エーレンフロイト領の戦い(20)(フランツ視点)
ヴァイスネーヴェルラント人とジークレヒトが出て行った後、今度はイザークとの商談が始まった。
と言っても、レベッカが出版に関係している本の原稿料を受け取るだけだが。
「いつも、レベッカ様に直接お渡ししていたのですが、今はヒンガリーラントの王都に入れませんのでこちらにお持ちしました。昨年の後期半年分の原稿料です。どうぞ、お納めください。」
そう言われて差し出された袋は大きく、三袋もあって、ものすごい枚数のヒンガリーラント金貨が入っていた。
「確かに受け取った。」
と私は落ち着いた声で言ったが、内心では「えーっ!」と思っていた。領館で働く人間十ウン人分の年収に匹敵する。
カイもリヒトも驚いていたが、一番びっくりしていたのはハインリヒだろう。目玉がこぼれ落ちそうなほど目を見開いていた。
というか、去年の前期分よりはるかに多い。
なぜだ?もしかしてレベッカが前期の収入を過少申告していたのか?
「・・前期より多いな。」
「後期に出版した『お仕事図鑑』が売れに売れましたから。『数の絵本』のシリーズも順調に売れております。こちらは『数の絵本』シリーズの新作です。どうぞ。レベッカ様への献本になります。お納めください。」
新しい本は『鳥の絵本』と『湖の絵本』だった。
雀や文鳥などがのった『小鳥の絵本』というのは既にあったはずだが、『鳥の絵本』は、ニワトリやハヤブサ、白鳥にペンギンなど『勇者ブラウン・シュガー』シリーズに出てくる鳥達がのっているようだ。『湖の絵本』の方には、マスやザリガニ、カエルと言った生き物達がのっている。
「それと、こちらはレベッカ様が孤児院の子供達の為に書かれた物語『三つのお願い』を本にしたものです。レベッカ様が作られた話では子猫の姉弟の名前は『レベッカちゃんとヨーゼフ君』でしたが、本にするにあたってエーレンフロイト侯爵夫人が名前を変えて欲しいとおっしゃられましたので、『ミャーちゃんとニャオ君』に変えさせて頂きました。こちらもどうぞお納めください。」
「・・ありがとう。」
描かれている絵はいつも通り、アレクサンドラ男爵の養子という人が描いているようである。
娘の作家活動は順調なようだ。こんな時代でも、いやこんな時代だからこそ本が売れるのだろう。
「ひょうたん半島のホテルでは、隔離期間中暇を持て余して困っている人もいるらしい。小さな子供達もいるし、この本を見せてあげよう。他にも何か本があるだろうか?」
と聞くと、嬉しそうにイザークはカバンから本を取り出した。
「『勇者ブラウン・シュガーの冒険』シリーズの最新作、『ブラウン・シュガーと孔雀大王の野望』です。シリーズ最高傑作との呼び声も高い感動作です。」
感動要素の乏しそうな題だが、『感動作』というからには感動作なのだろう。
「でも四作目だけ読んだら、初めて読む者には世界観がわからないのではないだろうか?」
「前三作も持って来ております。もし良ければご一緒にどうぞ!」
商人の用意は周到だった。
私は孤児院の子供達と、ひょうたん半島の人達の為に四作を二冊ずつ購入した。更にレベッカとヨーゼフへのお土産に、四作目だけ余分に二冊買った。
カバンの中には他にもいろいろな本があった。
その中で特にクラリッサ・バウアーが勧めて来たのは『東行記』という旅行記だった。『旅行記』が読んでみたいと言ったレベッカの為に旅行好きな作家達何人かに執筆を依頼したという。だが、今までに無かったジャンルの物語だ。書いてくれた作家は一人だけだった。その作家が書いたのがこの『東行記』だという。
10代の頃、骨董商をしていた叔父と一緒に東大陸を旅した時の驚きや衝撃をまとめた本で、美しい風景、優しい人々、衝撃的な料理、衝撃的な祭り、衝撃的な病院での治療などについて書いてある、爆笑必至な本だという。
「グラハム博士がおっしゃるには、人は笑うと免疫力が上がって病気になりにくくなるそうです。ひょうたん半島にいる濃厚接触者の方々と、王都のレベッカ様にいかがでしょうか?」
と熱くプレゼンされた。
免疫力云々よりも、ヴァイスネーヴェルラントでグラハム博士がどのように過ごしているのかの方が気になった。
今夜の夕食にでもヴァイスネーヴェルラントの人達を誘ってゆっくり聞いてみたい。
カバンに入っていた本の中に、アレクサンドラ男爵のペンネームが書いてある本があったのに、なぜかそれは勧められなかった。
同席しているリヒトの機嫌が明らかに悪いので、空気を読んだのかも知れなかった。
「本を出すというのはそんなにも儲かるのか⁉︎」
声を少し震わせながらハインリヒが聞いた。
「内容にもよりますが、当たれば大きい事は確かでございます。」
とクラリッサが言う。
ハインリヒが「ふっ」と笑って前髪をかき上げた。
「サロンで発表する私の詩は、皆が感動してご婦人方は涙を流すほどだ。おまえ達の出版社で出版してやってもかまわないぞ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
とイザークがいい笑顔で言った。
「新人作家が当社で出版する第一作は、自費出版でというルールになっておりますので、印刷料をお支払い頂ければ喜んで印刷製本致します。エーレンフロイト侯爵令嬢が一番最初に作られた『数の絵本』も『お仕事図鑑』も、まずは自費で出版されたのですよ。しかし、大変な人気が出て増刷に次ぐ増刷となりました。彼女の成功はヴァイスネーヴェルラントでも有名で、たくさんの子供達がレベッカ様に憧れております。当たれば大きい夢のある仕事、それが本作りです。新しい才能は常に歓迎しております。ぜひ、本を自費出版される折には当社をご利用ください。」
さすが商売人。愛想良い態度でばっさり切り捨てた。私の後ろで、カイが笑いを堪えている。
「もうお話も終わったようですし、わたくしが話しても宜しいでしょうか?」
ダニーがハインリヒの駄弁を強制終了させた。




