表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《155万pv突破!》侯爵令嬢レベッカの追想  殺人事件の被害者になりたくないので記憶を頼りに死亡フラグを折ってまわります  作者: 北村 清
第六章 伝染病襲来

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

245/561

エーレンフロイト領の戦い(15)(フランツ視点)

「あいつ、一回本気で殴りたい!首を思いっきり絞めてやりたいっ!」

とリヒトは顔を真っ赤にして叫んだ。


「リヒト!どうだったんだ⁉︎ハインリヒの様子は?天然痘だったのか?」

何を怒っているのか知らないが、まず私はそれを質問した。

「違った。」

リヒトは吐いて捨てるように言った。


リヒトが戻って来たという事はそういう事だろう。私は、ほっとしつつ

「何の病気だったんだ?」

と聞いた。


「ダニに刺されたんだ。」

「・・・えっ?」

「ひょうたん半島のホテルではジークレヒトが『衛生が何より大事』と言って、必ず使用する前にマットレスを天日干しし、シーツとブランケットにアイロンをかけていたそうだ。でも昨日は午後から雨が降ったからマットレスを干さなかった。そのうえジークレヒトが『あんな奴のシーツにアイロンをかけてやる必要は無い』と言ってアイロンをかけなかった。結果ダニまみれの布団に全裸で寝て、全身をダニに刺されたんだ。ホテルの支配人が言うには、ホテルのスイートルームが最後に使われたのは二年前だそうだ。それ以来一度もマットレスを干していなかったそうだ。」


・・そうしてリヒトは、今まで何をしていたのかを話してくれた。



リヒトがひょうたん半島のホテルに着くと、エントランスでジークレヒトと顔を合わせた。


「あれ?閣下、どうしたんですか?」

ものすごく呑気な声で、首を傾げている。

「ハインリヒの様子を見に来たんだ。奴はどこだ?」

「スイートルームに閉じ込めてあります。安心してください。食事だけは差し入れていますよ。窓から。」

何を安心するんだ⁉︎と思いつつ


「スイートルームはどこだ?」

と聞いた。

「こちらです。」

とジークレヒトが歩いて行く。ついて行くと

「父上。」

と声がした。振り返るとコンラートが走って来るのが見えた。


「おまえも、ここにいたのか?ハインリヒに会ったのか?」

「いえ、直接顔を合わせたのは従僕とあいつだけです。」

と言って、前を歩くジークレヒトの方を見た。


「スイートルームは一階なのか?」

「そうですよー。」

「窓から逃げたりとかしないだろうな?」

「大丈夫です。ここはホテルである前に伝染病の濃厚接触者の隔離施設ですからね。逃げ出せないよう、全個室に鉄格子がついてます。」

そう言って、豪華な彫り物がしてあるドアの前にジークレヒトは立った。

ドアの前には、椅子やら机やら木の箱やらでっかい壺やら、ありとあらゆる物が置いてある。ジークレヒトは、そこに体を滑り込ませ、ガンッガンッとドアを叩いた。

途端に中から大声がする。


「おい!医者はまだか⁉︎どうなっているんだ!さっさと医者を呼んでこいよ!」

ハインリヒの声だった。まだ叫ぶ体力があるらしい。


「それがですねえ。みんな忙しいって言ってるんですよ。」

とジークレヒトが言う。


「まあ、仕方ないですよね。医者だって人間だし、時間は有限だし、ああこの人には助かって欲しいなあ、という人を医者だって優先しますよね。徳を積んで来なかった自分の責任ってモンですよ。人望という奴は、こういう所に出るもんなんですねえ。」

「ふざけるな!俺を誰だと思っている。司法大臣の従甥なんだぞ。命の重さが平民とは違うんだ!」

「ええ、ちゃんと伝えましたよ。王都の大貴族で、外国人みたいな卑しい奴らは見殺しにしろ、けけけ。と言っている奴で、見殺しになんてできない、と言っておられるエーレンフロイト侯爵を、ガンガンイジメられるくらい権力を持った親戚がいる、虎の威を借る狐野郎だって。そしたらまあ、世の中わからないものですね。あんたのツラが見たいという医者が二人現れました。どうします?」

「・・さっさと呼んで来い!」

「ちなみに二人のうちの一人は、ローテンベルガー公爵の義理の兄という方で、もう一人はあんたが見殺しにしてしまえ、と言ったトゥアキスラント人の医学生です。どっちを指名します?」


司法大臣は、かつてローテンベルガー家に濡れ衣をかけて不幸に追いやった一派の中の中心人物だ。当然ローテンベルガーの人間は、ガルトゥーンダウム家の人々を深く恨んでいる。医者は命を預ける相手だ。ハインリヒにしてみたら究極の二択だろう。


「い・医学生だ。外国人なのに命を助けてやったんだ。だったら、ヒンガリーラント人を診る義務というものがあるはずだ。」

「りょーっかいです。ちなみに、その医学生はトゥアキスラントの侯爵家の令嬢です。あんたより遥かに身分の高い御方なんですから、間違っても失礼な態度をとらないでくださいね。もしも、なんらかのハラスメント行為を行ったら、即座に首を切り落としますからね。僕は病人相手でも容赦はしませんよ。」


重病人を相手にしているとも思えぬほどの鬼畜発言を連発していたジークレヒトは、振り返って

「とゆーわけで。」

と言った。

「病院に、ミヒャエラ令嬢を呼びに行って来ます。令嬢の手が空くのを待つ事になると思いますので、コンラートとお茶でも飲みながら待っていてください。」

そう言ってジークレヒトは、ホテルを出て行った。

そして1時間以上戻って来なかった。


リヒトはホテルの談話室でコンラートと座ってお茶を飲みながらジークレヒトを待っていた。

普段から会話の無い親子だが、今日は一層会話が無かった。


「・・ジークレヒトはまだか⁉︎」

「ヴァルトラウト令嬢の手が空かないのでしょう。急げ、と強要はできませんから。」

冷静な声でコンラートが言う。


「病人に出している食事なのですが。」

珍しく、コンラートが会話を始めた。

「小麦パンと、魚のつみれのスープを出しているんです。小麦は今貴重品ですが、病気の時には食べ慣れた物の方が良いと思いますので。週に二度は、ハムやベーコンを使ったスープを出します。一星日と五星日です。患者もですが、医療関係者が曜日の感覚を失わないようにです。」

「そうなのか。」

何が言いたいのかさっぱりわからないが、とりあえず相槌を打ってみた。


「しかし、亡命して来たトゥアキスラント人に小麦パンや魚を食べさせる必要はない、と言う人が少数ながらいましてトゥアキスラント人の患者には米と南海芋で作った粥を食べさせているんです。」

「・・必要ないって、そんな。・・・そうなのか。」

リヒトはため息をついた。嫌な話だと思った。


「ところが、パンとスープを食べているヒンガリーラント人よりも、芋粥を食べているトゥアキスラント人の方が明らかに回復が早いんです。」

「え?」

「平均して1から2日ほど。薬や寝具など他の事に差はつけていません。異なっている物は食事だけです。もちろん、トゥアキスラント人の方が基礎体力が強いだけという可能性はありますが。」


それは無いだろうとリヒトは思った。トゥアキスラント人達は栄養状態がもともと悪そうな人が多かった。それに比べてエーレンフロイトの領都民には、それほど栄養状態が悪そうな人はいなかった。病人の多くは船会社の人間で、重い荷物の上げ下ろしをするいわゆるガテン系だった。


「やはり、原因は食べ物ではないだろうか。と医者達は言っています。」

「米と南海芋に魚以上の栄養があるという事か?」

「今食べている南海芋は去年の終わり頃に収穫した物で、じっくり追熟させた物なのでかなりの甘みがあります。でも医者が言う一番の理由は消化が良いからではないかとの事です。人間は食べ物を消化するのにかなりのエネルギーを必要とするのだそうです。戦争などが原因で、極限の飢餓状態にある人が食物を与えられて食べると、それが原因で死ぬ事があるくらいだそうです。芋粥は噛まなくても飲み込めるくらい柔らかい物なので、消化するのに負担にならず、その分のエネルギーを体の回復に回せるのではないかという事でした。」

「へえ。」

「もちろん、正確なデータをとったわけではなく、看護している者が体感としてそう感じているだけです。そして、今更データをとろうにも患者のほとんどが既に回復の途上にあります。ただ、一応報告しておこうかなと思いました。」

「とても興味深い話だ。教えてくれてありがとう。これから、他の街や国で大流行が起こった時に助けになる情報だ。天然痘が流行した街では、データをとるよう医療省に指示しておこう。」


ここで、大流行が起こるかもしれないが。と心で思った。だからこそ嬉しい情報だった。それに、息子が自分を気遣って会話をしようとしてくれた事が嬉しかった。


「お待たせしましたー。」

感動的な場面をぶち壊す、能天気な声が聞こえてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ