エーレンフロイト領の戦い(8)(フランツ視点)
『コマドリ荘』内の状況が想像よりも凄惨なものだったので、私とリヒトは騎士達に領館に連れ戻された。
種痘を接種して数日経っている騎士達だけが、コマドリ荘の中に入り状況を確認し、生き残っている人々に事情聴取をした。
そして四時間後、騎士団長が状況の報告に来た。
横柄な貴族は、グスタフという名で年齢は25歳だった。
デボラ夫人は、若かった頃若気の至りで過ちを犯した。その時に生まれたグスタフを遠縁の夫婦に預け、キルフディーツ一族に嫁いだ。
成長したグスタフは、自分の実の母が名門家の一員と知って、付き纏っては金をせびるようになった。夫人は夫と夫の一族にグスタフの事を知られたくなくて、言われるままに金を渡した。
夫が亡くなると、グスタフの行動は更に増長した。
「もう耐えられない!」
と娘が言い、デボラ夫人は娘と共に王都から逃げ出した。グスタフは夫人の行方を追ったが、数年の間見つける事ができずにいた。
しかし、グスタフはデボラ夫人に同行した看護婦の母親を見つけ出し、彼女を脅してデボラ夫人が『コマドリ荘』にいる事を突き止めた。
だが看護婦も警戒していて母親に『キルフディーツ領の方にあるコマドリ荘』にいると伝えていた。グスタフは、夫人がキルフディーツ領にいると思い、キルフディーツ領の領都にやって来て情報屋に探させた。その間、二週間。グスタフ自身は娼館に入り浸って自堕落に過ごしていた。
だが当然ながら、デボラ夫人はキルフディーツ領では見つからなかった。しかし、情報屋は隣のエーレンフロイト領に小鳥の名前が付けられた屋敷がある事を突き止めた。グスタフは馬車に乗って、エーレンフロイト領にやって来た。その際気に入った娼婦を一人身請けして同行させた。
そして、グスタフはデボラ夫人を見つけ出した。彼は『コマドリ荘』に居座り、ソファーにふんぞり返って酒をあおり、使用人に暴力を振るった。
「俺から逃げられると思うなよ。」
と言って母と妹を脅し、獰猛な表情で笑った。
だが、次の日グスタフは高熱を出して倒れた。
最初は単なる風邪か何かだろうと、デボラ夫人も主治医も思った。しかし二日後、顔や手足に発疹が出始めた。主治医は『水痘』だろうと言った。
よその街からやって来た身内が伝染病を運んで来た。という事に夫人は怯えた。もし領内に『水痘』が広がったら自分も娘も白い目で見られる事になる。夫人はグスタフの病気を隠した。その時点では、ついて来た娼婦も以前に水痘にかかった事があったので騒がなかった。
だが、その二日後隣国で天然痘が流行しているという発表が領内でなされた。
『水痘』に似た症状の出た者は名乗り出るように。と通達があって、コマドリ荘の住人達は震え上がった。
だが、夫人は屋敷内で箝口令を敷いた。グスタフの存在を人に知られたくなかったからだ。怯えた娼婦は、グスタフを置いて逃げようとしたが、執事に捕らえられ半地下の部屋に幽閉された。
グスタフの症状は悪化する一方だった。そして、連れて来た御者、コマドリ荘の侍女、料理人、主治医、看護婦も感染した。デボラ夫人と娘も感染した。そして一番最初に死んだのはデボラ夫人だった。肺出血を起こしたのだ。その後まもなくグスタフも死亡した。感染しなかった人々がグスタフの世話をしなかったからだ。水も食事も与えられずグスタフは衰弱死した。
その後、御者と料理人が死亡した。
この時点で無事だったのは、執事と二人のメイド、そして半地下に監禁された娼婦である。
無事な人達の意見は割れた。メイドの一人は外部に助けを求めるべきだと言い、執事は夫人の命令に従うべきだと言った。もう一人のメイドは、今更病気の事を言い出したら重い罰を受けるのではと言って、消極的ながら執事に賛同した。娼婦は、話し合いの頭数には入っていない。主治医とラディカ嬢が幾らか回復した事もあり、結局外部に助けを求めなかった。
しかし、翌日執事も高熱を出して倒れた。
その段階でついに、騎士団がコマドリ荘に押しかけて来た。それで、メイドは外に助けを求めたのである。
「主治医とラディカ嬢は助かりそうですが、看護婦は無理そうです。侍女と執事はどうなるかわかりません。メイド二人と地下室に監禁されていた方は、今のところ感染の兆候はありません。」
カイがそう報告にやって来た。
「そうか・・。」
「看護婦も侍女も、医師達がシンフィレアやひょうたん半島でも見た事がないほど重篤な症状だそうです。全身が膨れ上がり膿んでいるそうですから。医学生の中には、嘔吐して倒れ込んだ人もいるそうです。」
「亡くなった方々のご遺体は?」
と私は聞いた。
「夫人のご遺体は、まだ館内にありました。グスタフ卿の方は砂浜に執事が埋めたそうです。」
「掘り返して焼却しろ。夫人のご遺体もだ。コマドリ荘も焼棄するんだ。近隣に燃え移らないよう、風の弱い日に燃やしてくれ。」
デボラ夫人の判断と行動の為に、娘や使用人達に感染が広がり死者も出た。だが、死者を鞭打つ気にはなれなかった。
メイド二人も、ひょうたん半島のホテルへ移送させた。
その日、一つだけ良い事があった。
毎日毎日、数人の新たな発症者が濃厚接触者の間で出ていたが、ついに新たな発症者が止まったのである。
次の日、キルフディーツ領へ向かった医療省員が戻って来た。




