三人の容疑者
私は寝込んでいた。
正確な体温を計測する道具がないから確信はないけれど、きっと熱があると思う。
雨の中外出して、風邪をひいたわけでも、早々と天然痘に感染したわけでもない。
原因は精神的なもの。
あんなにも努力して回避しようとした、第二王子との婚約が決まってしまったのだ!
それを両親から聞かされた時は、思わず膝から崩れ落ちてしまった。
なんでなの⁉︎
と、熱でふらふらする頭で考える。
この世界で再び目覚めたその日から、婚約を回避する為あんなに、あんなに頑張ったのに!
でも、よくよく考えてみたら当然の事だったのかもしれない。
芳花妃様の命は助かった。
けれど、王太子に殺されかけたという事実は変わらないのだ。
王太子が前非を悔いて、修道僧にでもなってくれりゃあ万々歳だが、現実にはそうではない。
王太子は、反省も後悔もしていないだろうし、むしろもっと悪辣な事をしてくる可能性が高い。
そうなると第二王子には、『戦う』しか選択肢がないのだ。
つまり、芳花妃様を事件からお救いするのではなく、そもそも事件が起こらないようにしなければならなかったんだ。
それなのに、私ってば勘違いな方向の努力を延々と・・・。
うぅっ!
貴重な時間を無駄にした。
いや、それどころか。殺人犯かもしれないコンラートと無用な接触をして迷惑をかけたり、同じく殺人犯かもしれない第二王子の従兄弟のフィリックスのプライドを粉砕して恨みをかった。
増えてるよ。死亡フラグが!
辛い・・・。
これから、どうしよう?
ふらふらする頭で必死に考えてみる。
とりあえず、今できる事は2つだ。
その1。
『金を貯める』
お金さえあれば、婚約破棄の慰謝料が払える!
その前段階でも、するべき事は山ほどあるが、とりあえず慰謝料が払えなければ絶対にこちらから婚約破棄はできない。
だからお金を貯めるのだ。
それにだ。
本当の本当にどうしようもなくなったら、家出をして外国に亡命するしかないと思っている。
家出するのに必要なのは、夢とか希望とかロマンではなく、体力とお金と計画性だ。
だからやっぱり金はいるのだ。
お金が全てを解決するとは思っていない。
でも、お金は解決のお手伝いをしてくれるのである。
でもって、その2。
アカデミーでは、限りなく気配を殺し、1日でも早く卒業する。
そう。私は王様の命令で、アカデミーに通わなきゃならなくなったのである。
何でも王様が
「毎日、王宮図書館に通うほど勉強が好きな子供なら、アカデミーに行かせなさい。」
と、うちの両親に命令したんだって。
莫大なお世話ですっ!!!
勉強は別に嫌いじゃないよ。
外の世界を知るのも良い事だと思う。
けれど、アカデミーは嫌なの!
だって、第二王子がいるし、コンラートもフィリックスもいるし、それとあと、3人いるの。殺人犯候補の子が!
ちなみに、私を殺した殺人犯の候補は、私が連れていた侍女、王宮の使用人、第二王子の友達が四人、宮廷画家、第二王子。なのだけど。
まず一人目は、『エリザベート姫』
国王陛下の妹と、宰相である公爵の間に生まれた一人娘で、第二王子の従姉妹。
息子ばかりで娘のいない国王陛下は、姪である彼女を実の娘のように可愛がっているらい。
そもそも、男子校だったアカデミーが2年前から男女共学になったのは、彼女が、「私もアカデミーに行ってみたい。」と言ったからだという噂だ。つまり、それくらい権力を持っているのだ。
過去世での私は彼女に会った事はない。
彼女は『社交界の華』と言われる立場だったが、私は社交界デビューをしなかったからだ。
親の所属する派閥も違うので、親に連れられて行った集まりですれ違う事もなかった。
そんな彼女は、私が殺された状況における『第二王子の友達』枠なのだが、噂では『第二王子の愛人』だった。
噂を鵜呑みにする気はないが、もしも彼女が殺人犯なのだとしたら、その辺りに殺害の動機があるのだと思う。
そして二人目は、『ユリアーナ嬢』
彼女は平民で、港町に商会を持つ大商人の娘だった。
王都での人脈を作る為、遥々海の側の街から王都のアカデミーにやってきたのだ。
ところが、13歳の誕生日に父親が海賊に殺されてしまう。その後、あれよあれよと、彼女の生家は没落。ユリアーナは、アカデミーを辞め貴族の家に働きに出るのである。
彼女は、それはそれは美しい娘だった。
何で知ってるかって?
それは、彼女が就職したのが我が家だったからです。
そう、つまり彼女は『私の侍女』枠なのだ。
そして、彼女も第二王子の愛人なのでは、と噂されていた。
だいたい彼女は第二王子の推薦でうちに働きに来たのだ。
アカデミーに通っていた優等生で、実家が破産して退学しなくてはならなくなった娘がいて、平民だから王宮で雇うわけにはいかないので、そちらで雇ってあげてくれませんか、婚約者様。と打診されたのだ。
うちは、万年人手不足な家だから、まあいいか、と引き受けたんだけど、王子自らそういう事を言ってくるのをちょっと怪しむべきだったのかもしれない。
ただ、彼女を雇った後、私が病気になったり、弟やお母様が死んだり、うちもいろいろあったから、正直彼女が王子の愛人だろうと何だろうとどうだって良かった。
私が彼女に冷たく接したのは、単に私自身に心の余裕がなかったからだ。自分の顔が病気の後遺症でひどい事になっていたから、美人で健康な彼女が嫉ましくうっとうしかったのだ。
ユリアーナだって、父親を亡くしてすごく辛かっただろうに、私は自分が世界で一番不幸だと思っていた。
別に、物語に出てくる悪役令嬢のように彼女をいじめたわけじゃないけど、まーまーの塩対応だったと思う。
そんな、私の態度に恨みを募らせ、ドスン、グサッとやっちゃった、って可能性は十分あるかもしれない。
ユリアーナは、私と同じ年だったから今11歳。
まだ父親は生きているし、彼女自身はアカデミーに通っているはずだ。
そして、最後の一人は『コルネリア嬢』
彼女の事は全然知らない。
ただ『ヒンガリーラント王宮犯罪録』によると、彼女は男爵令嬢で、アカデミーに通っていたが、そこで絵の才能を見いだされ、宮廷画家になった人だという事だ。
つまり、彼女は『宮廷画家』枠。
彼女の容姿、年齢、第二王子と深い仲だったのかどうかは、私には全くわからない。
なので、彼女が犯人だった場合の動機はさっぱりわからない。
そんな、殺人犯候補がうじゃうじゃいる魔窟に行けだなんて、国王陛下は鬼なのか!
はっきり言って私は、人見知りの激しいコミュ障だ。
協調性はないが、失言は多い。
殺人犯候補の娘達とうまくやっていく自信はない。むしろ、新たなる死亡フラグをばんばん立ててしまいそうな気がする。
だけど、嫌とは言えない封建社会!
だからこそ、アカデミーから1日でも早く卒業して脱出したいのだ。
全く、アカデミーなんか行ってる場合じゃないのに。
文子だった頃の知識を金に変えたり、天然痘の予防とか、する事はいっぱいあるのに。
食生活もどうにかしたいし、殺人犯に襲われた時の為に腕っぷしとか上げておきたいのに。
いろいろ考えていると、ますます頭が痛くなって、私はベッドの上でゴロゴロと寝返りをうった。
第二章開幕です。
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