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エーレンフロイト領の戦い(14)(フランツ視点)

次の日の朝。私は自分に言い聞かせるように思考を働かせながら朝食を食べていた。


別に本当に、ギルベルト何某というのがジークルーネ嬢と駆け落ちした男かどうかはわからないのだ。

ジークルーネ嬢はとっくに家に連れ戻されて、ヒルデブラント邸の隠し部屋とかに監禁されているのかもしれない。ギルベルトという男は違う何かの知り合いで、例えば昔金を貸した事があるけれど踏み倒されて行方をくらませられた、とかそういう相手という可能性もあるのだ。


それなのに、いろいろ悩むのは時間の無駄だ。ギルベルト・イステルがエーレンフロイト領に来るまでの間ずっと悩んでいたら体がもたない。

そう思いつつ、米粉パンをもきゅもきゅ食べていたら、ノックもせずにカイが部屋に飛び込んで来た。


「大変です!ひょうたん半島で・・!」

ジークレヒトとシュテルンベルク家の人間との間で何かあったのだろうか⁉︎

私は米粉パンが喉に詰まりかけた。


「ハインリヒ・フォン・ガルトゥーンダウム卿が天然痘を発症しました!」


リアルガチで、パンが喉に詰まった。


「ぐほっ、ぐはっ、う・・水っ。」

カイが慌てて水差しから水を注いでくれた。

私は水を飲んで叫んだ。


「種痘を接種していたんじゃなかったのか⁉︎」

「確かに、接種していたそうです。ですが・・。」

「だったら、どうして⁉︎」

「・・種痘に耐性のある耐性菌が出たのではないかと、医師達は言っているそうです。」


・・・そんな。

私は倒れこみそうになった。

初めてこの領地で天然痘患者が出てから、必死になって何とか押さえ込もうとしていた。そして、濃厚接触者の中からついに新たな発症者がいなくなった。やっとそこまで来た。


それなのに、今更変異株の耐性菌が出るなんて。よりにもよってこの領地で!


私は頭を抱えた。

ハインリヒを領地の中に入れなければ良かった。王都からの使者だろうと何だろうと、二週間の待機時間をおくべきだったんだ。

また、天然痘との戦いが一から始まる。しかも今度は予防薬の無い状態でだ!


「四人いた部下はどうなんだ?発症したのか?」

「すみません。今確認中です。ただ濃厚接触者ですから部屋に隔離しています。」

「・・何て事だ。とにかく、非常事態だ。外出禁止令を出すんだ。持病のある人や、天然痘に既に一度感染した人に二度と感染しないよう守るんだ。後遺障害に苦しんでいる人もたくさんいる。もう一度発症したらもう体力が持つまい。」

「はい。」

「領館内にいる人々も領館内から出すな。私達を含め全員が濃厚接触者だ。」

「・・行政が止まりますね。」

「仕方ない。16日間何もなく過ぎる事を祈るしかない。」


そう言いつつも、目の前が真っ暗になる思いだった。悪いのは病気だ。人じゃない。わかっていてもハインリヒが憎かった。

今までは、自分は種痘を受けているから絶対大丈夫という思い込みがあった。だけど自分も発症するかもしれない。死ぬかもしれない。愛する家族とはもう二度と会えないかもしれない。そう思うと泣きたいくらい怖かった。


「フランツ様。シュテルンベルク伯爵がお越しです。」

とウルリヒが報告に来た。

部屋に入って来たリヒトも顔色が真っ白だった。


「聞いたか?」

とリヒトは言った。主語は無かったが何を聞かれているのかは分かる。

「ああ。天然痘の耐性菌が出たかもって。」

「まだ、わからない。医師がそう診断したわけじゃないんだ。それに『種痘を受けた』というのが実は嘘だったのかもしれない。」

「そうだな。」

と言ったが、それは無いだろうと思った。もしも嘘をついていたのだとしたら、ひょうたん半島へは行かないだろう。


「医師が診断したわけじゃない、ってどういう事だ?」

「医師達が皆診察を拒否したらしい。」


それは医者を責められない。医者だって耐性菌は恐ろしいに決まっている。特にコール医師のように家庭のある人は、絶対感染したくないはずだ。


「じゃあ誰が診断を?」

「ジークレヒトだそうだ。朝になってハインリヒに同行していた従僕がハインリヒを起こしに行った。そしたら全裸で寝ていたハインリヒは、全身発疹だらけだったそうだ。従僕が悲鳴をあげ、それを耳にしたジークレヒトが部屋に駆けつけた。そしてハインリヒを一目見て『部屋から一歩も出るな。出たら焼き殺す!』と言って、従僕諸共部屋に閉じ込めた。外開きのドアの前に置ける物を大量に置いて中から開けられないようにしたらしい。従僕は『出してくれ、お願い出して!』と泣き叫んでいたらしいが。」

「・・うわっ。」

「私はこれから、ハインリヒに会って来る。」

「・・リヒト。」

「医療大臣として、種痘の効かない耐性菌が出たのなら確認しなくてはならない。」

「・・・。」

「そんな顔をするな。違う病気かもしれないんだ。はしかとか、風疹とか、通称リンゴ病と呼ばれる伝染性紅斑とか。正午迄には戻って来るつもりだ。だけど、もし戻って来なかったら、ハインリヒが天然痘の変異株に感染して私が濃厚接触者になった、と思って欲しい。そして、もしそうなったら・・・。」

辛そうな顔をしてリヒトは俯いた。

「私が死ぬような事があったら。どうかコンラートの事をよろしく頼む。母親も父親も亡くしてしまうわけだから。」

「わかった。」


私だって濃厚接触者だ。発症して死ぬかもしれない。ひょうたん半島にいるコンラートだって感染するかもしれない。

だけど言わなかった。気休めでもいいから優しい言葉をリヒトは欲しているのだ。ならば、優しい言葉を言おう。彼は死地へ向かおうとしているのだから。


リヒトが出て行った後。

領主としてするべき仕事は山ほどあるのに、何も手につかなかった。

昨日、間男なんかの事で悩んでいたのが馬鹿みたいだ。そんな事どうでもよい事だったのに!

ここは伝染病が蔓延している戦場で、今最優先にするべきなのは領民を病から守る事。それだけだ。

他人の恋愛とか婚約とかどうでもいい事だったのだ。


私は執務室でただぼんやりとしていた。時々懐中時計を取り出しては時間を確認した。時間が経つのが遅いような早いような。不思議な感覚だった。

そして正午になった。リヒトは戻って来なかった。


カイが昼食を持って来てくれた。でも食欲が無かった。無理に食べても、油粘土を食べているような気にしかならないだろう。


「お食べください。体力をつけませんと。」

とカイが言う。だけど喉を通らないのだ。

もう正直戦う力が出ない・・・。

それでも、まだ私は戦わなければならない。


時間が一秒一秒過ぎて行く。その時だった。廊下の方から足音がした。ノックの音と同時にリヒトが入って来た。


「リヒト!」


リヒトは無言で、机の上の水差しを手にとった。そして中身を一気に煽った。

そして叫んだ。


「ジークレヒトめっ!!!」


続きは、今夜投稿します。

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