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《160万pv突破!》侯爵令嬢レベッカの追想  殺人事件の被害者になりたくないので記憶を頼りに死亡フラグを折ってまわります  作者: 北村 清
第六章 伝染病襲来

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エーレンフロイト領の戦い(30)(フランツ視点)

「どの地域だ⁉︎発症したのはどういう人物だ?何歳で、何の職業だ?発症したのは何人だ?」

矢継ぎ早にリヒトは質問した。

声が聞こえたのだろう。屋上からコール医師が駆け降りて来た。顔色は真っ青だった。ブルーダーシュタットの、すぐ隣の領地はローテンベルガー領だ。ブルーダーシュタットに天然痘が出たのなら、ローテンベルガー領にも入り込んでいる可能性はある。

「すみません。年齢、人数は不詳です。発生した場所は花街の色子宿です。」

と医療省の職員は答えた。


色子宿とは、少年男娼が春を売る買春宿の事だ。

「それは厄介ですね。」

とカイが言った。


「そのような場所は守秘義務を盾に出入りしている人間の情報を外に漏らしませんし、そもそも客が本名で通っているとは限りませんから。」

「・・・カイ。おまえ。」

「一般論を申し上げているだけですっ!」

カイが慌てて叫んだ。


私は咳払いした。耳年増そうなジークはともかくコンラートやハルがその意味を知っているだろうか?と思ったが、ハルは

「デリク・・。」

と言って蒼ざめてデリクの腕にしがみついた。

そういえばハルは、ギャンブル狂の父親に花街に売られる寸前だった男の子だ。意味がちゃんとわかっていると思われる。


「不特定多数の人間が出入りする所だからな。花街の人達は大丈夫だろうか?普通の状況でも、あんな場所焼き払えとか、追い出して殺してしまえ。とか言ってる馬鹿がいるんだ。こんな事になったら迫害が強まると思う。需要があるから供給があるってのに、供給側ばっか叩きやがって。子供を自分の所有物と思っている親に売られたり、騙されて借金を背負わされたりして働かされている人達ばっかりなのに。好きでやってる人間もいるんだろ、という奴がいるけれど、そんな人間一人もいないってえの!」

ジークがイライラと爪をかみながら言った。


ジークが懐いているベンヤミン医師は、花街で無料診療をやっているという。ジークも花街に知り合いがたくさんいるのだろう。


「天然痘は完治しても容色を損なうからな。客商売の人間はそうなったら助かっても意味ないだろう。殺してしまえ。って言う奴が絶対出るはずだ。みんなの事が心配だ。」

珍しくくらいジークは感情的になっていた。


「父上、私はジークとブルーダーシュタットへ行って来ます。貴族家の一人息子である我々がその土地にいれば、土地の焼棄はできないはずです。」

「コンラート!」

「私は、きちんとした両親の元に生まれて、父上がお祖母様が財産を使い切ってしまわないよう阻止されたから、普通以上の教育を受けて穏やかに暮らして来られました。人の運命は生まれた家で決まります。私はたまたま幸運だっただけです。ほんの少し運命の歯車が違えば、私だって、そのような場所でそのように生きる事になったのかもしれません。年齢がさほど違わない若者達のいる場所での苦しみを見過ごす事はできません。」


花街で暮らす人間達への共感がコンラートにはあるのだろう。でも、何よりも。ジークの気持ちに共感しているのではないかと思った。二人の関係は今まで、ジークの方が一方的にコンラートに共感し同調していた。でも、今はコンラートもジークの気持ちを思いやっている。


「止めはしない。ただ行くのならば準備が必要だ。ブルーダーシュタットがエーレンフロイト領ほど、伝染病の対策ができている街かはわからない。自分達の食べる物や寝る所の確保もせずに押しかけるのは、むしろ迷惑になる。まずはもっと情報を集める。フランツ。」

リヒトは私の方を振り返った。


「今まで世話になった。私達、医療省とコンラートとジークはブルーダーシュタットへ移動する。」

「何言っているんだ!世話になったのはこちらだ。食料や綿布なども可能な限り用意する。梅酒も持って行ってくれ。病気もだが、混乱する人心こそが脅威だ。どうか気をつけてくれ。」

それから私は、コール医師に言った。


「コール君も本当にありがとう。でも、ローテンベルガーに戻ってくれ。そして、港湾など水際で働く人達に種痘の接種をしてあげてくれ。君から受けた恩は決して忘れない。必ずこの恩は返すから。」

「はい。」

コール医師は頷いた。決して長い期間ではなかったが、同じ苦境を過ごして来た。友人を見送るような淋しさを感じた。


「コースフェルト領のベンヤミンを回収して行ってもいいですか?彼は、花街の人間からの信頼が絶大だから。」

とジークが聞いた。エーレンフロイト領には、エデラー以外にも医師はいる。彼らを代わりにコースフェルト領へ派遣すると約束した。


「リヒト。今の流れで言いにくいのだが、ラーエル地区に発症者が出た。」

私は、ラーエル地区での状況を説明した。


「・・そうか。」

「小さな村だから、村民全員に種痘を接種すれば封じ込められると思う。エデラーに行ってもらうつもりだ。」

「わかった。途中の道だし、私も様子を確認する。フランツはどうする。」

「勿論、私も行くさ。」

「なりません。フランツ様。」

とカイに言われた。


「ラーエルには私が行きます。フランツ様はここに残って日を過ごし、終息宣言をお出しください。そして、王都へお戻りください。ラーエルでの指示は私にでもできます。しかし、国王陛下に直接会って状況を説明するのはフランツ様にしかできません。起きた事柄を説明し、今後の支援を取り決めるという仕事がフランツ様にはあります。それを先延ばしにすれば、王都の貴族達からもっとひどい嫌がらせや圧力をかけられるかもしれません。フランツ様は王都へお戻りください。」

「・・・カイ。」


確かにその通りだと思った。

高熱と痛みに苦しむ人の手を握り、膿疱に消毒薬を塗るという支え方もある。だがそれ以外にも病人を支える方法はある。私には私にしかできない事をしなくてはならない。

ゲルハルトのした事を告発しなくてはならないし、エーレンフロイトでの治療をロールモデルとして、政府に報告する事で、他の地域の人の助けになれるかもしれない。

ゲルハルトによる嫌がらせが失敗した以上、次なる攻撃が王妃派貴族からあるだろう。エーレンフロイト領を守る為、それを王都で迎え打つ。エーレンフロイト領を守る為の戦いは王都でもできるのだ。


「頼んだ。カイ。」

「おまかせください。」


それから私達は急いで行動をした。私とカイはラーエル地区の為に。リヒト達はブルーダーシュタットの為に。

翌日リヒトやコンラート、ジークにカイ、エデラーは船で旅立って行った。


「閣下。最後に一言言わせてください。」

とジークは旅立つ前に言った。


「侯爵夫人に『私、赤ちゃんができたの』と言われても、『だと思ってた』って言っちゃダメですよ。」

「言わないよ!」


いや、もしかしたら言ってしまっていたかもしれない。ジークの言葉は心に刻んでおこう。


「・・あの。」

とハルが、コール医師に話しかけていた。


「ブルーダーシュタットで伝染病が流行ったら、海沿いの街は物価が上がって生活が苦しくなるかもしれないけれど、もしそうなったらブドウの種を売ったらいいと思います。レベッカお嬢様がブドウの種を欲しがってました。」

その言葉に私は首をひねった。

レベッカがそんな物を欲しがっている?

そうだとしても、簡単には売ってもらえないだろう。良質のワインを作り出す為にローテンベルガー家では研究に研究を重ねブドウの品種改良をしてきたはずだ。それに


「うちの領地はブドウの栽培に向いていないから、種を買っても育たないよ。」

ブドウはある程度の標高がある場所の方が作るのに向いている。それに、日中の寒暖差がある場所の方がおいしく育つのだ。エーレンフロイト領は、丘も山も少なく標高が低い。寒暖差も少なく冬も暖かい。だから果物はレモンを多く植えている。


「ブドウの種を搾ると油が取れるんだそうです。」

とハルが言った。


「ナッツのようにこうばしくて、果物の甘い香りがする油でバターの代わりにお菓子に使うととってもおいしいらしいです。なのでお嬢様は、別邸の畑でブドウを植えたいって言ったのですけれど、農学科のお姉さんが王都の立地や気温ではブドウを作るのは難しいって言ったんです。別に種が欲しいだけでおいしいブドウを作る必要はないから、とお嬢様は言ったのですけれど、夏に雨の多い王都ではブドウが病気になるから無理だって言われちゃいました。それでブドウの種が欲しいなら、ワインを作っている領地にもらえばいいって勧められたんです。果汁を搾った後、種を捨てているだろうからって。だから、もしお金が無くなったらレベッカお嬢様やユリアーナさんにブドウの種を売ったら買ってもらえると思います。」


周囲の大人達全員が「へー」と思った事だろう。どこから仕入れてくるのか知らないが、レベッカの知識とお菓子作りにかける執念は底が知れない。

だけど、ハル君。そこまで言ってしまえば尚更種は売ってもらえないよ。苦労して品種改良してきた果実の種は外部に流出なんか絶対させたくないはずだ。たぶんローテンベルガー家は、自分達で油が本当に搾れるか試すだろう。そして本当に搾れたら、油の方を売ると思う。なぜなら。油はとっても高値で売れるから。


「素敵な話をありがとう。」

と言って、コール医師はハルの頭を撫でた。


「皆さんありがとう!」

旅立つ医療スタッフに、エーレンフロイト領の人々と、命を救われたトゥアキスラント人達はいつまでも手を振っていた。ミヒャエラの目には涙が光っていた。


そして、三日後。

私は、天然痘の終息宣言を出した。その日は領都の人間皆でお祭りをした。騎士団に頼んで鹿や鴨を狩って来てもらって皆に振る舞い、惜しみなくレベッカが購入していた蒸留酒を配った。

楽器を弾ける者が楽器を弾いて、子供達は歌を歌った。家族や友人を失い悲しい思いをしている人もいるだろう。将来に不安を感じている人もいるだろう。でも今日だけは、皆で歌い踊り楽しいひと時を過ごした。


そして私もついに王都へと戻る事にした。

王都へは船に乗って海と河を使って帰る。陸路を行くより時間がかかるが、キルフディーツ領周辺が無法地帯化していて危険なのと、運ぶ物が大量にあるので、船にしたのだ。


実はエーレンフロイト領は今年の納税をまだ済ませていない。税はお金だけでなく品物でも支払う。レモンやベルガモットといった果物。その皮から採れる精油。塩。蜜蝋と蜂蜜などだ。

更に、王都周辺の領地から要求された食べ物も運ばなくてはならない。私はもち米と大量の魚の干物を船に積み込んだ。

その為運ぶ船は大きく頑丈でなくてはならない。海の途中で転覆したりしたら大惨事になる。それに正直、王妃派貴族の事が一切信用できない。ならず者を雇って、海賊のフリをし襲ってくるくらいするかもしれない。


なので、レーリヒ商会に頼んで蒸気船を出してもらった。蒸気船なら丈夫だし早いので、海賊に攻撃されても逃げ切れる。それでも一応用心の為、エーレンフロイト家は陸路を使って王都へ帰る。と噂を流しておいた。


騎士団の三分の一を護衛として同行させ、残る者たちに

「天然痘に感染した人達とトゥアキスラント人が差別を受けないよう見守ってくれ。」

と頼んだ。


医者や看護婦達、そしてミヒャエラには

「もし、また領都やその周辺の村で天然痘が発生したら患者達の事をよろしく頼む。その時には私もすぐまた戻って来るから。」

と言った。


「道中お気をつけて。」

「奥様やお嬢様方にもよろしくお伝えください。」

領地の皆が、船に乗り込む私に手を振ってくれる。


船がゆっくりと港を離れて行く。私もいつまでも領地の皆に手を振り続けた。

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