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エーレンフロイト領の戦い(29)(フランツ視点)

「娘に返事を書いたら、あの新聞記者さんは届けてくれるでしょうか?」

とコール医師は聞いた。

「ああ、きっと届けてくれるよ。」

と私は答えた。


階下に降りると、ジークレヒトにばったり出会った。ジークレヒトは髪が長く伸びてきていて、後ろで一つに結んでいる。こうしていると確かに女の子に見える。いや、むしろ女の子にしか見えない。

「どうかされましたか?」

あまりにも長く見つめていたからだろうか?ジークレヒトにそう聞かれた。


「いや・・ヒルデブラント領って、家臣達の仲はどんな感じなんだ?」

「ええ、そりゃあもう普通に。」


そうか。普通なのか。


「死ぬほど仲が悪いです。」


『普通』の意味が違った!


「・・え、『普通』に『仲が悪い』のか?」

「僕はエーレンフロイト領に来るまで、家臣同士の仲が良い領地が存在するというのは都市伝説だとばっかり思っていましたよ。こんな『普通じゃない』領地ってあったんですね。」

うんうん、とうなずきながらジークレヒトが言った。

「うちの領地なんてねえ。まず、『現侯爵派』と『前侯爵派』がいるでしょう。で、『前侯爵派』は『長女のゲオルギーネ派』と『次女のルドルフィーネ派』に分かれてて、ゲオルギーネとルドルフィーネは、それぞれの夫と仲が超悪いし、あの二人見てると三女のヴィルへルミネと僕の父親夫婦がラブラブに見えてしまうくらいですよ。」

「そんなに仲悪いのか?」

「ゲオルギーネと夫は子育てで揉めてるんですよ。ゲオルギーネは娘を厳しく躾けたい。正直修道院にでも放り込んでやりたいと思っているのに、夫は限りなく甘やかすんです。お互い意地になっていて、もはや娘に対する態度が極端の極みですね。ルドルフィーネの夫は現実の女性は汚くて臭いから嫌い、と言っている人形性愛者です。夫婦の双方がお互いの事を心の底から気色悪いと思っています。」


思ったより遥かに闇が深かった!


「いつも、どこかで誰かが揉めていてにぎやかですよー。しばらく顔を見ない家臣がいると死んだかな?って思いますもんね。父上が時々全てを放り出して行方不明になる気持ちがよくわかります。」


あー、確かにちょっとわかるかも。褒められた話ではないとはいえ。


「閣下。ジーク。どうかされましたか?」

話しているとコンラートも寄って来た。


「んー。今、コール医師にここの領地は家臣の仲が良いですね。と言われてね。ヒルデブラント家はどんな様子なのか聞いていた。」

「確かに、それは自分も思います。家令のカイ殿と騎士団長が仲が良くて、よく協力し合っておられますね。それぞれの部下も上の者に従順ですし。カイ殿と騎士団長のどちらに伝達しても、きちんと全体に話が繋がるので、組織として素晴らしいと思います。伝染病がこれだけ見事に抑え込めたのは、まるで一つの人体のように各部署が協力し協働し合えたからだと思います。」


・・そうなのか?

というか今の話の流れからすると、もしかしてシュテルンベルク家は家令と騎士団長の仲が悪いのか?


「ガルトゥーンダウム家や、エーベルリン家ってどんななのだろう?」

「もー、何言ってんですか、閣下。仲が最悪に悪いに決まっているじゃないですか?きっとハインリヒもゲルハルトも、王都に戻ったら親戚内のアンチに死ぬほど叩かれますよ。とゆーか死んで欲しいですね。」

ジークレヒトがゲラゲラ笑いながら言う。


「彼ら以外の誰かが、エーレンフロイト家を貶める事に成功したら失敗した彼らはずっと日陰の身でしょうし、エーレンフロイト家が誰にも貶められなかったら戦犯にされますし、どちらにしても将来は暗いでしょう。仲が良い領地の人間は失敗しても、フォローし合いますが、仲の悪い領地の人間は足を引っ張り合いますから。」

コンラートも真面目な顔をして言った。


「天然痘が国中に蔓延したら、とか考えたくないけど、もし蔓延したら領地は二極化するだろうなあ。助け合って団結力の強くなる領地と、醜さを露呈し合って後々禍根を残す領地。」

「このような事を言うと不快に思われるかもしれませんが、エーレンフロイト領に天然痘が発生して、私達には勉強になりました。どのように行動する事によって被害が最小限に抑えられるのか、これ以上にない手本を間近で拝見させて頂きました。見習いたいと思います。」

「まー、真似をしたくても、うちの領地で出来るかはわかんないですけどね。粛正とかしないと無理かもなあ。」


ジークレヒトとコンラートが、それぞれに感想を言い合う。

褒められているけれど、なんか微妙な気分だった。疫病はヒンガリーラントの権力構造に地殻変動を起こすかもしれない。それは多分、恐ろしい事なのだ。

というか、ジークの発言物騒だな。


まあ、天然痘が国中に蔓延するかどうかはわからないけれど。なのに心配しても意味がない。とにかく、目の前の問題にだけただ向き合っていかないと。

そう思っていたら。

カイが私達のいる所に駆け込んで来た。


「フランツ様!領地にまた天然痘が出ました!」


私はギョッ!となって叫んだ。

「どこにだ⁉︎領都内か?近隣の村か⁉︎」

コンラートとジークレヒトも、真剣な顔をしてカイの言葉を待つ。

「ラーエルです!」

とカイは言った。


『ラーエル地区』

領都からは遠く離れた、飛地の領地だ。ブルーダーシュタットのすぐ隣にある。一年前、『漆黒のサソリ団』を捕縛した土地だ。


「あの土地には、三つの村があるはずだ。出たのは一つか?それとも・・。」

「今のところ一つです。三つある村の中で一番小さな村です。16日の間に村を訪ねて来た外部の人間はいません。ただ、発症者は猟師の兄弟で、10日前に鹿を狩り、解体した肉をブルーダーシュタットに売りに行っています。」


という事は感染元はブルーダーシュタットの街という事か?

私はぞっとした。王国第二の人口の都市。王国の玄関口とも言える街に天然痘が入り込み広がっているという事だろうか?


「ブルーダーシュタットで、どこに立ち寄ったのかはわかるか?」

「いいえ、既に高熱で意識が朦朧としており会話はできないとの事です。ただ、村人にブルーダーシュタットでの買い出しを依頼されて、複数の場所を巡ったようです。翌日になって戻って来たとの事なので、宿泊施設や食堂にも行ったはずです。」

「父上に報告してもかまいませんか?」

とコンラートに聞かれた。


「もちろんだ。私も行こう。」

私達はリヒトを探した。リヒトはデリクに取材を受けている最中だった。


「リ・・。」

と声をかけようとしたところ。


「閣下ー!」

と叫びながら医療省の職員が駆けつけて来た。


「どうした?」

と言ってリヒトが振り返る。

「ブルーダーシュタットで、天然痘が出ました!」

その言葉に皆が息を飲んだ。


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