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エーレンフロイト領の戦い(9)(フランツ視点)

エーレンフロイト領の戦いという題ですが、今回はお隣のキルフディーツ領のお話になってます。

「天然痘が出たエーレンフロイト領から来た人間は、絶対領都の中には入れられないと言って、領都内には入れてもらえませんでした。」

と医療省員は言った。


「でも、明らかに様子がおかしかったです。門を固く閉じて、中の人間も一切外に出られなくなってましたし、それに・・・。」

医療省員は一瞬口ごもった。


「門番と話していると、領都内から煙が漂って来て、それがとても異様な臭いだったんです。半月前なら何の臭いかわからなかったですが、今ならわかります。あれは、人を焼いている臭いです。」


リヒトの側で話を聞いていて、私はうっ!となった。

キルフディーツ領にだって、火葬場はあるだろう。しかし、ヒンガリーラントでは衛生の為、火葬場は集落から50メートル以上離れた場所に建てるよう定められている。たくさんの人間が行き交う城門の側に、火葬場があるわけがなかった。


ひょうたん半島に出入りしている医療省員が言っているのなら勘違いという事はあるまい。キルフディーツ領で、何か最悪の事態が起こっているのは間違いなかった。


「門には二重のカンヌキがかけられていましたし、門の近くをうろつくようなら斬り殺す、と脅されて中には入れませんでした。」

医療省員は文官だ。剣を持った兵士には立ち向かえなかっただろう。


「わかった。」

とリヒトが、低い声で言った。

「私が行こう。シュテルンベルクの騎士達も連れて行く。」

リヒトは、医療大臣であり、筆頭伯爵家の当主だ。キルフディーツ伯爵本人でも逆らえない相手である。


「何が起こるかわからない状況だから、まだ医師は連れて行かない。別に何も起きていない可能性もあるのだしな。だけどもしも、天然痘の感染者がいるのなら連絡を入れる。その時は何人か、医師を派遣してくれないか?」

「わかった。」

と私は答えた。その後リヒトは、少し言いにくそうな様子で言った。


「ただ、その。コンラートにはうまい事言って、キルフディーツ領には来させないでくれないか。もしも天然痘が発生していたら、種痘も無い状況で生き地獄のような事になっていると思う。そこまでひどい状況は見せたくないんだ。大人ぶっているけれど、でもまだ子供だから・・・。」

「わかった。」

「甘いと言われそうだけど。」

「どこがだ?私だったらレベッカとヨーゼフを、ひょうたん半島にさえ行かせないね。ひたすら執務室に閉じ込めて税金の計算をさせておく。」


私達は顔を見合わせて笑った。私達が今のコンラートとヨーゼフと同じくらいの年齢だった頃、子供扱いされるのが嫌だった。でも今は、親や祖父母の気持ちがわかる。


「リヒトも気をつけてくれ。」

「ああ、わかってる。」

そうして、私は友の背中を見送った。そして案の定だが、翌日「医者を派遣してくれ!」とリヒトから連絡があった。


キルフディーツ領の領都は地獄絵図だった。と、後日リヒトから聞いた。


天然痘患者が一番先に出た地域は、道にバリケードが作られ封鎖されていたが、領都の至る所で湧いて出るが如く次々に新しい患者が出るのだ。医者も怯えて家に引きこもっている為誰も患者を見ない。家族同士で看病をするが薬があるわけでもなく、何も対処できないまま、他の家族に伝染していく。家族全員が既に全滅している家もあり、その家の周囲にはもやのように虫が集っていた。


リヒトは、まず領館に突入したそうだ。

家令をふん捕まえて、領主である伯爵の居場所を聞くと

「病人が一人もいなくなるまで、領都を閉じておくように。」

と言い残して王都に逃げたという事だった。


リヒトは激怒した。守るべき領民を見捨てて逃亡した事も許せないし、発症者の出た街から王都に移動する事によって、途中の街々と王都に悪疫をばら撒いたかもしれない事も許せない。領主としても、人としても許し難い行動だった。


発症者は二百人を超え、死者も何十人と出ていた。もはや、街全体が濃厚接触者だった。

エーレンフロイト領と違って、感染者と濃厚接触者を隔離する為のマニュアルも無く、場所も無い。

兵士達は門を閉じて、領都民を閉じ込めていたが、キルフディーツ領の領都の城壁はところどころ崩れていたり穴が開いていて、そこから幾人かの領都民は逃亡していた。その人々が周辺の村々やコースフェルト領に感染を広げていたのだ。

リヒトが馬を駆って、近隣の村々を調べたところ、既に五つの村に発症者が出ていた。キルフディーツ領もそこそこ広い。調査すればするほど数字は膨れ上がっていくだろう。


リヒトは、キルフディーツ領に医者を派遣して欲しいと連絡を寄越して来た。


「大臣は、医者が細胞分裂して増殖するとか思ってんのかね。医者の数は有限だっつーの。」

とジークレヒトは毒を吐いた。


コンラートがキルフディーツ領へ行くと言ったら、どう言って止めようか?と悩んでいた私だったが、コンラートはそう言わなかった。

キルフディーツ領の領都にコースフェルト領の領都、五つの村々に誰を派遣し、薬や種痘をどう配分するかをコンラートが指揮しなくてはならなかったからだ。シンフィレアに行ったボランティア団にはリーダーがおらず、あえて言うなら元貴族のベンヤミン医師がリーダーだった。そのベンヤミン医師が、コースフェルト領へ行っていて不在だったので、医師達に指示をするリーダーをコンラートが務めたのだ。

コンラートは若くとも大貴族の子弟で、現職医療大臣の息子で、かの聖女『エリカ』の子孫だ。誰も逆らわなかった。

私も口を挟まなかったし、ジークレヒトはコンラートの前に立ってでしゃばるような真似は絶対にしない。


エーレンフロイト領の感染が収束を見せ始めた中で、感染事態は国中に広がろうとしていた。



キルフディーツ領で発症者が出たのは、エーレンフロイト領より一週間も早かった。つまり、ヒンガリーラントで一番最初に天然痘が発生したのはキルフディーツ領だったのだ。

民心が動揺してはならないと思ったから王都に報告しなかった。と家令は言ったそうだが、本当は最初に発症者が出た宿に密輸業者が泊まっていたので秘匿した、と後日告白した。トゥアキスラントの商人が10数キロある深い森を抜けて、キルフディーツ領に入って来ていたのである。


「何を密輸していたんだ?」

と私はカイに聞いた。

「蜂蜜だそうです。」


・・・あー。私は頭を抱えた。

ヒンガリーラントでは蜂蜜の製造を法で規制しているが、この百年の間に国全体が豊かになっている事で、蜂蜜の需要はうなぎ上りになっている。蜂蜜を自由に作っているトゥアキスラントから蜂蜜を輸入し、富裕層の多いブルーダーシュタットなどに転売すれば莫大な利益を得られるのだった。

蜂蜜の輸入は罪ではないが、蜂蜜にかけられる莫大な関税を脱税するのは犯罪だ。

それをわかっていて尚、キルフディーツ伯爵は文字通りの甘い誘惑に勝てなかったのだろう。挙句、それが王都の役人にバレないよう、宿で感染症が出た事を隠したのだ。

キルフディーツ領で起きた事は、天災などではない。人災だ。そして苦しむのは常に弱い立場の人達だ。他領の事とはいえ、同じヒンガリーラント人だ。とても胸が痛かった。



騒動が港で起こったのはそんな時だった。

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