真冬のお菓子作り(1)
実際のところ、お母様が本当に帰って来て欲しかったのは私ではなく、ユリアの侍女のカレナである。
私は日本で食べていた料理の知識を、ブルーダーシュタット出身のカレナの知識という事にして家族に伝えている。バウムクーヘンもカレナが知っていたお菓子という事になっている。
「カレナにお菓子を作って欲しいの。」
とお母様は言った。
シンフィレアの災禍を知ったブランケンシュタイン公爵夫人は、すぐさまアカデミーに通う女子の保護者に寄付を呼びかけたそうだ。
しかも、普通の寄付ではない。各自がお菓子を持ち込んでそれを売り、売上金を寄付するのだそうだ。実質、お菓子の制作費が保護者達のする寄付である。
こういう形態の寄付は今までも、救貧院にとか、災害被災地にとか、やっていたらしいが、これがけっこう大変らしい。
まず売る菓子は焼き菓子でないといけない。クリームとかジャムとかがベタベタする菓子は、ビニール袋も紙の箱も無い世界なので売りにくい。
そして、買いに来てくれる富裕層。ブランケンシュタイン家と親交のある貴族とか商人とか文化人が、喜んで買ってくれる物でなくてはいけない。
他の人達のお菓子が次々と売り切れるのに、自分の出した菓子がいつまでも売れ残っていると、非常に気まずい事になるそうだ。
ようするに、熾烈なマウンティングの場となるのである。
「最初から、お菓子は出しません。お金を出します。ってんじゃダメなの?」
「そんな事ができるなら悩みません!」
ママ友の社会もいろいろと大変なようだ。
「食べやすいし、売りやすいし、バウムクーヘンが良いと思うのですけれど、ブランケンシュタイン家と被りそうな気がするのよね。それもこれも、おまえがエリーゼ様の前でレシピを隠さずに作ったから。」
と言ってお母様が私を睨む。
「被ったらダメなの?」
「他の家なら良いけれど、ブランケンシュタイン家と被るのはダメです。」
「・・・。」
「だからカレナ。バウムクーヘンみたいに売りやすくて、美味しくて、何かパッと目を惹くお菓子はないかしら?」
カレナは困っていた。カレナは私に助けを求める視線を送ってきたが、私だって困っていた。
ベーキングパウダーさえあれば、だいぶお菓子作りの幅が広がるのだけど、こちらの世界にはないもんなー。
そもそも、時期が悪い。今は冬である。だから果物が手に入らないのだ。
果物の季節ならパイを作ればいいけれど、この季節に手に入る果物といえばリンゴくらいだろう。だからたぶんアップルパイを作ったら、めちゃくちゃ他の人と被るはずだ。
焼き菓子に必要な材料は、卵に小麦粉、バターに砂糖or蜂蜜だ。それに、今の季節に手に入るプラスアルファ。
バターを植物油に変えたら?と思って、シフォンケーキを考えた。
でもダメだ。アレは専用の型がいる。お菓子の即売会は明後日だから間に合わない。
バウムクーヘンは確かにこういう即売会で売るのには理想の菓子なんだよな。
ブランケンシュタイン家がバウムクーヘンを出してくるか、こないのか、情報がわかればいいのだけど。
そう考えて、ふと思った。被らない味のバウムクーヘンを作れば良いのではないの?
バウムクーヘンというのは、けっこう味のバリエーションがある菓子だった。中には前衛的過ぎる外見の物もあった。周りをチョコでコーティングしたり、真ん中の穴に羊羹を詰めてみたり。
今までエリーゼ様に出したバウムクーヘンは、プレーン、レモン&レモンピール、栗クリームを練り込んだ物だ。あと、周囲にアプリコットジャムを塗って怪しい『種』を散りばめた奴ね。他に何か今手に入る材料でないかな?ほんと、チョコレートがあればなあ。
そこで一つ思いついた。
「カレナとユリア前言ってたよね。東大陸では、お茶の栄養を丸ごと摂る為お茶を粉のように細かくすり潰して、クッキーやケーキの中に練り込むって。」
「え?・・えっ?」
「紅茶やほうじ茶をすり鉢ですり潰して、バウムクーヘンを作ったらどうだろう。もちろんクッキーでもいいけれど。」
「そうなの、ユリア、カレナ?」
とお母様が聞く。
「なさぬ仲の継母に、東大陸の珍しいお菓子を教えてください。と手紙を送ったらそういう返事が来たって言ってなかった?さすが、お茶を扱う大商会の商会主だよね。」
と私。
「は、はい!」
とユリアが言った。
「まあ、不仲なお母様にわざわざ聞いてくれたなんて、ありがとう。」
とお母様が言う。
「何で不仲と決めつけるのよ。お母様?別にユリアと継母さんは、仲悪くなんかないよ。」
「他にも興味深い情報があったら教えてちょうだいね。ところで、紅茶はどれくらい小麦粉の中に入れるの?」
お母様は私の話を無視して言った。
「そんなの、茶葉の香りやら渋さやらによって、微調整するに決まってるじゃない。料理人の勘という奴だよ。」
と私が答える。
「セナ。」
と背後に控えていた我が家の料理人にお母様は呼びかけた。
「カレナと一緒に、まず紅茶入りのクッキーを焼いてくれない?それを食べて紅茶入りのバウムクーヘンを作るかどうかを考えます。」
「承知致しました。」
とセナは答えた。
ので。
「私も手伝うー。」
と私は手を挙げた。