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エーレンフロイト領の戦い(1)(フランツ視点)

レベッカのお父様、フランツ視点の話になります。


馬を走らせて、王都から遠く離れたエーレンフロイトの領地へたどり着いたのは、隣国トゥアキスラントに天然痘が発生したと新聞にのった4日後の事だった。


「おかえりなさいませ。フランツ様。」

領主の館では、領地の管理人であるカイ・ベルトラムが出迎えてくれた。


「ああ、今帰った。」

そう言って私、フランツ・フォン・エーレンフロイトとカイは、微笑みあった。



カイは私にとって乳兄弟になる。つまり、私に母乳を与えてくれた女性の子供という事だ。私の母親は私を産んですぐに亡くなった。

私は母にとって四人目の子供だった。

だが、二人の兄は幼い頃に祖母に殺された。上の兄は家族を人質にとられた乳母に枕を顔の上に置かれ窒息死した。下の兄は、家門の騎士に古井戸に突き落とされた。深さは5メートル以上あるのに、井戸の穴の直径は50センチもなく、大人が中に入って救出する事ができなかった。古井戸の底からは、我が子の泣き声がするのに助けることもできず、その泣き声がやがて聞こえて来なくなるのをただ聞いている事しかできなかった母は精神を病んだ。

直後に産まれた三人目の子供である姉は、周囲が一瞬目を離した隙に行方不明になった。実行犯が誰かはわからず、今をもって行方知れずだ。


祖母は自分の愛人を、エーレンフロイト家の当主にする為自分の子供と孫を次々に殺したのだ。

父は母と、四人目の子供である私を守る為、母を修道院に入れた。だが、母の心と体はすでに限界で、私を産むと同時に亡くなってしまった。私を育ててくれたのは遠い親戚の女性だったヨゼフィーナ様だ。

ヨゼフィーナ様は、近くの村で母乳が出る女性を探した。

そんな私の乳母となってくれたのが、カイの母親のアライダだった。

アライダの夫は農夫だったが、ある日屋根の雨漏りを修理していて屋根から転げ落ちて死んでしまったのだそうだ。そのショックでアライダは子供を死産してしまう。

アライダは、母親を失った私に愛情深く接してくれた。カイは私より5歳年上だったが、私の事を実の弟のように可愛がってくれた。


ヨゼフィーナ様は私の事を二人に『貴族の落胤』だとは伝えていた。しかし、あの悪名高き『紅蓮の魔女』の孫だという事は伝えなかった。

二人がそれを知ったのは、『紅蓮の魔女』が処刑され、私がエーレンフロイト家に呼び戻された時である。

私が魔女の血族だと知った後も二人の態度は変わらなかった。

ヨゼフィーナ様と、そしてカイとアライダがいてくれなければ、私は紅蓮の魔女が死ぬまで生き延びる事も、その後の人生を生きて行く事もできなかったと思う。

その後アライダは、私が10代の頃に亡くなったが、カイはずっと私の側にいて支えてくれた。やがて領主となる私の片腕となる為勉学に励み、経済、法律、農学に工学を学び、祖母達のせいですっかり荒廃していた領地を立て直すのを助けてくれた。今では領地の管理人として、領地の差配をおこなってくれている。


まず私は一番最初に、カイの妻であるゾフィーから預かっていた手紙をカイに渡した。

「ありがとうございます。」

と言って一回拝んでから、カイは胸ポケットに手紙を入れた。王都の館で侍女長をしているゾフィーとカイは、私とアルベルが結婚したのとほぼ同じ頃に結婚をした。だけど、二人共それぞれの自分達の職を辞めなかった。

ゾフィーがアルベルと一緒に領地に戻る時と、カイが一年に一度王都に報告に来る時にだけ会う夫婦だ。

「海軍の兵士や、外国と交易をしている商人だって、夫婦が顔を合わすのは私達と同じくらいの頻度ですよ。」

と二人は言っている。

確かに、ユリアーナ・レーリヒの親などはもっと遠距離結婚をしている。夫婦の形もいろいろあるという事だろう。


「お元気そうで何よりです。奥様やレベッカお嬢様、ヨーゼフ坊っちゃまはお変わりありませんか?」

「ああ、まあ相変わらず・・というのかな。レベッカは変わらず、いろいろと騒動に巻き込まれているよ。」

「風の便りに聞いております。フランツ様の心中いろいろとお察しします。」

「いや、察さなくていいから愚痴を後からゆっくり聞いてくれ。でも、それよりもまず。大変な事になったな。天然痘が西大陸に入って来るなんてな。」

「全くです。どうせ出るならトゥアキスラントじゃなくて、アズールブラウラントやゴールドワルドラントに出ろと神に祈りを捧げていたのですが。よりにもよって我が領の隣が一番最初だなんて。もし、ヒンガリーラントで一番最初にうちの領に患者が出たら、無茶苦茶叩かれますよ。」

「他国の不幸を祈るな。とにかく、できる対策は可能な限りしておかないと。」


エーレンフロイト家はそれなりに歴史の長い家なので、こういう状況におけるマニュアルという物が存在する。

過去にも、はしか、ペスト、出血熱など、国家を揺るがすような伝染病が流行った時も、それを何とか乗りきってきたのだ。


「ひょうたん半島はどうなっている?」

と、私はまず確認した。


ひょうたん半島は、領都の端の方にあるひょうたん型の半島だ。

領都とくっついている上半分の形の土地の方にホテルが、下半分の形の土地の方に病院が建っている。普段はそれぞれ観光客用のホテルと急性期病院として使っているが、領内に伝染病が流行った時は利用している方々に移動して頂いて、病院の方に伝染病感染者を収容し、ホテルの方に濃厚接触者を収容する事に決まっている。

使用されている用途が用途なので、怪談話に事欠かず、どちらの施設も常に閑古鳥が鳴いているが別にそれはそれでかまわない。普段全く使わないでいると、建物が老朽化するから使っているだけで、営利目的で経営しているわけではないからだ。


「水道もボイラーも、全く問題ありません。病院の方は今は休業していて無人ですし、ホテルの方も利用客の方には別なホテルに移動してもらいました。食料も燃料も、十分な量を運び込んでおきました。」

「エデラー医師は、まだシンフィレアか?」

「はい。まだお戻りにはなっていません。」


エデラー医師は、ひょうたん半島の病院の院長をしている老医師だが、今は看護婦達を連れて昨年末大火に見舞われた隣国シンフィレアに救援ボランティアに行っている。なので、病院は昨年末から休院していた。


「・・食料なあ。」

私はため息をついた。


エーレンフロイト領では昨年末シンフィレアで火災が発生した時、大量の食料と薬を救援物資としてシンフィレアに送っていた。

その時娘に心配された。

「もし、領地で災害が起こったらどうするの?」

と。

その時自分は

「春になったら麦がとれるから大丈夫。」

と答えた。のんきにそう答えていた自分を自分で怒鳴りつけたかった。


エーレンフロイト領の食料自給率は100%未満である。エーレンフロイト領の土地は、あまり麦の栽培に向いていない土地なのだ。

歴代の当主達は、手間とお金をかけて土壌の改良をするよりも、水晶や珪砂を売ったり、塩や柑橘系の果物から精油を作ってそのお金で作物を買いつける事を選んだ。

だからこそ、非常の時に備えて常に食料を備蓄してきた。

その食料を一時的と思って放出したこのタイミングで、恐ろしい伝染病が発生した。今、都市封鎖や国境の封鎖が行なわれた時、領地はどれだけ持ち堪えられるだろうか?

150年前に天然痘が流行した時、患者は増えたり減ったりを繰り返しながら、6年に渡って国を蝕んだ。

その時にも、おびただしい数の病死者と餓死者が出た。西大陸全体で、その時よりも人口は増えている。

それなのに、私は備蓄食料の3分の1を売ってしまった。その時はそうするしかなかった、とはいえ後悔の気持ちで胸が潰れそうだった。


「倉にどれくらい残っている?今からでもブルーダーシュタットなどから、穀物を手に入れられるだろうか?入るならば一刻でも早く・・。」

「穀物は問題ありません。量だけは。」

とカイは言った。

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