出会いと再会
アカデミーに入学する前に、お母様に何度も言われた。
「アカデミー内では、全ての生徒が身分に関係なく平等な立場である、とされていますがそれはあくまで建前です!目上の人間には、絶対に失礼な態度をとらないように‼︎」
で
「あなたより目上の人間は何人もいますが、『初等部』や『高等部』の方達とは、学舎が全く違うので顔を合わせる事はほとんどないでしょう。『中等部』であなたより目上の立場の方は二人、まずブランケンシュタイン公爵令嬢エリザベート様です」
なんか迫力のある名前だ。死体をつなぎ合わせて化け物を作り出した、マッドサイエンティストを彷彿とさせる名前である。
ちょっと怖い。
「その、フランケンシュ・・・。」
「ブランケンシュタインです!公爵家の、しかも宰相閣下の名前を間違えないで‼︎」
「その、ブランケンシュタイン様というのが国王陛下の姪なんだよね。」
「そうです。公爵夫人でもあられる国王陛下の妹君のフリードリア様は、女性の地位向上や女性の教育に大きな関心を向けておられるのです。それで、どうやらそのフリードリア様が、あなたのアカデミー入学を希望して国王陛下に進言をされたそうです。」
「ちっ。」
「舌打ちをするんじゃありません!はしたない。」
「はーい。」
「エリザベート様は、そのフリードリア様と宰相閣下の間に生まれた一人娘です。間違っても無礼な態度をとらないように。」
「わかりました。そのつもりです。」
「それと、もう一人。ヒルデブラント侯爵家のジークルーネ様です。彼女の生家はうちと同格の侯爵家ですが、彼女の母親は先先代国王の孫娘、つまり彼女はエリザベート姫やルートヴィッヒ殿下のまた従姉妹になるんです。それに彼女はあなたより1つ年上なのですから、敬意を持って接するように。」
「わかりました。『総統』だろうと『じーちゃん』だろうと、呼べと言われた呼び方で呼びかけます。」
「ジークルーネ様と呼びなさい!そもそもアカデミー内では、生徒の立場は平等という事になっているので、身分の上下に関わりなく、皆名前に『様』をつけて呼び合うのです。」
私は校長室に入って来た二人の少女を見た。
一人は金色の髪に琥珀色の瞳。
もう一人は栗色の髪に紫色の瞳をしていた。
ジークルーネとは面識があるので、紫色の目をした少女の方が彼女だとすぐにわかった。幼い頃と同様、いや、それ以上に彼女は美しかった。
実際に計測したわけではないから、たぶんなのだが、ジークルーネの顔のパーツは白銀比なのだ。
白銀比は、地球の東洋人が最も美しいと感じる数学上の比率であり、大概の仏教美術における仏さんの顔はこの比率で描かれている。
もう一人の少女は美しいというより、可愛い系の顔だった。
見事な杏眼の持ち主で、ずっと見ていると吸いこまれてしまいそうなほどの輝きを放っている。
何というか、独特のオーラがあるのだ。思わずたじろぐほどの。
実際、私はたじろいでいた。
きっとこの、目がデカくてまつ毛バシバシの女の子がエリザベート様なのだろう。
将来私を殺しに来るかもしれない、殺人犯候補である。
できる限り関わりたくないし、顔を合わせたくないと思っていたのに初日にエンカウントしてしまうとは・・・。
「レベッカ様を、迎えに来ましたの。寄宿舎まで案内してさしあげようと思って。」
とエリザベートが言う。
「おお、なんとお優しい。」
と、校長が感激していた。
ちなみに、校長は初老の男性で、副校長は中年の女性だ。
「歓迎しますわ。アカデミーへようこそ。エリザベート、フォン、ブランケンシュタインですわ。」
「美しい午後の日です。ブランケンシュタイン様。温かい言葉に感謝します。よろしくお願い致します。」
とは言ってみたが、内心では心臓バクバクだ。
案内すると言っているが、校舎の裏とかに連れ込まれたらどうしよう。
ユーディットが一緒とはいえ、向こうも二人いるのである。
私はジークルーネの方に視線を移した。
この人は、私の味方だろうか?どうだろうか?
この人は殺人犯ではないけれど、エリザベートと連れだっているという事は、エリザベートと仲が良いのだと思われる。
「久しぶり、レベッカ姫。ご機嫌麗しゅう。」
と、ジークルーネが言った。正直全く『ご機嫌麗しくない』のだが
「お久しぶりです。ジークルーネ様。美しい午後の日です。」
と言っておいた。
「懐かしいね。」
とか
「会えて嬉しいです。」
とは言わない。向こうも言ってないし。
「部屋へご案内しますわ。こちらへどうぞ。」
と、エリザベート様がのたまわったので、私は校長と副校長に挨拶して先輩二人の後ろをついて歩き出した。さらにその後ろを、ユーディットが歩く。
寄宿舎は、校舎から高い塀一つ越えた場所にあって、三階建ての建物だった。
「寄宿舎は、二人部屋なんですよ。」
と、エリザベート様が仰った。
「同室の方とは仲良くしてくださいね。」
それは相手の性格による、と心の中で考えた。
てくてくてくてく。
「そういえば、ジークの婚約者とレベッカ様は親戚なのよね?」
とエリザベートが言い出した。
この発言、疑問形だけど、私とジーク様のどっちに聞いているのだろう?
ジークルーネが返事をしないので
「はい。そうです。」
と、私は返事した。
「シュテルンベルク小伯爵って、どんな人?」
と、重ねて聞いてくるエリザベート。
やっぱり黙っているジークルーネ。
仕方なく答える私。
「男性です。」
・・・・・。
わかってます!
そんな事聞いてるわけじゃないって‼︎
だけど、答えようがないじゃない。ジークルーネの前で、私達仲良いんですよ、アピールなんかできないし。ディスるわけにもいかないし!
だいたい質問の意図がわからない。
婚約者のいる男に興味を持ってどうするんだ。
そもそも、本当に興味があるのなら、婚約者であるジークルーネに聞けばいいじゃないか?わけがわからん。
私達は、寄宿舎の中に入った。
入り口からすぐの場所に大きな階段がある。
しかし、エリザベートとジークルーネは階段をスルーし、廊下の方へ歩き出した。という事は、部屋は一階なのだろう。
ラッキー。
と、心の中で思った。
エレベーターもエスカレーターも無い世界。そこで部屋が最上階だと、無駄に疲れる。
それに、いざという時に一階なら窓から逃走とかも可能だ。
ちなみに、『いざという時』というのは、18歳を待たずにエリザベートや、この寄宿舎内のどこかにいるであろうコルネリアやユリアーナに殺されそうになった時。という意味である。
なのにだ!
ユーディットが
「あの、部屋は一階なのでしょうか?」
と、少し不満そうな口調で前を歩く二人に言ったのだ。
余計な事は言わないでほしい。
「ええ、そうよ。他に部屋が空いていないから。」
とエリザベートが答える。「なら、上の階にする?」とか言われなくて良かった。過去世の事があるから、階段はトラウマなのだ。
「他に何か、質問はあるかしら?」
とエリザベートが言った。
「あなたの好きな、人の殺し方は?」
と、すごく聞きたいが、まさか聞くわけにもいかないので
「どんなスポーツがお好きですか?」
と聞いてみた。
返答次第で、今後殺されそうになった時の、傾向と対策を考えられるかもしれない。
「そうね。乗馬が好きよ。」
とエリザベートは言った。
そうか。馬に蹴られないように用心しておこう。
「レベッカ様は乗馬はお好き?」
「した事ないけど、興味はあります。」
「そう。でしたら、私が主催している乗馬クラブに入らない?」
「・・・はい。ぜひ。」
一瞬悩んだのは、この人に近づきすぎると、地雷を踏む可能性も高くなるのでは?と思ったからだ。
しかし、それ以上に乗馬は魅力的だった。
だって、急いで逃げなくてはならなくなった時、自分が走るよりも馬に乗って走る方が格段に速いのだから。
「私は剣術よ。」
とジークルーネが言った。
いや、別にあなたには聞いてない。と、思いつつも物騒な趣味だな、と思った。
「興味あったら言ってね。教えてあげるから。」
「はい。お願いします。」
と、一応言っておいた。
その後もてくてく歩く事数十歩。
「ここが、あなたの部屋です。」
とエリザベートが言った。