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《155万pv突破!》侯爵令嬢レベッカの追想  殺人事件の被害者になりたくないので記憶を頼りに死亡フラグを折ってまわります  作者: 北村 清
第六章 伝染病襲来

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エーレンフロイト領の戦い(16)(フランツ視点)

「遅い!」

と思わずジークレヒトに言ってしまった。ジークレヒトは悪びれもせずに言った。

「いやー、なんとミッフィー君は、僕の叔母様が書いた本のファンだったんですよ。おかげで話が弾んじゃって。」

「・・ヴァルトラウト令嬢は、まだ18歳だったよな。」

「もー、閣下ったら。叔母様は何も20歳以下は読んではいけない話ばっかり書いてるわけじゃないですよ。」


「ミヒャエラ・フォン、ヴァルトラウトと申します。高名なヒンガリーラントの医療大臣にお会い出来、幸甚の至りでございます。」

と言ってミヒャエラは頭を下げた。顔も声も間違いなく少女だが、ミヒャエラは少年のような服を着ていた。髪も少年のように短い。


「案の定ミッフィー君は、アントニアの夫の娘だそうです。」

そんな情報今聞かされても困る。

「ちなみに髪が短いのは、天然痘患者の皆さんに解熱薬を買ってあげる為切って売ったそうです。」

ジークレヒトが他人の個人情報をダダ流しする。


立派な娘さんだ。とリヒトは思った。

苦しむ患者達の為に髪を切り、ハインリヒみたいな奴を診察してくれようとしている。こんな若い女の子を耐性菌になど晒したくなかった。リヒトは胸が苦しくなり下を向いた。そしたらジークレヒトが口を尖らせた。


「やだなあ、そんな眉間にシワを寄せなくても。別にゆっくり、ふわふわパンケーキを食べて来るくらいいいじゃないですか?ハインリヒが天然痘だったら、これからあいつと会う僕らはあいつと同じ空間で引きこもり生活ですよ。誰もご飯を届けてくれなかったら『最後の晩餐』になるのだから、蜂蜜が滝のようにかかったパンケーキを食べるくらい、いいじゃないですか。」

「おまえ、やたら甘い匂いがすると思ったらパンケーキ食ってたのか?」

「父上。私の前で若い男の匂いを嗅ぐのはやめてください。」

コンラートが嫌そうな顔をして言った。


「ところで、おまえ・・何持ってるんだ?」

とリヒトは聞いた。ミヒャエラは救急箱を、ジークレヒトは大きな袋と斧を持っていた。


「ああ、あれは救急箱です。」

とジークレヒトが答える。

「おまえの持っている物を聞いてるんだ⁉︎」

「患者の安楽死用の斧ですよ。苦しまずに一撃で逝かせてあげられるよう毎晩研いでますからねー。切れ味抜群ですよ。」

ミヒャエラに無礼な態度をとった奴を、殺す気満々でいるらしい。


「まだあの斧は、薪しか割った事ないから安心してください。まだ。」

あまり安心できない事をコンラートが言った。


「・・じゃあ行こうか。」

とリヒトが言うと

「あ、待ってください。これを。」

と言ってジークレヒトが布の袋から布の束を取り出した。中から四人分の、手術着のような肌を覆う服と手袋が出て来た。

「気休めにしかならないかもだけど。」


四人は服を服の上から着て、手袋を嵌めた。更に三角巾をジークレヒトが出したので、鼻と口を覆う。

「・・コンラート。おまえは別に来なくても。」

「私も既に昨日の時点で濃厚接触者です、父上。同行させてください。」


リヒトは、護衛騎士にドアの前に置かれた机や椅子を退けさせた後、後方に下がっているようにと伝えた。ヒンガリーラントの医学生が何人かこちらを遠巻きに見ている。人の気配を感じたのだろう。ドアの内側から

「遅い!何をしていたんだ!」

とハインリヒの怒鳴り声が聞こえた。まだ叫べる体力があるらしい。


「開けます。」

と言ってジークレヒトがドアを開けた。

ドアを開けてすぐの場所はソファーのある居間だった。他にダイニングとベッドルーム、バスルームがあるようだ。

居間のソファーに従僕が座っていた。ハインリヒに殴られたのだろうか。顔を腫らしていた。


ジークレヒトは居間に足を踏み入れ、隣室のベッドルームを覗いた。リヒトも後に続く。ハインリヒがベッドに腰掛けているのを見て、ジークレヒトが眉を吊り上げた!


「てめえ、淑女が部屋に入って来ると分かってるんだから、パンツくらい履いとけや!不快なもんをミヒャエラ令嬢に見せてんじゃねえ。斧で切り落とされたいのかっ!」

「何をだよ?」

とリヒトが聞いた。

「首に決まってるでしょう!貴様、頸動脈断ち切るぞ!」


「大丈夫だよ。ジークさん。」

とミヒャエラは言った。

「自分も医療を志す者です。死体の解剖にも立ち会った事があります。あんな貧相な物に動揺したり興奮したりは致しません。」

穏やかな声だが発言はひどい。


この二人お似合いなんじゃないか?とリヒトは思ったが、もしも二人が結婚したら生まれてくる子供が恐ろしいな、とも思った。


しかし?

これ、天然痘か?


天然痘は、まず水疱が出来るのだ。でも水疱ではなく赤く腫れあがっている。それに、天然痘は顔と手足に多く出る。だが、ハインリヒは全身にくまなく赤いポツポツが出来ていた。痛そうというより痒そうだ。正直見ているだけで、体が痒くなってくる。


ミヒャエラがハインリヒの側に膝をついた。ハインリヒの右手をとり観察する。

そして突然、手袋をとりハインリヒの首に触れた。更に額に触れる。手袋をとってしまった事にリヒトはギョッとした。


「これは・・虫刺されですね。」

「え?」

とリヒトとハインリヒの声が被った。


「蚊やブヨでしたら咬傷が一つのはずですが、二つですのでこれはダニです。昨晩眠られた布団の中に、ダニが大量にいたのだと思います。」

「・・天然痘ではないのか?」

とリヒトはミヒャエラに聞いた。

「初期症状が全く違います。高熱も出ていませんし、天然痘ではありません。ダニです。」

「・・・・。」


「ぶはははは!」

沈黙を破ったのはジークレヒトの笑い声だった。


「ダニって、超ウケる。ぶははっ、最高。いや、最低。ぶはははは!」

文字通り腹を抱えて笑っていた。


いや、笑い事じゃないだろう!

とリヒトは思ったが、ミヒャエラ令嬢も崩れ落ちて震えている。どうやら、笑いを噛み殺しているらしい。


「ダメだよ。ミッフィー君。床にうずくまったら。この部屋汚いから。ダニだらけだから!ぶはははは!」


「き、きさまーっ!」

ハインリヒが顔を真っ赤にして激昂した。


「これはエーレンフロイト家による傷害だ!侯爵も、ホテルの責任者もタダでは済まさないからな!必ず責任をとらせてやる。今すぐ責任者を呼んで来い!」

「あ、責任者は僕でーす。ひょうたん半島にいる人間の中で、とゆーか今この領地の中で、僕より身分の高い人間いないから。ぶふふ。」

「きさま・・!」

「ふふふ、いいですよ。遠慮なく僕の事を司法省に訴えてください。僕は貴族だから、国王陛下の御前での貴族裁判になりますね。もー、遠慮なく陛下に僕のせいで全身ダニに刺されて、特に柔らかくて繊細なところを集中的に刺されて痒かったって言ってください。陛下がどう判断されるのか一緒に聞こうじゃありませんか。わはははは。」


「早く薬を出せ!」

とハインリヒは叫んだ。

「え?天然痘か否かを診察に来ただけですから、虫刺されの薬なんか持ってませんけれど。」

とミヒャエラが答えた。

「ヒンガリーラントでは、虫に刺された時どういう薬を使っているんですか?トゥアキスラントでは、ドクダミをアルコールに漬け込んだ物を塗ったりしますが、ヒンガリーラントにもドクダミは生えていますか?センシティブな場所などはかなり沁みますし、全身に塗ったらかなり臭うと思いますけど。・・ふふ。」

ミヒャエラも最後、我慢できずに吹き出した。


「てゆーか、てめえミッフィー君に診察代払えよ。伝染病の流行は天災と一緒だからという事で、医療費と薬代と医者の給料全部エーレンフロイト侯爵が出してくれているけれど、天然痘じゃなかったんだからふつーに医療費出さなきゃだろ。ほれ。耳を揃えて払え、ほれ。」

ジークレヒトが右手を突き出した。

「馬鹿を言うな!こっちが被害者なのに何で金を払わないといけないんだ。むしろ慰謝料をそちらが出すべきだろうが!」

「おまえがダニに刺された事はミッフィー君には何の関係も無いだろうが。ミッフィー君に相応の敬意を払えよ。とゆーか『診てくださってありがとうございます』と言えよ。人間なら。」

「ふざけるな。馬鹿にしやがって。おまえ達絶対に許さないからな。王国貴族を馬鹿にしやがって!必ず報復してやるからな!おまえ達全員・・・。」


「いいかげんにしろー!」

コンラートが絶叫した。


「貴様、勝手に領地に押しかけて、来客専用の離れが有ると言われたのに勝手にひょうたん半島の中に入り込んで大騒ぎして、周囲を不安と恐怖のどん底に落としておいて何のつもりだ!ここは戦場なんだ。恐ろしい敵を相手に、総司令官であるエーレンフロイト侯爵の元で力を合わせて皆必死になって、戦っているんだ。なのに、侯爵の指示を聞かずあまつさえ侯爵を侮辱し、好き勝手に現場をかき回して、周囲を無力化させようとして、おまえのような奴は軍事裁判にかけられてさっさと処刑されるべきだ。我々は真剣なんだよ。遊んでいるんじゃないんだよ。命をかけて戦っているんだよ!もうこれ以上騒ぎを少しでも起こしてみろ。本当に燃やすからな!」



「あの、小鳥のようにおとなしいコンラートがあんなに怒るなんてな。」

とリヒトが言った。

いや、おまえの息子、おまえが思っているほどおとなしい子じゃないから。

そもそも例えがおかしいから。小鳥って、ピーチクパーチクホーホーホケキョと、やかましい生物の代名詞だから!


「それにしてもジークレヒトの奴め。あいつ、やたら態度に余裕があると思っていたけれど分かってたんだよ。ダニだって!こんな大騒ぎ起こして、あいつ騒乱罪ものだぞ。嫌な奴だからってそこまでするか⁉︎本当に一回殴りたい!」

とリヒトが歯軋りして怒っているけれど。


分かるかな?

シーツにアイロンかけなかったら、体中をダニに刺されるって?

それって、絶対確実に100%起こる事件ではないと思うけど。

それに『騒乱罪』は多人数で公共の公益を損なう行為を指す言葉だから、犯人が一人だったら騒乱罪にはならないんだけどな。

カイも


「ヒルデブラント様のせいだというわけでは・・。王都から客が来たからといって、小侯爵であられるヒルデブラント様が寝具にアイロンをかける義務はありません。不幸な事故ですし、もし責任をとらされるとしたらホテルの支配人です。」

と言う。しかしリヒトは

「侯爵家の令息であるジークレヒトが、アイロンをかけるな、と言ったら支配人は逆らえないだろう。それに、直ぐに問題を解決しなかった事も怒っているんだ。呑気にパンケーキを食べて時間を無為に過ごして、その挙句言ったセリフが『重い病気になっても誰も診察してくれず、看病も心配もされない事がどれだけ恐ろしくて惨めな事か奴も骨身にしみたでしょう。もう少し徳を積む生き方をしようと、生まれ変わった気持ちになってくれたらいいんですけどね』と言ったんだぞ!ハインリヒがそんなタマかよ。むしろ絶対報復してくるぞ!」



・・正直言って、リヒトの怒鳴り声があんまり頭の中に入って来なかった。

良かった。耐性菌じゃなかった。本当に良かった!と安堵の余り泣き出したいくらいだった。


耐性菌でさえないのなら、ダニに刺されたのだろうと、梅毒でバラ疹が出たのだろうともうどうだっていい。

本当に良かった!そう思って倒れ込みそうだった。


「それで今、ガルトゥーンダウム様はどちらに?」

とカイが聞く。


「こんな汚らしい場所にいられるか!と言って、領館の離れに来た。」

とリヒトが答える。


「マットレス干してやってくれ。」

と私はカイに頼んだ。

「わかりました。魚の干物の側に干してやりましょう。」

とカイは言った。


良かった。本当に耐性菌じゃなくて。リヒトも他のみんなも無事で。

ほっとして、私は大きく息を吐き出した。

実は私も、かなり以前の事ですが、一年ぶりに昨シーズンに着た服を着て赤いポツポツだらけになった事があります。慌てて皮膚科を受診すると「ダニです」と言われてしまいました。塗り薬を処方されたのですが、一週間近く赤みがひかずほんと辛かったです。

あれ以来、二ヶ月以上着ていない服は必ず一回洗濯してから着るようになりました。

エーレンフロイト領での戦いは、あともう少し続きます。よろしくお願いします。

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