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国立大学農学科(1)

だから、週末が来てくれてかなり嬉しかった。

同じ馬車の中でユリアも、ウキウキと浮かれている。


「ベッキー様とユーディットさんと一緒の外出って、とても久しぶりのような気がしますね。」

コルネがアカデミーに入学する前は、この三人で行動する事が多かった。

それだけに、先日のアイヒベッカー家のお茶会で弾かれた事がユリアは悔しかったようだ。


「ところでお父様。どこへ行くのですか?」

「国立大学だよ。」


楽しかった気分が一気に急降下した。

もしかして、アーレントミュラー公爵夫人に会いに行くの!


アーレントミュラー公爵夫人は、国立大学数学科の教授だ。公爵夫人が教授になったのではなく、教授が公爵夫人になったという異色の経歴な方だ。

ドロテーア曰く、母親としては5点くらいの方だが、数学者としては一万点であるらしい。


だけど、たいして数学好きではない私としては、あんまり親しくしたい相手ではない。

否。全く親しくしたくない。なぜなら、先日『光輝会』の連中に嫌がらせを受けたのは、公爵夫人が私の事を王様の前で褒めたからなのだそうだ。これ以上公爵夫人と親しくなると、ろくな事にならない気がする。


数学が好きではない、って、『文子』は理数科の高校に通っていたんでしょう?

と記憶力の良い方は思われるかもしれないが、だから尚更やばいのだ。

もしも、まだこちらの世界に存在しない数学公式をポロッとしゃべったりしたら大変な騒ぎになる。多色刷り版画やアイスクリームどころではない騒動になるはずだ。

この世界の数学のレベルがよくわからないだけに、慎重にならなければならない。だから、アーレントミュラー公爵夫人とはあまり話したくないのだ。


「ま・まままさか、数学科に⁉︎私、大学なんか行きたくないよ。アカデミーを辞めたくないもの!」

「違うよ。今から行くのは、農学科だ。」

「農学科?何しに行くの?」

「きみとユリアとで作った『水蜜』があるだろう。」


『水蜜』とは、ようするに地球の『水飴』の事だ。

ヒンガリーラントでは砂糖が超貴重品で、その為に甘い物が滅多に食べられないし、孤児院に差し入れしてあげたいと思っても夢のまた夢だ。

それで、私は麦芽糖を作ろうと考え、ユリアと一緒にもち米と大麦から水飴を作り出した。ところが作った後で、水飴作りは反逆罪になるかもしれないとお父様に指摘された。砂糖は国益商品なので、代替甘味料を作る事は国益を損なうかもしれないからだ。

なので水飴を大々的に作るのはやめて、こっそり作ってこっそり家の中で食べていた。この辺りの話に関しては、第二章の『水飴と椿油』という話で延々と書いている。


「う・うん。」

「その製造の事で、農学科の教授に相談してみたんだ。」

「へっ?」


「我が家が『水蜜』を作り出して、そのレシピを秘匿して売って大儲けをしたら、砂糖の売買で利益を上げている大貴族が激怒すると思う。でも、国立大学は、教育機関であると同時に、国からの予算で国の利益になる研究をしている研究機関だ。つまり、何かの研究成果を出さなければ、どんどんと予算を減らされて、最後には廃止されてしまうんだ。なので『水蜜』を大学が作り出したという事にさせてもらったんだ。国王陛下が支援をしている国立大学が作った物なら、大貴族や御用商人も文句は言えない。『水蜜』を国中に広めるには、そうするしかないと思ってね。」

「お父様・・。」

「レシピが外国に漏れないよう、最初はレシピが限られた人の間だけで秘匿されると思う。たぶん『採蜜権』を持っている貴族に限定されるはずだ。『水蜜』が世の中に出回れば、蜂蜜の値段が下がるだろうが、蜂蜜の値段が半分ほどになってしまっても、蜂蜜と同じ量の『水蜜』を作って売れば利益は損なわれない。甘味料の値段が下がって、今まで買わなかった人達が買ってくれるようになれば、むしろ収益は上がるはずだ。腐敗しないと言われている蜂蜜は輸入に回し、水蜜を国内消費用にすると、用途を使い分けてもいい。先日、ヒンガリーラントを訪れた北大陸のガラティナ国の王太子夫婦も、蜂蜜を使った料理や菓子を喜んでおられた。蜂蜜は北大陸でも十分売れるはずだ。」


「蜂蜜を作って売っている貴族はそれでいいとして、砂糖を取り引きしている人達は大丈夫なの?」

「さっきも言ったように、国王陛下が後援している研究機関の研究だ。文句をつける事は不敬罪になる。結局王家の利権さえ損なわれなければ、王家は反対しないし反逆罪にはならない。砂糖の値段も下がるかもしれないが、甘味を食べる人の裾野が広がれば、大々的な値崩れは起きないはずだ。むしろ、慌てるのは砂糖の専売をしている温国だろう。水蜜を作るには、米と大麦がいる。大麦はヒンガリーラントでも栽培しているが、米は100%輸入に頼っている。温国は水蜜作りを阻止する為に『ヒンガリーラントに米を売る国には砂糖の輸出を止める』と言い出しかねない。」


それは困る!

米は貧しい庶民の味方で、マルテの下宿屋でもよく食べられていた。麦より安い米が食べられなくなったら、たくさんのヒンガリーラント人が飢える事になるだろう。私も米が大好きで、家に帰った時などは、チャーハンやおむすびを作って食べている。


「だから、農学科の人達はヒンガリーラントで米を作る事にしたんだ。そして去年、大学の敷地で米の栽培を成功させた。でも水蜜を作るにはもっとたくさんの米がいる。なので、協力を要請している村々に米の栽培法を伝授したんだ。そして今年それらの村々でも米は豊作だった。これで問題は無い、という事で農学科は来週、研究データを国王陛下に上奏する。」

「おおー!」

思わず拍手してしまった。


「その前に、真の製作者である君達に会ってお礼とお詫びをしたいのだそうだ。なにせ、研究成果を丸パクリしてしまったんだからね。」

「丸パクリって、そんな。私もどっかの誰かが既に作っていた作り方を本で読んで、作ってみただけだから。その本を先に大学の人が読んでいたら先にその人が作ったはずだし。」

「一番最初にした、って事は大事な事なんだけどね。おそらく、農学科の教授はこの功績で爵位を授与されると思うよ。それくらいすごい発明なんだ。それを聞いても何も感じずにいられるかい?」

「私が先に作ったんだ!って言ったって、女の私は爵位なんかもらえないでしょう。そんな事より、水蜜が堂々と作れるようになって、孤児院の子供達にも甘いお菓子が食べさせてあげられる方がはるかに嬉しい。」

それに、ドキドキしながら『水蜜』を作って、こっそり食べなくてもすむのが嬉しい。何せ、蜂蜜の密造は死刑の重罪なのだ。蜂蜜ではないとはいえ、類似の甘味料を作っているとバレたらどうしよう、といつも不安だった。


「レベッカは本当にいい子だね。ユリアもそれでいいかな?もちろん、水蜜はレーリヒ商会でも取り引きできるよう国王陛下に上奏するつもりだ。我が家で水蜜を作れるようになったら、今領内で消費している蜂蜜を全てレーリヒ商会に売ってもいい。お得意様に売るのでも、北大陸に輸出するのでも自由にしてくれ。」

「本当ですか⁉︎」

ユリアの目が蜂蜜くらい輝いた。


「嬉しいです。うちは、新参の商会だから砂糖の取引には参加できないし、蜂蜜もほとんど手に入らなくて。嬉しいです。すごく嬉しいです!」



「さあて、大学に着いたよ。ここが農学科の校門だ。」

私達を乗せた馬車は、パカラパカラと門をくぐって行った。


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