼った。私の祖父は彼らを温かく迎え、ヨナタンはエーレンフロイト領に無数にある無人島に花畑を作り養蜂を行った。


養蜂組合は狭い世界だ。悪評はあっという間に知れ渡る。アイヒベッカー家はやばい家だ!と噂になれば、侯爵が新しい養蜂家を雇おうとしても、誰もアイヒベッカー領には行かなくなる。アイヒベッカー侯爵は、昔話に出てくる金の卵を産むガチョウを欲をはって殺してしまった飼い主のように、欲をはったせいで蜂蜜という莫大なカネを産む金の卵を失ってしまったのだ。


やがてアイヒベッカー家の当主が代替わりし、前侯爵夫婦のせいでド貧乏だった新侯爵は「養蜂を再開したい。」と言って私に頭を下げて来た。

私はカイを通じてヨナタンに一応相談し、ヨナタンは

「妻の体調が良くないので、大きな病院がある王都の近くへ引っ越したい。」

と言ってアイヒベッカー家へ戻った。ヨナタンは先先代の侯爵夫婦に恩義も感じていたようだった。

子供と孫と弟子はエーレンフロイト領に残し、ヨナタンは妻と二人でアイヒベッカー家へ引っ越して行った。


「戻りたくなったら、いつでも戻っておいで。」

と娘を嫁に出す親のようなセリフを言って二人を送り出したが、その後天然痘が流行しエーレンフロイト領の領都はロックダウンしてしまった。


その後ヨナタンは大丈夫かと心配していたが、心配する必要はなかったみたいだ。


「ヨナタンおじさんと、私達で作った蜂蜜を入れたパンです。シロツメクサの花の蜜なんです。良かったらどうぞ。差し上げます。」

「駄目だよ。そんなの。ちゃんとお金を出して買わせてもらうよ。」

蜂蜜作りもいろいろ大変なのはよくわかっている。

私はカーテローゼに銀貨を一枚渡した。

「まいどありー。」

と言って、デイム・クリューガーが二つハチミツバターロールを渡してくれた。


「ミツバチの天敵と言えば熊とスズメバチだけど、この辺りに熊はいないかな。スズメバチはどう?」

「もしも巣を見つけたら、小さいうちにヨナタンおじさんが壊してくれます。でも・・。」

「スズメバチより、アレに困っているのよね。」

カーテローゼとデイム・クリューガーが顔を見合わせて苦笑いした。

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