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エーレンフロイト領の戦い(11)(フランツ視点)

トゥアキスラントから来た小さな船には、45人もの人達が乗っていた。

そのうち、天然痘発症者はは28人。発症していない人は医療関係者以外は発症した子供の親などの家族だった。


詳しい事情が聞きたくて、ヴァルトラウト令嬢に面会を申し入れたができなかった。港に降りたった途端、倒れて気を失ってしまったらしい。看護婦が言うにはこの一週間、ろくに睡眠もとらず患者の治療に駆け回っていたのだという。彼女はまだ18歳との事だった。


45人全員をひょうたん半島に送るよう伝えて、食事も十分にとらせるようエデラーに頼んだ。ちらっとしか見なかったが、病人は粗末な服を着た痩せた人が多かった。立場の弱い貧民達なのかもしれない、と思う。富と地位を持っている権力者のいる場所が焼棄されるはずがない。嫌な話だが、それが世の中の現実だ。


一週間後、リヒトがエーレンフロイト領に戻って来た。


「聞いたぞ。トゥアキスラントから亡命者が続々来てるって?」

こういう噂は誰が流しているのだろう?と、心から不思議に思う。

エーレンフロイト領では病人の保護をしている、という噂がトゥアキスラントで流れているらしくて、既に船が三隻助けを求めてやって来た。トゥアキスラントとの国交は今断絶しているはずなのだけど。


「それにしても、久しぶりに見た領館の庭すごい事になってるな。海の無い土地で育った私にはなかなか衝撃の光景だ。」

領主の私だって衝撃だよ!と思う。『我が家』の庭には今、大量の魚やイカがはたはたと干してあるのである。


「孤児院の子供達が釣って来てくれてるんだ。今年はよく釣れるらしくて、食べきれない分を天日で干しているんだ。」

頭を落として内臓をとったアジをせっせと干している子供達を見て

「すごいね。たくさんとれたのだね。私の娘は魚が大好物なんだ。病気の人がいなくなって、王都に帰る事になったら、お土産に少し欲しいなあ。」

と言ったら、子供達はしゃかりきになってますます干物を作り出したのである。

何百匹もの魚が吊るされている様子は、なかなか壮観だ。匂いもなかなかのものである。


「魚が大量に卵を産んだのかな?」

「カイの予想では、トゥアキスラントの漁師達が漁に出てないんじゃないのか。との事だ。」

「あ、なるほど。そういう影響もあるんだな。」

「ひょうたん半島の濃厚接触者がいるエリアでも、皆する事がないからひたすら釣りをしているらしい。アジとかサバとか青魚がよく獲れるらしくて、ジークレヒトが『白身魚食いてー』と文句を言っていた。」

「贅沢を言わせるな!カタクチイワシでもかじらせておけ。王都に帰れ、と言ったのにコンラートにくっついて来たんだから。」


キルフディーツ領では、閉ざされた街の中で際限無く食料の値段が上がっていたせいで、飢え死にの危機に面している人がたくさんいるらしい。

食べる物があるだけでも感謝しろ!とリヒトはカンカンだった。


「エーレンフロイト領では、物価は上がっていないのか?」

「上がっているとも。小麦の値段が二カ月前の三倍だ。卵も肉も値上がりしているし、バターやチーズはもう手に入らない。」

「卵や肉は魚が代わりに手に入るから良いとして、麦が値上がりしているのは領都民の食卓を直撃するだろう。大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないから、週に三回米で作ったパンの無料配布をやっている。」


伝染病が発生してすぐ、領都のパン屋組合の人達を集め、米粉でパンを作る研究をしてほしいと依頼した。

さすがに米粉100%だと、酵母との相性が悪く上手く膨らまなかったらしい。なので、小麦粉を少し米粉に混ぜたパンにした。

出来上がったパンはふわっというよりも、むちぃっという擬音が似合う食感だったが、ほのかに甘味もありおいしかった。そのパンを週に三回希望者に配っている。


「エーレンフロイト領には、米がそんなにあるのか?」

「去年シンフィレアに麦を救援で送った後、補充として南東諸島から冬刈りの米を大量に仕入れたんだ。」

正確には仕入れたのはレベッカだが、それは言わなかった。

少し賢い娘を持つ事は自慢になるが、賢すぎる娘を持つ事は周囲から警戒され脅威に思われる。

どこでどんな噂が広まるかわからない以上、娘を守る為にどれだけ警戒しても警戒し過ぎる、という事はなかった。


「すごいな、たいした危機管理能力だ。」

と実際リヒトにいたく感心された。


「もし良かったらコースフェルト領や、あとキルフディーツ領にもあの魚を分けてあげるとか出来ないだろうか?」

「?」

「キルフディーツ領から、コースフェルト領にも入ったんだが、男爵は病気もだが他領への往来が禁止される事で領内から食べる物が無くなる事を不安に思っていた。土地は痩せているし、断崖絶壁ばかりで魚釣りができそうな堤防とかも無いみたいだった。そのうえ備蓄食料をシンフィレアに送る為、王都に買い上げられてしまったから。」


男爵と話が出来たのか。と思った。前に気まずい事件があって関係が男爵とは拗れていた。リヒトは優しいからずっと気にしていたのだろう。相談されれば力になりたいと思う気持ちも分かる。そこそこの広さの我が領も都市が封鎖されたら物が不足し物価が爆上がりした。コースフェルト領やバイルシュミット領のような小さな領は、領地自体に伝染病を耐え抜く力が無いのだ。


しかし・・・。


「よくわかった。しかし、まずは王都に言って欲しい。君の言う事は例えるなら、軽症の天然痘患者に重症の天然痘患者を看病しろ、と言っているようなものだ。コースフェルト領を援助するのは、まずは無傷な王都や内地の大貴族達に頼みたい。」

「そうなのだが・・。」

リヒトは口ごもった。


『内地の大貴族』と言って一番最初に思いつくのはヒルデブラント家だ。絶対に、あそこにだけは頭を下げたくないんだろうなあ。と私は想像した。


「国王陛下はともかく、他の大貴族が他領を援助すると思えない。他の大貴族というのはようするに『王妃派貴族』という事だ。あの連中が、弱小貴族、更にエーレンフロイト領やローテンベルガー領を助けると思うか?むしろトドメを刺しに来ると思う。」

「宰相閣下や、ファールバッハ伯爵とかもいるじゃないか?」

ヒルデブラント家の名前は出さないであげた。


「それはそうだが。しかし内地の貴族に余力があるかどうかはわからない。キルフディーツ伯爵が王都に逃げ込んで来た一件を受けて王都も都市封鎖を始めたんだ。二週間の待機期間を経なければ、誰も王都の中に入れない。おそらく王都も、エーレンフロイト領と同様穀物の値段が値上がりし、野菜や乳製品が手に入らなくなっているはずだ。この影響はやがて全ての領に波及するだろう。」


キルフディーツめ!

と内心腹が立った。

しかし、そういう時こそ政治家が頑張るべきではないのだろうか?その問題を解決するべきなのは、国王陛下と大臣達だ。私は侯爵家の当主ではあるが、大臣なわけではないし、国政を動かす13議会の一員でもない。

13議会は、13人の高位貴族によって運営される貴族議会だ。リヒトはメンバーの一人だが、他のメンバーのほとんどは『王妃派貴族』だ。

国王陛下も議会は傍聴されるが、口を挟む事はできない。13議会は、国王の命令を否定し覆すことさえできる、唯一の立法機関だ。


彼らに努力をして欲しい、というのが本音だ。医療大臣であるリヒトがこれだけ苦労して駆けずり回っているのだ。他の大臣達だって同じくらい汗をかくべきではないのか?


私はわかっていなかった。


私は、人は善なる者だと思っていたし、例え仲の良くない相手でも困っている時には助け合うものだと本気で信じていた。

だが、そう思わない者、困っている相手に異なる態度をとる者がいるのだ。


リヒトの言う事が正しかった。

13議会は、トドメを刺しに来たのである。

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