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《155万pv突破!》侯爵令嬢レベッカの追想  殺人事件の被害者になりたくないので記憶を頼りに死亡フラグを折ってまわります  作者: 北村 清
第五章 毒が咲く庭

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クレマチスの塔(5)(カーテローゼ視点)

終身刑の判決が出た時、ほっとしました。ああ、死刑じゃなかった。酷刑にかけられなくて良かった。と思いました。


裁判が行われた場所は王宮の中でした。

正面に王様がいらっしゃって、その周囲に貴族の男性がずらりと並んでいました。私の事をじっと見ている冷たいたくさんの顔、顔、顔。


そこにあるのは冷酷さだけでした。

吹き抜けになっている広間の二階席に、たくさんの傍聴人もいました。ひそひそと話をしている人。にやにやと笑っている人。冷たい視線で私の事を見ている人。そんな群衆の中にバリーさんとアロイス様もいらっしゃいました。


王様は堂々としていて、とても威厳のある方でした。その周囲にいる貴族の方々も冷ややかな雰囲気とはいえ、とても立派な方々でした。それに比べて、、アイヒベッカー侯爵は、とてもおどおどしていて情けなく見えました。無精髭をはやし服もヨレヨレだけど、それだけが原因じゃなくて、人としての卑劣さ矮小さが態度に滲み出ていました。

アイヒベッカー家は、ヒンガリーラントで一番偉大な家だ。王様よりも偉大なのだ。といつも言っていたのは嘘だったんだ。と思いました。

考えてみたら侯爵は、平民に囲まれて妹を置き去りにして逃げた人なのです。そんな人が偉大なわけがない。と今になって思いました。


『終身刑』の判決が出た途端、エレナローゼ様は座り込んで大声で泣き出されました。

そんなエレナローゼ様を、王様達は冷たい目で見ています。誰一人、エレナローゼ様をかばう人はいません。

男達はみんな私に夢中で、みんな私の言いなりなの。と言っていたのも嘘だったんだなと思いました。


何もかも嘘だったんだな、と思って、今までこの人達の事をすごい人だ、恐ろしい人達なのだ、と思って恐れていたのは何だったんだろう、と思ってしまいました。

そして私はまた、『クレマチスの塔』に戻りました。


私は囚人だけど、でもこうなって良かったのかも知れない、と思いました。

ここは広くて暖かくて食事もおいしい所です。侯爵夫人やエレナローゼ様に殴られる事もありません。

もしかして私は、今とても幸せなのでは、と思いました。


次の日、部屋の中で本を読んでいると剣を持った騎士様に部屋から出され

「屋上で散歩をするように。」

と言われました。

健康の為に囚人は、週に二度ほど屋上で陽に当たり30分ほど歩くのだそうです。

その間に、部屋の掃除もするのでゴミはゴミ箱に入れておきなさい、とも言われました。


塔の屋上までは何十段も階段があって、息が切れました。アイヒベッカー家にいた頃は、毎日熱湯の入った桶を持って階段を走っていたので、こんなすぐに息切れするはずがないのに、一週間で体力がすごく落ちたみたいです。たとえおいしい物を食べていても、牢獄の中では人は、あまり長生きできないのかもしれないと、思いました。でも、その方が幸福な事なのでしょう。


屋上は、私の身長よりもはるかに高い壁に囲まれていました。上の方に灰色に曇った四角い空が見えました。


二日後、バリーさんがまた会いに来てくれました。

死刑と言われなくて良かった。と、とても喜んでくれました。でも、私は納得していない。必ず、貴女が侯爵夫婦の子供ではない事の証人を見つけてみせるから、と言われました。


だけど、私は別にいいと言いました。侯爵家に戻って侯爵夫妻とまた一緒に暮らすより、ここにいる方がいい。と正直に言いました。

しかし、バリーさんは難しい顔をして言いました。


「新しく侯爵になったアロイス卿は、領民を残酷に殺した罪で、前侯爵と侯爵夫人を訴えるつもりなの。」

その罪が証明されたら前侯爵と侯爵夫人は重い罰を受ける事になる。とバリーさんは言いました。


「貴女にとっては、育ててくれた人だし、辛いかもしれない。だけど、罪の無い人を残酷な方法で殺す事は許されない罪なの。そして、罪を犯した人は必ず罰を受ける事になる。そう信じる事で、人は、この社会で安心して毎日生きていく事ができるの。もしも、何の理由もなくても誰かの気まぐれで明日自分が死ぬかもしれない。なのに、自分を殺した人は何の罰も受けない。と思ったら、人は夢を見たり将来の計画を立てたりする事ができなくなってしまうのよ。そして、夢見る人が誰もいないような国は、必ず滅んでしまうの。」


私には難しい事は分かりません。

だけど、アイヒベッカー家の人達が嘘つきで悪い人達なのだ、という事は分かります。

アイヒベッカー家の人達が罰を受ける、と聞いても、全然悲しいという気持ちになりません。むしろ私は、そうなる事を望んでいたのかもしれないと、思いました。


「でも、そうなったら、貴女はここにはいられなくなるの。もっと人がたくさんいる、とても凶悪な犯罪者達もいる、汚くて寒い所に行く事になってしまうの。だから、そうなる前に私はここから貴女が出られるようにしたいと思っているのよ。」


「そうなんですか。でもそうだとしても私はやっぱり、監獄から出たらいけないんです。」

「どうして?」

「私は・・『犯罪者』の子供なんです。」

「・・・。」

「母は、私のせいで死んだんです。それだけじゃない。私は何にもしてきませんでした。エミリア様の為にも、メレディアーナ様の為にも、残酷な仕方で殺されてしまった村人の為にも、そしてエーレンフロイト様の為にも。怖くて。何もできなかった。怖くて。いつもそれを言い訳にして。バリーさんもアロイス様もこんなに良くしてくれるのに。私なんかの為にこんなに行動してくれるのに。私は・・良くしてもらう資格なんかない人間です。私なんか、消えてしまった方がいいんです。」


「貴女は、まだ子供なのよ。エミリアさんや、殺された村人に対して非力だったとしても、それは誰にも責められないわ。」

「・・・。」

「『勇者ブラウン・シュガーの冒険』は面白かったかしら?」

「はい。とても。」


感想なら以前にも話したのに、どうしてまた聞くのかな?と思いました。


「『勇者ブラウン・シュガーの冒険』の作者の、シルヴェスティナ・アクスという人は、父親が殺人犯で死刑にされた人なのよ。」

「・・。」

「シルヴェスティナさんはヴァイスネーヴェルラントの人なの。父親は妻が不貞を働いていると思い込んで、妻を殺したのよ。そして捕まって死刑になったの。両親を失ってしまったシルヴェスティナさんは王都の孤児院に入ったけれど、事件の事を知っている子供達に人殺しの子と言われていじめられたのですって。なので、父親と母親の事を誰も知らない田舎の伯爵領の孤児院に移ったの。そんな生い立ちでもシルヴェスティナさんは、世の中を恨んだりやけになったりせずに真摯に毎日を生きて、たくさん勉強をしたのだそうよ。そんな勉強好きのシルヴェスティナさんに伯爵家はお金を出してあげて、ブラウンツヴァイクラントの大学へ行かせてあげたの。そこでシルヴェスティナさんは、歴史や文学のお勉強をしたの。その時下宿していた家のご主人が鳥類学者で、若い頃はいろいろな国に行って、たくさんの珍しい鳥の研究をしていたのですって。そして、大学を卒業したシルヴェスティナさんは、作家になって鳥が主役の物語を書いたの。それが『勇者ブラウン・シュガーの冒険』よ。」


「そうなんですか・・。」

「がっかりした?」

「え?」

「本の作者が、殺人犯の子供と知って。そんな人間は、どこかに閉じこもって、死んだようにひっそりと生きて、本なんか書かずに何もせずに、早死にしてしまえばいいんだ、って思う?」

「思いません!素敵な本だって、とても感動したんです。それに、いじめられてた、って聞いて、今はお幸せならいいな、って思います。」

「私もそう思うわ。貴女に対して。」

そう言ってバリーさんは私の手をぎゅっと握ってくれました。


「父親が犯罪者な事も、父親のせいで母親が死んだ事も、親戚が邪悪な人だって事も、カリンさんには関係ない。私はカリンさんに幸せになって欲しいって思うの。」

「・・・。」

「アロイス卿も、そう思っておられるわ。だから、『勇者ブラウン・シュガーの冒険』を貴女に買って贈ったのよ。とっても優しい物語よね。この作者さんの生き方を通して貴女に何かを感じとってもらえたら、と思っておられるのだと思う。この本、続きが出ているのよ。次の話の題は『ブラウン・シュガーと極北の海』その次の題は『ブラウン・シュガーと不思議な果実』というの。『極北の海』の方は、ブラウン・シュガーの友人のペンギンのペギーが、『不思議な果実』の方はキウイのグリーンが、ブラウン・シュガーと一緒に冒険をするの。ペンギンやキウイって鳥知ってる?挿絵に描かれていたけれど、とっても可愛いのよ。」

「知らないです。」

「なら今度持って来るわね。今とっても人気の絵本だから、すぐには手に入らないかもしれないけれど。絶対、手に入れてみせるから。」

「ありがとうございます。」

「カリンさんは、もっと幸せになっていいの。幸せになりたいとあがいていいのよ。」


バリーさんは力強くそう言ってくださいました。

そう言ってもらえて嬉しかったです。こんなにも誰かに親身になってもらった事がなかったから。誰かが真剣に私の話を聞いてくれた事がなかったから。監獄に入って良かった。とさえ思いました。

でも、逆に言えば。バリーさんがこんなに親身になってくれるのも、私なんかの為に時間を割いて話を聞いてくれるのも、私が監獄の中にいるからです。もしも私がここを出てしまえば、バリーさんとは会う事もなくなるのでしょう。バリーさんは弁護士で、監獄に中にいる人の話を聞くのが仕事なのですから。


監獄を出たら私は一人です。侯爵も侯爵夫人もエレナローゼ様もみんな監獄の中なので、私は一人ぼっちになります。

そう考えると不安で恐ろしくなりました。今、バリーさんと話をするこの時間がとても楽しくて幸せだから、尚のこと恐ろしいのです。たとえもっと汚くて寒い監獄に入るのだとしても。バリーさんが週に二回会いに来てくれる方が幸せかもしれない。そう思いました。

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