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エーレンフロイト領の戦い(18)(フランツ視点)

その言葉を聞いた瞬間、ハインリヒの顔に歓喜の表情が浮かんだ。


「どこからだ?」

と私は聞いた。

「ブルーダーシュタットです。レーリヒ家の船で、当主のダニエル・レーリヒ氏が乗っていますが、ヴァイスネーヴェルラントの使節団もご一緒です。ギルベルト・イステル氏も乗船しています。乗っている者達は、全員種痘接種済みとの事です。」


早い!


ヴァイスネーヴェルラントに使者を送ったのは、11日前だ。それでもう駆けつけてくれるなんて、使者はよっぽど急いでくれたのだろうし、ヴァイスネーヴェルラントの人々も急いで駆けつけてくれたのだ。


「どういう事だ⁉︎なぜ、ヴァイスネーヴェルラントからエーレンフロイト領に使節団が来るのだ?

ハインリヒが目を白黒させている。

その後、はっ!とした顔をして、そしてにやぁっと笑った。


「おまえ今、ヴァイスネーヴェルラントの使節団も種痘接種済みと言ったな。おかしいではないか?種痘はヒンガリーラントの財産であるのに、それをヴァイスネーヴェルラント人に接種するなど。どういう事なんだ、侯爵?」


どうして私が、ブルーダーシュタットの医療活動にまで責任を取らされるんだ?と思ったが、それは言わず

「ヴァイスネーヴェルラント人相手なら問題無い。種痘に対する権利の一割は、ヴァイスネーヴェルラントの女男爵アレクサンドラ男爵が持っておられるのだから。」

と答えた。

「どういう事だ⁉︎」

「ヒンガリーラントが有している種痘の権利は全体の九割だ。残りの一割はアレクサンドラ男爵が所有している。」

「そんな話知らないぞ!どうして、あんなど田舎の弱小国のしかも女が、そんな物を持っているんだ⁉︎」

「グラハム博士の救出計画のリーダーが、女男爵だったからだよ。口を慎め。爵位を持っていらっしゃる以上アレクサンドラ男爵は、おまえよりも上位者だ。」


ついでに言うと私にも敬語を使えよ。と思う。私は一応侯爵だし、おまえよりも年上だし、タメ口を許すほど親しくもないのだから。


「どう言う事だ。俺は聞いていない!」

とハインリヒが叫ぶので、


「医療省はもちろん、国王陛下もご存知の事だ。それを知らされていないって、おまえ陛下や司法大臣に信頼されていないのではないか?」

と私は言ってやった。ハインリヒが青筋をたてる。


「その使節団が何の用事だ。極小国とはいえ、一応国家だ。それなのにこんな、辺境の領地に使節団を送って来るなんて⁉︎」

「外国からの亡命者に、国家所有の種痘は使えないから、アレクサンドラ男爵と直接取引して売ってもらう事にしたんだ。お呼びしたのは秘書のイステル氏だけだが、使節団を送り込んだという事はそれだけヴァイスネーヴェルラントにとって、女男爵が重要な人物だという事だろう。カイ、ひょうたん半島のジークレヒトにヴァイスネーヴェルラントから遣いが来たと伝えてくれ。」


ジークレヒトの名が出るとハインリヒは真っ赤になって怒った。

「どうして、あのクソガキの名前が出て来るんだ!」

「・・・え?知らないのか?アレクサンドラ男爵は、ヒルデブラント侯爵の実の妹だぞ。貴殿はもう少し本を読んだらどうだ?」

「本にそんな事が書いてあるのか⁉︎」

「本当に、何も知らないんだな。アレクサンドラ男爵は高名な作家で、たくさんの作家賞を受賞されたから、ヴァイスネーヴェルラントから男爵位を賜ったんだ。立派な方だよ。」

「ふん、そんな有名な作家を名字ではなく名前呼びか?その女男爵と個人的に親しくしているのか?妻は知っているのか?」

「アレクサンドラ男爵は、私と同じ年で幼馴染だ。妻とも友人で、私達の結婚式にも参加してくれた。魅力的な方だよ。ジークレヒトは彼女と性格がそっくりだ。」


そう言うとものすごく、ものすごくハインリヒは嫌な顔をした。


「すぐに、領館内にお呼びしてくれ。」

と私はカイに言った。


「何を話し合うつもりか、裏取引や密輸をしてないか、俺も同席して確認させてもらうからな!」

とハインリヒが言ったので

「自由にどうぞ。」

と返事をしてやった。


私は領館内の広間で、来客達を迎えた。

ひょうたん半島にいたリヒトやコンラート、ジークレヒトも駆けつけて来た。


更にコール医師も一緒にやって来た。コール医師の故郷、ローテンベルガー領の領主夫人は元アズールブラウラント人だ。なので、種痘を求めて領主夫人を頼り、亡命して来るアズールブラウラント人がいるかもしれない。

コール医師に領を代表して交渉する権限は無いが、後々何かあった時の為にヴァイスネーヴェルラント人達と顔つなぎをしておきたいので契約交渉を見学させて欲しいと、前から頼まれていたのだ。


ヴァイスネーヴェルラントから来た人々が私に挨拶をする。ヴァイスネーヴェルラント人の中で最も位が高いのは、穀物大臣をしているというアルネストロート伯爵夫人のようだ。年齢は、私やリヒトより少し上であろうか。他に、王宮勤務の近衞騎士や弁護士が同行していた。


そして、一番最後に平民のギルベルト・イステルが挨拶をした。

私は「あー」と思った。

認めたくはないけれど、これはコンラートが負けている・・・。


ギルベルト・イステルはすごく清潔感のある美青年だった。切り揃えられた金色の髪に、彫刻のように整った目鼻立ちをしている。

小説家の秘書をしているだけあって、知的な雰囲気があり、名門ヒルデブラント家で働いていただけあって、香り立つような品があった。

表情は優美で、麗人独特の冷ややかさが無く、少年のようなあどけなさと大人の色気を併せ持っている。


こんな美男子を、若い娘が暮らす館で働かせたら駄目だろう!ヒルデブラント侯爵っ!


残念ながら、二ヶ月以上ひょうたん半島でせっせと働いているコンラートは、疲れが溜まっているのか顔がやつれているし、前髪も襟足も伸びてボサボサ感が否めない。騎士として鍛えている肉体も雰囲気も、若い娘の目には粗野に見えるかもしれない。

それに何と言ってもコンラートには愛想が無い。人に媚びない態度は、孤高であり貴族的でもあるが、若い娘が好むのは当然、ギルベルト氏のような笑顔の爽やかなタイプの方である。


コンラートが目つきが悪いのはいつもの事だが、リヒトのギルベルト氏を見つめる視線はまるで剣のようだ。

あのジークレヒトが居心地悪そうにしているくらいだ。

ハインリヒも何やらギルベルト氏に対抗心を燃やしているようだが、はっきり言って勝負にならない。ギルベルト氏を見た後ハインリヒを見たら、すごく頭の悪そうな醜男に見える。


「再びお目にかかる事が出来まして光栄の極みでございます。」

と言って、ダニエル・レーリヒが頭を下げた。


「ああ、久しぶりだな。レーリヒ君。」

と私が言うと

「恐れ多い事でございます。どうか、私の事はダニーと名を呼び捨てになさってください。」

と答えた。


吹き出さなかった私の事を誰か褒めて欲しい!!!

ハインリヒがものすごい眼光でレーリヒ氏を睨んだが、レーリヒ氏にはわけが分からない事だろう。


あと二人ほど知っている人間がいた。ヴァイスネーヴェルラント人で出版社で働いている、イザーク・バウアーと姪のクラリッサ・バウアーだ。


ありとあらゆる感情のるつぼの中で、話し合いが始まった。


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