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《155万pv突破!》侯爵令嬢レベッカの追想  殺人事件の被害者になりたくないので記憶を頼りに死亡フラグを折ってまわります  作者: 北村 清
第五章 毒が咲く庭

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クレマチスの塔(6)(カーテローゼ視点)

そんな私にバリーさんが質問をされました。

「ここを出たら、カリンさんは何がしてみたい?」


「・・花を育てたいです。」

「良いわね。そうだ!カリンさん、大人になったら養蜂家になったらどうかしら?蜂さん達の為にご飯になる花を植えてあげて、その代わりに蜂蜜を分けてもらうの。アイヒベッカー家は『採蜜権』を持っているから、蜂蜜を集められるのよ。甘い蜂蜜はみんな大好きだし、高く売れるわよ。」

「・・そうですね。」

「もう一つ聞いてもいいかな?ここを出たら、カリンさんはどこで暮らしたい?アロイス卿は、カリンさんを引き取りたいと言っておられるけれど、もしカリンさんが、侯爵夫婦を訴えたアロイス卿とは一緒に暮らしたくない。と思うなら、私と一緒に暮らさない?」


突然の申し出にびっくりしました。

「いいんですか?」

「もちろん。アイヒベッカー邸に比べたら小さな家だけど、カリンさんが暮らす部屋くらいあるわ。小さいけれどお庭もあるし。そこに花を植えましょう。春になってリンゴの花が咲いたら、お弁当にサンドイッチを持ってピクニックに行きましょう。チーズと卵のサンドイッチを持って、青空の下でホワイト・ミルクのようにシロツメクサで花冠を作りましょう。」


目の前に、白いリンゴの花とシロツメクサの花が見えたような気がしました。

青い空の下で、サンドイッチを持ってバリーさんとピクニックに行けたらどんなに素敵でしょう。


「一緒にピクニックに行ってくれるんですか?私と。」

「もちろんよ。私達もうお友達でしょう。まあ、私は貴女より三倍くらい年上だけど。」

えへへ、とバリーさんは笑われました。


「でも、リンゴ園の側の館では今もカリンさんが暮らしていた頃から働いている執事さんや侍女さんがいて、カリンさんを待っているの。王都の中では蜂を飼ってはいけない事になっているので、養蜂家になるのだったら、リンゴ園の側で暮らす方がいいかも。ゆっくり考えてみてね。」

「はい。」


バリーさんが帰った後、私は『お仕事図鑑』を開いていました。『養蜂家』というお仕事ものっていました。

白い服を着た大きな熊さんと仔熊さんが、箱の側に立っていて周りにはたくさんの花が咲きミツバチもいっぱい飛んでいます。

養蜂家になるには、養蜂家のお師匠の側で修行をするのだそうです。どうやらこの熊さん達は親子ではなく師匠と弟子のようです。

必要な資格に『花を育てるのが好きな事』と書いてありました。


素敵なお仕事。と思いました。こんな仕事をして生きていけたら、どんなに素敵でしょう。


三日後。またバリーさんが訪ねて来てくれました。

「いいニュースよー。」

とバリーさんは開口一番言いました。


「エーレンフロイト令嬢が私を訪ねて来られて、カリンさんがここから出られるよう力になりたいと言ってくださったの。」

「エーレンフロイト様が・・。」

「罪に対する罰は、被害者を救済する為の意味もあるの。なので、被害者が罰を望まないという場合は恩赦が出る確率が高くなるのよ。」


今日はまた本を二冊持って来てくれました。『ブラウン・シュガーと極北の海』と『ブラウン・シュガーと不思議な果実』です。

蜂蜜入りのクッキーも持って来てくれました。

「エーレンフロイト令嬢がくださったのよ。カリンさんと一緒に食べようと思って持って来ちゃった。」

そう言ってテーブルの上にクッキーの入った紙袋を広げてくれました。


「私、養蜂家になりたいです。」

と言うと

「うん、うん。」

とバリーさんは言ってくれました。エーレンフロイト令嬢の口添えをこんなに喜んでくれるなんて、きっと私が生まれた時の事を知っている人が見つからないのだろうな。と思いました。


私の出生はアイヒベッカー侯爵家の恥です。妹を見捨てた侯爵の恥でもあります。その恥を知っている人を、アイヒベッカー家は遠くに追放してしまったのではないでしょうか。あるいは殺してしまったか。

侯爵夫婦はもちろん、お祖母様も決して優しい人ではありませんでしたから。


バリーさんは私をがっかりさせないよう、それを言わないでいてくれるのでしょう。アイヒベッカー家の人達との暮らしの中で、人は平気で嘘をついたり、都合の悪い事を黙っているのだという事を知りました。昔は、他の人が話す事を何でも信じていました。でも、人は平気で嘘もつくし、自分の信じたい事を信じたりするのです。

バリーさんは良い人です。

だからこそ嘘をつく事もあるでしょう。


「また三日後に来るね。」

と言ってバリーさんは帰って行きました。


ふと。もう彼女はここには来ないのではという気がしました。この、日の射さない部屋に永遠に置き去りにされたような気がしました。


私も嘘つきだ。ここにずっといる事は幸せなんかじゃない!こんな所、嫌。こんな所に居たくない。

外に出たい。花が見たい。大きく広がる青い空が見たい!

私は何も悪い事をしていないのに、どうしてここに居ないといけないの⁉︎どうして、私はこんなに不幸なの?どうして私ばっかりこんな目に遭うの?

自由になりたい。幸せになりたい。ブラウン・シュガーのようにささやかなものでいいから冒険がしたい。誰かとおしゃべりがしたい。

高望みなんかしないから。ただ普通の幸せが欲しい。

でも、幸せになる事は絶対にできない!


私はもう二度と、青く広い空を見る事はない。土に触れて花を育てる事もない。

ここでただ朽ち果てていくだけ。

もう、あの、花の満開の

リンゴの木の下には

永遠に戻れないのだ、と。


「うっ、くうっ!ぐっ!」


途端に息が苦しくなりました。

ものすごく大きな手のひらに頭を押さえつけられて、床に押し付けられるような苦しさです。

立っている事はもちろん座っている事もできず、私は床に倒れました。暑くもないのに、ものすごく汗が出てきて視界がかすみます。苦しくて息ができません!


「おい、大丈夫か⁉︎」

とドアの外から騎士様の声がしました。


「拘禁反応だ!」

「パニック発作を起こしている。」

「過呼吸状態だぞ。」


複数の人の声がします。


ドアが開いて騎士様と、お布団を持って来てくれた女性が入って来ました。


「お水よ、飲んで。ゆっくりと息をして。」

女性が私を抱き上げて、水を飲ませようとしてくれました。でも、水が飲めません。周りの空気が石のように重くなって、ぺしゃんこに押しつぶされそうです。


きっと、私このまま死んでしまうんだ、そう思いました。



しかし、私は死にませんでした。しばらくすると、普通に息ができるようになり、立ち上がる事もできました。どうしてあの時あんなにも、死んでしまうと感じたのか?自分でもわかりませんでした。

食欲が無くて、その日の夕食は食べられませんでした。次の日の朝食も喉を通りませんでした。


「食べないと体力が落ちてしまうよ。」

とドア越しに騎士様に言われました。心配するような声の響きに優しい方なんだな、と思いました。


『三日後に来るね』

とバリーさんは言いましたが、それは嘘でした。


バリーさんは、次の日に来てくれたんです。バリーさんは涙ぐんでいました。


「国王陛下から恩赦が出たの。釈放されるのよ。」


・・・その言葉が信じられませんでした。

ここを出られる。外に出られる。


「リボンを持って来たから、髪を結びましょう。」

バリーさんは櫛を取り出し、私の髪を何度も何度も丁寧にすいてくださいました。


「アロイス卿は外で待っておられるわ。身支度をするから、中に入っちゃダメって私が言ったの。」

バリーさんは、私の髪をハーフアップに結んでくれました。


「さあ、行きましょう。」

バリーさんが私の手をとって一緒に歩いてくれました。


「良かったね。」

と騎士様がドアの外に出る時声をかけてくださいました。


「元気でね。」

昨日水を飲ませてくれた女の人が涙ぐみながら言ってくださいました。


「他の部屋に、侯爵夫婦とエレナローゼさんがいるわ。会っていく?たぶん、侯爵夫婦には今会わなければ、もう会うことはできなくなると思うけれど。」

バリーさんに聞かれたけれど、私は首を横に振りました。お会いしても話す事は何もありません。向こうだって、これから自由の身になる私の姿なんか見たくはないでしょう。もう、歩んで行く道が違う人達なのです。


私は一回振り返り、部屋の中を見回しました。ここで考えた事、感じた事は私にとって大切な財産になるでしょう。

今は思えなくとも、いつか得難い経験をしたと、そう感じられる時が来るのかもしれません。


塔の外に出ると、どこまでも青い空が広がっていました。その空を見ると涙が溢れてきました。

もう決して泣かないと決めた日から、流れる事がなかった涙が次から次へと溢れてきました。バリーさんが、あの『お仕事図鑑』の挿絵のモモンガのように、ふんわりと私を抱きしめてくれました。


少し歩くと馬車があって、アロイス様が馬車につながれた馬のたてがみを撫でておられました。私を見ると、目を少し涙で潤ませられました。


「帰ろう。リンゴ園へ。」

「はい。」

馬車に乗る前に私はもう一度空を見上げました。青い空が、どこまでもどこまでも広がっていました。

第五章完結しました。

もう一話、番外編を書いてそれから第六章に入ります。


いつも読んでくださりありがとうございます。

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